[もしも - 瓦間が生きていたら D]

昨夜はあのまま名無しを離したく無くて、子供みたいに我儘な事を言ってしまったが、結果的には言って良かったと思う。
酒が抜けきっていないせいか、未だ気持ち良さそうに眠る名無しの顔を見つめていると自然と顔が緩む。
深く眠っているのか触れても起きる気配は無く、相変わらず気持ち良さそうに眠る顔が可愛いくて、起こさぬ様に口付ける。
情事の時の熱を帯びた瞳と艶っぽい表情とは随分とかけ離れたあどけない寝顔から視線が逸らせない。

初めて名無しに会った時からずっと好きだった。
最初は一目惚れみたいな感じだったけど、名無しの事を知り分かって行く内に更に惹かれていった。
そして、いつからだろうか。
名無しの扉間を見る瞳が皆のものとは違うと気付いたのは。

千手一族とうちは一族が同盟を組む前に、名無しは捕虜として捕まっていた事があったらしい。
扉間率いる千手から仲間を逃がす為に自らが囮になったと聞いた。
その時から名無しと扉間との関係が始まった。
そう考えると、二人が出会ってから今日までの関係は決して短くは無い。
名無しと扉間がいつから互いを好きだったのかは分からないが、いつの間にか二人の気持ちに気付いてた。

(…俺だったら、あんな顔させないのに)

扉間の事を話していた時の名無しの顔は酷く寂しそうで、落ち込んでいた。
抱いている時も名無しが自分に扉間を重ねて見ていた事は知っていたし、それに対して名無しが罪悪感を抱いていた事も知っていた。

本当は自分を見て欲しいし、好きになって欲しい。
でも、それは叶わなくて良い人ぶって我慢して、それで終わり。
名無しに触れて口付けをしたのも自分、抱いて快楽を与えたのも自分なのに。
それでも良いって自分に言い聞かせていたけど、やっぱり悔しかった。

***

あのままいつまでも弱音を吐いている訳にも行かず、名無しを起こさぬ様に起きて身なりを整え、布団のすぐ側に腰を下ろす。
まだ朝餉には時間もあるし、もう少しだけ名無しと二人で居たい。
こうやって名無しの寝顔を見るのも、こんな風に触れたり出来るのも最後かもしれないから。

そう思うと、やはり心寂しさが残った。
名無しの顔を見ながらそうぼんやりと考えていたら、部屋の外から自分の名前を呼ぶ声と「入るぞ」という声が聞こえ、返事を返す間もなく無遠慮に障子が開けられた。

「…いつまでだらけている。さっさと起きて来い」

障子が開けられた瞬間、一瞬部屋を沈黙が包んだが、それを破ったのは扉間の方だった。
そう言葉短く告げ、そのまま何事も無かったかのように去って行った。
あまりにも突然過ぎる出来事に暫し茫然とする。
今日の自分はいつもより起きるのは遅いが、それでもまだ朝餉には時間もある。
この時間でもまだ早い方だし、兄者の方がいつも遅い。
しかし、そんな事よりも名無しが自分の部屋に「居る」という事を見られてしまった。

こんな時間に自分の部屋で寝ているという事がどういう事なのかは扉間も分かっているだろうし、散らばっている女物の寝巻が良い証拠だ。
あからさまに表情は変えなかったが、それでも驚いた事には変わりない筈。
そんな扉間の姿と未だ眠っている名無しの顔を見てしまうと無意識に溜息が漏れた。

「奪ってやろう」確かにそう思った。
でも、それは今の自分が感じている気持ちとは少し違う。
一言で言うならば、何も知らない名無しに対する罪悪感。
あのまま自分が子供染みた我儘を言わなければ、今頃名無しは自分の部屋に居り、そして、扉間に見られる事も無かった。

自分の行動が結果として、また名無しを傷付ける事になった。
そう思ったら、また深い溜息が漏れた。

***

「俺は先に行ってるから、ゆっくり来ると良い」

そう言い、部屋を出て行く瓦間の後姿を見つめる。
昨夜の事をぼんやりと思い出せば、互いに求め合った事や傷付けてしまった事など全部が鮮明に頭に浮かんだ。
もし「抱かれた事を後悔したか」と聞かれても、すぐには答えられない。
瓦間を受け入れたのは紛れも無く自分自身で、何より自分が求めてしまった。
「名前を呼んで欲しい」と言われてからだろうか。
いつの間にか瓦間自身を見ていたのは。

「…私は、」

それから先の言葉は出て来なかった。
自分の気持ちを考える度に二人の顔が浮かんでは消えて行った。
もし、瓦間の気持ちに応えたら、きっといつも優しく笑って大事にしてくれる。
これ以上寂しい想いなんかしなくても良いかもしれない。
でも、ずっと胸にある想いはそう簡単に思い通りには行かない。
どんなに寂しく感じたり心が沈んだとしても、やっぱり自分は扉間が好きだ。
だからこんなにも辛い。

それでも、もうこのままではいられない。
自分のこの想いにけじめを付けない限り、いつまで経っても何も変わらない。
何より、これ以上自分の身勝手な言動のせいで瓦間を傷付ける訳にはいかなかった。

***

あれから数日が経ち、何とか扉間と二人きりになれる機会を得た。

しかし、二人きりになれたは良いが、どう話を切り出して良いのか分からず、沈黙が部屋を包み込む。
自分も扉間も各々のやるべき仕事をしており、一言二言話すだけで殆ど会話は無い。
別に気まずいなどとは思わないし、これはいつもの事だ。
緊張していないと言えば嘘になる。
現に、さっきから目を通している資料の内容なんか全然頭に入って来ない。
ちらりと扉間に視線を向ければ、相変わらず黙々と資料に目を通しながら右手を忙しなく動かしていた。

どれぐらい時間が経っただろうか。
いつもの日常的な会話は多少あったが、結局それだけ。
いざ、面と向かって話してはみても、中々切り出す事が出来ない。
もう何度目か分らない溜息に情けなくなり、仕事どころではなかった。
仕方なくそんな気分を紛らわせようと、湯呑を持ちながら立ち上がり部屋を出る。

***

名無しが出て行ったと同時に顔を上げ、扉を見つめる。
何に対しての溜息なのかは分からないが、今日はいつにも増して多く感じた。

あれから、二人が一緒に居る所は見ていない。
名無しが屋敷に来る事も瓦間が外泊する事も無いし、普段となんら変わらない。
瓦間が名無しを好きだという事は誰が見ても明らかだったし、瓦間自身もそれを隠す事無く名無しに接していた。
名無しも名無しでそんな瓦間の態度に最初は困惑気味だったが、それにも慣れたのか、最近では良く見る光景だった。

あの日、瓦間の部屋で眠っていた名無しを見て以来、自分なりに名無しに対する気持ちの整理は付けたつもりだ。
元々気持ちを伝える気は無かったが、気持ちに区切りを付けるには丁度良かったのかもしれない。
そんな事を考えながらぼんやりと扉を見つめていたら、戻って来た名無しと視線が合った。

「悪いな」

自分の分の茶も用意してくれたらしく、礼を言えばいつもの顔で微笑まれる。
その後は名無しも自分の椅子へと戻り、また資料に目を通し始めた。

さっきも感じたが、今日の名無しはやけに溜息が多い。
表情もいつものものとは違うし、何より名無しの周りの空気が少し違う。
極端に言えば戦闘時に感じるものに近い、一種の「緊張感」を感じ取る事が出来る。
この部屋には自分と名無ししか居ないと言う事は、必然的にその緊張感の原因が自分であると言う事が分かる。
そう考えると、この溜息の多さも何かしら関係があるのかもしれない。
案の定、名前を呼べば急に呼ばれて驚いたのか、少しだけ困惑した様な表情でこちらを見つめる名無しの顔があった。

「言いたい事があるのならば言え」

単刀直入にそう言えば、見る見るうちに普段では見る事が無い様な不安そうな表情へと変わって行った。
そして左右に数回視線を泳がせた後、視線を逸らされた。
その姿は、普段自分が知っている「うちは名無し」という人物像から随分とかけ離れて見え、自分が感じた違和感を確信する。
その言葉に未だ俯いたままの名無し。
それから少ししていつもの様な声色ではないが、それでも何かしらは話す気になったのか、ようやく口を開いた。

「…扉間はさ、私が瓦間と一緒に居るの見てどう思う?」

ゆっくりと顔を上げ、そう言い放った名無しの顔をじっと見つめる。
少し寂しげで憂いを帯びた様な表情をしており、どうしてそんな顔をしているのか分らなかった。
そして、思ってもいなかった問いに少しだけ言葉を詰まらせる。

「どう思うか」
そもそも、何故そんな事を自分に聞いて来るのか。
何がそんなにも不安なのか。
しかし、どう答えるべきかは決まっている。

「別に何とも思わん。それに恋仲になったのなら、ワシがどう思おうとお前達には関係なかろう」

「?…私と瓦間はそんな関係じゃないけど…」

自分の答えに思ってもいなかった返事をする名無しの顔をじっと見つめる。
あの日、名無しは瓦間の部屋に居た。
それがどういう事なのかは考えなくても分かるし、布団の側には女物の寝巻が無造作に散らばっていた。
恋仲でないにしろ、二人が関係を持った事は明らかだった。

そう思ったらみるみる内に自分の中に嫌な感情が浮かび上がって来た。
そして、気付いた時には無意識に名無しを睨む様な視線を注いでいた。

「…なら、お前は好きでもない男と寝るのか?」

「え…、」

「瓦間を起こしに行った時にお前が居た」

自分でも驚く程低く冷たい声でそう言えば、名無しの顔はすぐに変わり、今度は名無しが言葉を詰まらせ、黙ったままただこちらをじっと見つめていた。

***

扉間のその言葉に心臓を鷲掴みにされる様な感覚を覚え、ただ無言で扉間の瞳を見つめ返す事しか出来なかった。

自分は扉間の事が好きだ。
それでも、瓦間を受け入れたのは紛れも無く自分自身で、扉間の言う通り「好きでも無い男と寝た」事になる。
それは事実であり、もう変えられない過去だ。

自分を見つめる瞳は感情の篭っていない冷たいもので、それが更に気分を沈ませる。
いくら自業自得とは言え、好きな人にそんな瞳を向けられるのは辛い。
何も答えられずに伏し目がちに視線を逸らせば、それから少しして椅子から立ち上がる音が聞こえ、顔を上げれば扉間の後姿が目に入る。
こちらからは表情は見えないけれど、どんな顔をしているのかは簡単に想像出来る。
そして、次の言葉にまるで身体の芯から一気に熱が抜け出てしまう様な感覚を覚える。

「お前がそんな女だとは思わなかった」

一度歩みを止め背を向けたまま言い放たれた言葉は、今までで一番重く心に圧し掛かるものだった。
その言葉に何かを返す事も出来ず、黙り込む。
ただ、そのまま静かに部屋を出て行く扉間の背中をじっと見つめる事しか出来なかった。

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