ハジメテの権利者

「マルコー!」

足を踏み出すたびに、きゅ、きゅ、と鳴るサンダル。おれの名前を呼びながらうれしそうに走ってくる、おれと同じ歳の男の子。
結び方を練習していたロープをゆかに置いて、名前を呼び返して手を振った。

「またべんきょうか?子供はあそぶのがべんきょうだってオヤジが言ってたぞ!」
「よいよい。サッチ、わかったから引っぱるなよい」

あそぼうと笑うサッチのふっくら柔らかい手に手を引かれて、デッキを走る。今日はこのまま鬼ごっこかかくれんぼかねい。

ほとんど歳がかわらなくて、同じくらいにオヤジの船に乗ったおれ達はよく一緒に遊ぶ。ヒマな時はすっごい年上の兄ちゃんたちもかまってくれるけど、いつもは2人だけで遊んでるんだよい。

「なあなあマルコ、ちょっとついて来てほしいんだけど、いい?」
「べつにいいよい」

小さく首を傾げて、目をぱちぱちやってのぞき込んでくるサッチ。期待するみたいなキラキラしてる目に真っ直ぐ見つめられて、胸のあたりがなんだか温かくなる。
その感じが気持ちよくて、つないだままの手をぎゅーっとしてみた。

「?マルコ、どうかしたか?」

そうしたらサッチは不思議に思ったみたいで、反対のほうに首を傾ける。その仕草を見てたら今度は胸がきゅっとなった。それがなんでかわからなかったけど、やっぱり気持ちいい。

「…ぎゅーっとしたらよい。このあたりがあったかくなるんだよい。」
「そっか!じゃあおれも!」

不思議そうにしてるサッチに答えたら、すぐに笑ってぎゅーって手をにぎり返してくれる。ふれたところもあったかくて、ぷにぷにしてて、おれも自然に笑ってしまう。

「ほんとだ、あったかいな!」
「よいっ!」

顔を見合わせて笑ったら、また胸の辺りがほわんってあったかくなったよい。



2人で手をつないだまま、デッキを歩く。
さっきついて来て、って言ったサッチがむかってるのはどうやら食堂みたいだった。
サッチはよく食堂とかでコックさんのてつだいをしてるから、おれと遊ぶ時もよく食堂にさそう。
今日もそうなんだろうと思ってついて行ったんだけど。よい。

「じゃあここにすわって、まっててな!」
「…よい。」

船大工さんたちがおれたち用に作ってくれたイスをペタペタ叩いて、おれが座るのも待たずにきゅっきゅっとサンダルを鳴らして奥へ走っていったサッチ。

(なんとなく、手が冷たくなっちゃった気するよい)

テーブルの上で、手をにぎったりひらいたりしていたら、ぱたりと小さな音がして扉が開いた。

「お、どうしたチビちゃん、そんなトコで」
「べつに、おじちゃんにはかんけーないだろい」
「ちょ、おじちゃんはねェだろ!お兄ちゃんと呼べ!できたら可愛くな!」
「あー、サッチまだかねい」

入ってきたのは、モビーのコック長。にかっと笑って近付いてくるけど、おれが興味あるのはサッチが何してるかだけだよい。
ぺたっとテーブルに顔をつけて、サッチが向かっていった厨房の方をのぞきこんだ。けれど、

「おいおいチビちゃん、あんまり可愛げないとお髭じょりじょりするぞー」
「ひげ、やぁよい!いたいよい!キモイよい!」
「ふははは、ほらじょりじょりー」

ニヤニヤ笑いながらおれをイスから抱き上げて、生えてるヒゲをこすり付けてきたこのおじちゃん。気持ち悪くて痛いヒゲからどうにかして逃げようと体をひねったら、急に『イタッ』と声をあげた。
びっくりして下を見たら、サッチが料理に使うのし棒?みたいのをかまえてた。

「コック長!マルコいやがってる!はなして!」
「わかったわかった!わかったから脛狙うのは勘弁して!」

たとえおチビちゃんの力でも痛いの!と笑っておれをイスに戻したコック長。サッチ用のイスをおれの隣に引っ張ってきて、自分は向かい側に座った。


「はい、マルコ!」
「…?これ、」
「おれがな、作ったんだ!」

なんでコック長まで座ってんだと思ったんだけど、それよりなにより、サッチが持って来てくれたバスケットに視線はくぎづけ。

サッチが両手で持たなきゃならないくらい大きなバスケットには山盛りのクッキー。大きさがバラバラで、端っこがわれてたり焦げてたりしてたけど、サッチが作ってくれたってだけですごくおいしそうに見える。

「食べていいのかよい?」
「うん!あのな、おれ、マルコに食べてもらいたくてな、初めてひとりで焼かせてもらったんだ!」

そう言って、ちょっと照れたみたいに、眉を下げてにぱっと笑ったサッチ。

しろくて丸い頬っぺたはほんのりと赤くなっていて、なんていうんだろうねい、ハチミツみたいに甘くてとろけるような笑顔。

その顔を見たら、さっきと同じように、いや、さっきよりもずっと強くきゅうってなって、思わず胸を押さえて俯いた。


「マルコ?どうしたんだ?」
「…なんか、サッチのわらった顔みたら、ぎゅうってなった」
「さっきみたいな、あったかいんじゃなくて?」
「……あったかいのもあるよい」

心配そうにのぞき込まれて、ようやく顔をあげる。サッチは不思議そうに首を傾げてたけど、おれだって不思議なんだよい。

ふたりで首をかしげていると、くつくつと笑い出したコック長。どうしたのかとそちらを見れば、テーブルに頬杖をついて面白そうにおれ達を見てた。

「ふくく、…なぁチビちゃん、それな、サッチが好きだからだよ」
「よい?おれ、オヤジも好きだけどきゅうってならないよい?」
「んふふ、それがなんでかは時間が経って、チビちゃんが大きくなったらわかるさ」

ニヤニヤ嬉しそうに楽しそうに笑ってるコック長は、ひょい、とバスケットに入ってるクッキーを摘んだ。

「よかったなーチビちゃん。ということでおれにも一枚チョーダイね」
「やるかよい!」
「いた!せっかく教えてあげたんだから一枚くらいくれてもいいでしょ!?」

その手を叩いて、クッキーを取り返す。

もし言ってたことが本当だったら、このクッキーはこの人に、いや、大好きなオヤジにだってあげるわけにはいかないよい!

「だって、好きなやつのハジメテは意地でももらわなきゃなんだろい!」
「ブフゥ!」

バスケットごとクッキーを自分の方に引きよせて、抱え込んだ。
叫んだ瞬間、いきなりコック長がふきだしたがそんな事でおれがゆずると思うなよい!

「ちょ、チビちゃん誰にそんな事聞いたの!!」
「1番のたいちょーが言ってたよい!」
「アイツめェ…我らが天使になんて事を。…うん、いや、チビちゃん。間違ってはねェけどな?できたらあんまりそういう事大声で言わないようにね?」

正直に答えればぽつりと何かを呟いて、手を額に当てて目をおおったコック長。急にべたっとテーブルにつっぷした。そのまま起きてくんなよい。


つっぷして動かなくなったのを確認して、ようやくクッキーに手をのばす。小さめのを口に放り込めば、口の中にほんのり広がる甘さ。いつも食べてるのより甘さがたりなかったけど、すごくおいしくて。

「うまいよい!」
「ホントか!?やった!」

素直に感想を言うと、本当にうれしそうに笑うサッチ。また胸のあたりがきゅうってなる感覚がして、もう一枚、今度は大きいのを手に取った。

「サッチ、好きよい。なぁ、次のハジメテもおれにくれるかよい?」
「う?うん、よくわかんねぇけど、マルコはおれのはじめてがほしいんだな?」
「よいよい!サッチ、おれ、次はケーキがいいよい!」
「わかった!おれ、がんばるな!」

にっこり笑ってサッチを見ればサッチもにこにこ笑ってて嬉しくなる。

向かいで小さく『どうしようこれ…』なんてコック長が呟いてるのが聞こえたけど、どうでもいい事だしねい。というか、可愛いサッチが笑っててくれたらもうそれでいいような気がするよい。

食堂に来る前にやってたみたいに手を繋いで、顔を見合わせ、笑った。


END



『ゴムの木』の飴蛙様より相互記念としていただきました。
ショタマルサチが好きなのにあまり見ないのでリクエストしちゃいました。
願望を押し付けたらこんな可愛い二人が返ってきました…!(//´ω`//)キュン
マルコ庇うサッチとか!クッキー死守するマルコとか!可愛い!!
無意識の中の恋心とか丸出しの独占欲とかwww
二人の成長が楽しみですね・・・!(●^◇^●)
素敵な小説、本当にありがとうございました!


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