海軍と海賊の恋

「お前は綺麗だよ」
なんて残酷な男。
無自覚な優しさは相手の首を絞めるだけだというのに。
お前は俺を綺麗だという。
「そういうお前さんは汚いねい。正義を背負って男を口説くなんざ」
「真っ新な人間なんていると思うか?」
「どうでもいいよい」
「相変わらずだなぁ」
そっけない返事にも男は優しく笑う。
どうしてこうなのか。

俺の人生は不幸の連続だった。
親に捨てられ、変な実を食べて悪魔になって。
周りには金づる、玩具、奇異な存在として扱われてきた。
それでもようやく心を許せる人に出会って救って貰えた。
どんなに感謝しても物足りない。
こんな俺でもまともな人生を送ることはできるのだ。
そう思ってたのにこれだ。
なんで海軍なんかに恋してしまったのだろう。
この男も俺に恋してると言う。
信じられない偶然。
夢見がちな誰かは運命と言うかもしれない。
自分たちは男同士。
それでも両者が想いあっていればまぁハッピーエンドだ。
しかしそれは無い。
だって俺は男よりもあの船を愛しているから。
男は俺のもとに来られないほど多くのものを抱えているから。
重なり合うことなんて出来ないのに。

「何考えてる?」
「なんでもないよい」
「そんなに俺の地位が気になるか?」
何もかも見透かしたような口調。
それは俺をひどくかき乱す。
わかっているなら触れないで欲しい。
頬に感じる熱はやはり熱いくらいで心臓が暴れ出す。
空気には伝わらないこの音もこの男には伝わっているに違いない。
「もう放っておいてくれよい」
俺の言葉に男は眉を下げる。
きっと俺は情けない顔をしているのだろう。
こいつは俺が哀しい顔をするとそんな顔を浮かべるから。
本当は優しげな顔が見たいんだ。
俺が気紛れに微笑んだ時見せてくれたあの慈しむような愛しげな顔を。
でもそれは望めない。
俺はどう足掻いてもこいつの想いに応えてやることは出来ないから。
だからもう笑わないと決めた。
「マルコ」
唇が合わされる。
ただ触れるだけの優しいキス。
それが男の優しさを如実に表していていつも泣きたくなる。
もう少し早く出会っていればよかったのだろうか。
いいや。
それは俺をまともにしてくれた人の想いに反する。
俺はあそこにいられて幸せなんだ。
「ありがとう」
名残惜しげにゆっくりと離される唇はいつもと同じ。
そうして述べられる言葉もいつもと同じだった。
ありがとうとはなんだろうか?
逃げないでくれて?受け入れてくれて?
それは違う。
そんなことは男も知っている。
抵抗し続けて俺は諦めた。
逃げると追いたくなるって言うだろう?
だから逃げないことにしたんだ。
すべて受け入れた上で反応をすべて打ち捨てる。
例え心の中が覗かれていたとしても表の表情に感情が無ければ虚しくなるだろう?
それを責められないなら尚更。
だから俺のことは諦めて。
俺になんか囚われないで。
正義を負うものが悪魔に囚われるなどあってはならないのだから。
俺はお前を穢したくない。

「また来るから」
外套が翻る。
そこに刻まれた大きな二文字は俺に重くのしかかる。
俺がそれを嫌うと知りながら手放せないお前はやはり海軍だ。
「愛してるよ、マルコ」
常に欠かさず告げられる台詞が俺の心を溶かすと思っているのかい?
逆だ。
苦しくて辛くて堪らない。
夕日の向こうに消えた相手は眩し過ぎて見ていられなかった。
自分の心に偽り続け男の想いを傷つけていく俺もひどいけれどあいつもひどい。
そんな俺を知りながら決して諦めようとしてはくれないのだから。
いっそ捕らえて牢に閉じ込めて欲しい。
そうすれば名分共に男のものになれるかもしれないのに。
馬鹿な考えだ。
弱った心は変な考えばかりを浮かばせる。
けれど去り際の言葉にたった一言“もう来るな”とは言えない俺はすでに繋がれている。
愛情という鎖に繋がれたままそれを自ら切ることも出来ずに相手が外してくれることを祈ってる。
やはり俺の方がひどい男なのかもしれない。

日が暮れていく。
暗くならないうちに船に戻らなくてはいけない。
重い頭を振り払い、その場に固まって動こうとしない足を叱咤して海に向かって歩き出した。

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