[もしも - 瓦間が生きていたら E]

『お前がそんな女だとは思わなかった』

一人残された部屋でぼんやりと扉間の言葉を頭の中で繰り返す。
扉間が自分に興味を持っていない事は分かり切っていた事だし、今まで自分に「表情」が向けられる事は無かった。
だけど、それでも好きだった。
好きだから、本当はもっと自分を見て欲しかった。

だけど、それはもう叶わない。
さっき見た自分を見つめる瞳は冷たくて、気持ちを断られるより何倍も辛かった。

「嫌われちゃったなぁ…」

そうぽつりと言葉にすれば、視界はどんどん滲んで行き、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
自分でもまさかこんな終わり方を迎えるとは思ってもいなかった。
気持ちを伝える間もなく終わった自分の恋は随分と呆気ないものだった。

どんな理由であれ瓦間と身体を重ねたのは事実で、それは変わらない。
瓦間に扉間を重ねて、そしてその気持ちを利用してしまった自分への罰。
全て自分の行動が招いた結果だ。
今まで扉間とは友人としてそれなりに良い関係を築いていたと思う。
でも、その関係を壊したのは自分。
そう思うと、自分の行動が如何に軽率で浅はかなものだったのかを思い知らされる。
今更後悔してももう遅いが、やっぱり辛かった。

せっかく入れたお茶も、すっかり冷めてしまった。
それでも、ゆっくりと口に含めばほんのり苦みのある風味が口いっぱいに広がった。

***

あの日以来、変わった事と言えば扉間が自分と視線を合わそうとはしなくなった。
例え、視線が合ったとしてもすぐに避ける様に逸らされる。
自分達の立場上、互いの仕事についての話はするが、必要最低限の事しか話さない。

当然と言えばそうだが、気が緩むとつい涙が零れそうになる。

「これが薬草の調合リストで、こっちが前に作った兵糧丸の成分と効果の報告書」

「おぉ!すまんな。…そういえば、最近少し元気が無い様だが調子でも悪いのか?」

「ん、大丈夫。徹夜した日があったから少し疲れてるのかも。でも、今日は特に急ぐ仕事も無いし、ゆっくり休むつもりだから心配しないで」

心配そうな顔を向ける柱間に大丈夫だと言えば、いつもの顔に戻り安心する。
それでもやはり、いつもとは違う自分の様子が気になったのか、まだ仕事が残っているにも関わらず、半ば強制的に帰される事になった。
いくら火影とはいえ、こうも自分に甘くて良いのだろうかとは思ったが、折角の柱間の好意を無碍にする訳にも行かず、大人しく帰路に就く。
屋敷に戻る途中も特に何を考える訳でもなく、ただ真っ直ぐに歩いていると、ふと遠くにある光景が目に入った。

若い女性が一人墓石の前に佇んでいた。
泣いているのかどうかまでは分らなかったが、その姿を見ていたらイズナが死んでしまった時の自分を思い出してしまい、無性にイズナに会いたくなった。

***

ここは里の中心部から少し離れた墓地。
うちはと千手が同盟を組んでから、自分の我儘でイズナの遺体をここに埋葬し直してもらった。
誰よりも平和を望んでいた彼だからこそ、ここからこれからの自分達を見守って欲しかったから。
墓石に花を手向け、手を合わせながらその場にしゃがみ込む。

ここに来ると、不思議と落ち付く。
中心部の喧騒から離れた静かな場所で、各一族の中でも一部の限られた者が埋葬されている。
墓石に刻まれた名前をじっと見つめ、そっと指を這わす。
指先が冷んやりとして気持ちが良い。

最近は忙しかったから、ここに来るのも随分と久し振りだ。

「…私ね、好きな人に嫌われたの。今まであったものも全部自分が壊して無くしちゃった。好きだって言う前に嫌われるだなんて思わなかった」

墓石の前にしゃがみ込んだままそう呟く。
その言葉に返事が返ってくる筈もないのに、言葉を続ける。
ただ自分の心の底にある想いを吐き出したかっただけなのかもしれない。
誰でも良い、何も答えてくれなくても良いからただ聞いて欲しかった。

どんよりとした空はまるで今の自分の心を表わしている様で、今にも降り出しそうな雨もまた今の自分にはぴったりだった。

***

「ん、あれは…、名無し…?」

年に一度、両親と板間の墓参りにここにやって来る。
いつもは兄弟揃って来るが、兄者はやらなければいけない仕事がある為、後日改めて姉上と一緒に来るらしい。

遠くに見える名無しの姿を見る限り、名無しも誰かの墓参りに来たのだろう。
持っていた花を手向け、墓石に手を合わせていた。
そしてそのまま、何かを考えているかのようにその場にしゃがみ込んだまま、じっと墓石を見つめていた。
名無しにとって特別な人物の墓だと言う事はすぐに分かった。
一体、誰の墓なのだろうか。

「うちはイズナの墓だ」

「…イズナってマダラの弟のか?」

そんな事を考えていたら、まるで自分の心を見透かすかの様に言い放った扉間に視線を向けながらそう返す。
そうだ、と言葉短く言う扉間の視線も名無しに向けられる。
いつもとは少し違う扉間の視線。
口では上手く言い表せないけれど、違う。

「かつて名無しと恋仲だった男だ。ワシが殺した」

思ってもいなかった扉間の言葉に、一瞬言葉が出て来なかった。
うちはイズナの事は幼い頃から知っている。
一見、優男な風貌からは想像出来ない程の実力者で、うちは一族をマダラと共に率いていた男だ。
死んだとは風の噂で聞いていたが、誰に殺されたのかまでは知らなかった。
まさか、扉間が殺していたとは思わなかったし、何より名無しと恋仲関係にあった事に驚いた。

「…その事、名無しは知ってるのか?」

「あぁ」

あまり感情を感じさせない扉間の言葉に訝しげな視線を向けるが、そのまま踵を返し来た道を無言のまま歩いて行った。

ここ最近感じていた違和感。
今日の扉間の態度で名無しとの間に何かがあった事を確信した。
それも、あまり良いとは言えない事だ。
思い当たる事と言えば、あの日の出来事しかない。

「なぁ、最近のお前少し変だぞ。名無しと何かあったろ?」

屋敷への道を横並びに歩く。
自分のその言葉にほんの少しだけ表情が変わるが、すぐにいつもの表情へと戻る。
そんな扉間の様子に気付かれぬ様に溜息を吐く。

あの日、扉間が部屋に来た時の名無しはまだ眠っていて、その時に起こった事は何も知らない。
知っているのは自分達だけ。
それなのに、ここ最近二人の間に見えない壁の様なものを感じていた。
名無しのふとした時に見せる悲しそうな顔と扉間の態度。
二人の間に生まれた違和感を感じる度に、嫌な予感が少しずつ自分の中に広がって行った。
自分が一番、危惧していた事。

「…名無しに、何か言ったのか?」

意を決しそう言えば、ようやく歩みを止めこちらを見た。
じっとこちらを見つめる瞳にはあまり感情が感じられず、ただ嫌な予感だけがあった。
自分の勘違いであって欲しい。
そう願うが、自分の中ではきっともう分かってた。

そして、扉間の言葉に絶句する。

「お前は好きでもない男と寝るのか。そんな女だとは思わなかったと言ってやった」

自分の想像通りだったが、予想以上に辛辣な扉間の言葉にすぐに名無しの悲しそうな顔が頭に浮かんだ。

全部、自分のせいだ。
自分があの時すぐに名無しに扉間と一緒に歩いていた女性が何者なのか教えてさえいれば、こんな事にはならなかった。
名無しが落ち込む事も自分を受け入れる事も無かった。
自分の行動が招いた事態が結果として名無しを更に傷付け、扉間にあんな事を言わせてしまった。

名無しを抱いた時、自分に扉間の姿を重ねて見ていた事も、どれ程自分に対して罪悪感を感じて涙を流した事も知らない。
そして、今なら名無しが自分を拒まないと分かっていて手を出した事も扉間は何も知らない。

「お前、名無しと知り合ってから今までずっと見て来て、本気でそう思ってるのか?お前には名無しがそんな女に見えるのか?」

「…だが、事実だろう」

自分の言葉に間を置いてそう答えた扉間の顔は少し不機嫌そうで、まるで何も話したくないかの様だった。
扉間の言う通り「事実」はそうだ。
だけど、その事実の奥にある真実を知らない。
何も知らないからこそ、名無しを否定して拒絶する。
さっきの光景を見ても、うちはイズナが名無しにとって特別な存在である事は分かった。

死者は遺された者の心を縛る。
だけど、名無しが扉間を好きになった様に、必ずしもそれは永遠のものじゃない。
感情はいくらでもコントロール出来るが、心は違う。
自分が名無しを好きになった事も名無しが扉間を好きになった事も、いつの間にか心がそう動いたから。

理屈じゃない。
名無しはこれから先もイズナの事を忘れはしないだろう。
それでも、今の名無しの心に居るのは扉間であって、それは変わる事のない真実。
奪ってやろうだとか忘れてしまえば良いだとか、今はもうそんな事どうでもいい。
ただ、もうこのまま何も知らない振りをして黙って見ている事なんて出来なかった。

「俺はお前が名無しの事を好きなのも、その気持ちを伝える気が無い事も全部知ってた。だから、奪ってやろうって思った」

「奪うも何もワシ等はそんな関係じゃないし、それに、あいつはイズナの事を忘れてはいない」

「…前に、万屋の御主人が来てた時があっただろ。あの時、お前と御主人が二人で歩いてるのを見た時の名無し顔、どんな表情してたか知らないだろ。
それに、あの日、名無しが俺に何て言ったのかも」

そう話を切り出せば、一応聞く気はあるのだろう。
眉間に皺を寄せたままだったが、大人しく話を聞いていた。

「確かに名無しにとってイズナは今でも特別な存在に見える。それでも、名無しはお前の事が好きだって言った。だけど、いつも自分には素っ気ないし無関心で、
笑った顔も見た事が無いって寂しそうに言ってた。それに、お前と御主人が恋仲同士だって勘違いしてた。だけど、俺は何も教えなかった。
今だったら名無しを手に入れられると思ったから、そこに付け込んだ。名無しが俺にお前を重ねて見ていた事もそれに対して罪悪感を感じてた事も知ってた。
…俺を拒めない事も全部分かってて手を出した」

名無しが自分に対して罪悪感を抱いていた様に、自分も二人に対してそんな思いがあった。
もし、自分が本当に名無しの事を想うのならば、あの時にきちんと話すべきだった。
そうしていれば、名無しと扉間との関係がこんなにも拗れる事はなかった。
それでも言えなかったのは、双子なのにどうして名無しは扉間を選ぶのか。
あんなにも寂しそうで泣きそうな顔で好きだって言うぐらいなら、自分を選べば良いのにって何度も思ったから。
その度に嫌な感情が現れては、自分の利己的な欲求の為に周りを利用した。

でも、もうやめる。

「俺は名無しが好きだ。だから、これ以上傷つけたくないし、あんな表情をさせたくないから本当の事を話した。これからお前がどうするのかは勝手だが、
これ以上名無しを傷付ける様な事はするなよ」

自分の言葉を聞き、じっと立ち尽くす扉間にそう言い残し歩き始める。
最初から叶わない想いだった。
結局、自分がした事と言えば、二人の仲を引っ掻き回した事だけ。
本当に我ながら情けない話だ。

空を見上げれば、ぽつぽつと降り始めた雨が顔に当たりひんやりと冷たくて気持ち良い。
傘を差す気にもなれず、歩いている最中も小さく溜息が漏れたが、気分は自分が思っていたよりは良かった。

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