[もしも - 瓦間が生きていたら F]

もう、どれぐらいここに居るだろう。

ぼんやりと墓石を見つめながらそう思った。
誰かが居る訳でも話を聞いてくれる訳でもないのにどうしても動く気にはなれなかった。
もう子供じゃないし、割り切らなきゃいけない事は分かってる。
でも、やっぱり寂しいし、こからもこのままの関係がずっと続くのかと思うと辛い。
気が緩むとまた涙が零れそうになった。

空を見上げれば、ぽつぽつと降り始めた雨がゆっくりと身体を冷やし始める。
帰り際に柱間に傘を持って行った方が良いと言われたが失念していた。
しかし、立ち上がり屋敷に戻る気にもなれず、雨に打たれたまま墓石をぼんやりと見つめる。

イズナを殺したのは扉間だけど、もう恨んでいる訳ではない。
あの頃は戦争中で自分達も彼等の親兄弟、仲間をたくさん殺した。
でも、それももう終わった。
これから先、もう殺し合う事もなければ、互いを憎しみ合う事もない。

いつから扉間の事を好きになり始めたのかは分からない。
気付いたらいつの間にか目で追う回数が多くなっていた。
最初はそんな自分の気持ちに戸惑ったし、心のどこかでその気持ちを否定していた。
それでも、その思いはいつの間にか消えていた。

「…会いたい」

頭の中がぐちゃぐちゃになって、もう何も考えたくない。
ぽつりと自分の口から無意識に出た言葉は自分の弱さから来る甘え。
ただ、自分を愛してくれたイズナに会いたくて仕方が無かった。
こんな愚かな自分でも誰かに「愛されていた」その証が欲しかったのかもしれない。

***

「好きでもない男と寝るのか」そう自分は言った。

名無しに惹かれ始める前は、酒の席や任務先で誘われれば拒む理由もなく、何も考えずに女を抱いて来た。
自分だって好きでもない女と寝ていたし、自分の方が余程タチが悪い。
それなのに、そんな自分の事は棚に上げて、ただ名無しを責めた。
瓦間が言ったように、名無しがそんな女じゃない事は分かってはいるが、嫌な感情だけがどんどんと溢れ出て来てしまい、どうしても止められなかった。
その後は、まるで子供の様に名無しを拒絶する様な態度を取ってしまった。

自分のその行動が名無しを傷付けていると分かっていても、名無しの顔を見る度に色々な事を思い出してしまい、どうしようも無かった。

『…会いたい』

気配を消し、名無しに近付けば今にも消えそうなか細い声でそう聞こえた。

瓦間は名無しは自分の事を好きだと言った。
それを聞いた時は耳を疑ったし、正直今でも何かの間違いだと思っている。
自分の視線の先には名無しが居る。
だが、名無しの視線の先に居るのはイズナだ。
瓦間が言った様にイズナの存在は今でも名無しの中では特別で絶対に忘れる事はない。

そして、イズナを殺したのは自分だ。
自分が名無しから愛する者を奪った。
そんな自分が名無しを愛し名無しに愛されたいと願うだなんて、それこそ痴がましい。
気持ちを伝える事など出来る筈が無いし、自分にはそんな資格すらない。

「…っ」

気配を消しているにも関わらず、ゆっくりと歩を進めれば勢い良くこちらに振り向く名無しの姿があった。

まさか、自分がこんな場所に居るとは思ってもいなかったのだろう。
瞳には驚きの色が宿っていて、それはすぐさま不安そうなものへと変わって行った。
身体は雨に濡れ、目元は少しだけ赤くなっていた。
しゃがみ込んでいる名無しの頭上に無言で傘を差せば、戸惑い気味に視線を泳がせながらも小さく礼を言われた。

それからは互いに何かを話す訳でもなく、ただ屋敷への道を静かに並んで歩く。
このままうちはの屋敷へと送って行っても良かったが、ここからは少し距離もあるし、何よりこんな状態で帰す訳にもいかず、一先ず千手の屋敷へと向かう事にした。
そこまで大きくはない傘のせいか、自然と互いの距離は近くなる。
時折、肩が触れる度に縮こまる名無しの姿を見ていると、出そうとしていた言葉は引っ込み、ただ黙って見ている事しか出来なかった。
結局、屋敷に着くまでの間は互いに一言も話さぬままだった。

***

屋敷に着くなり半ば強引に女中に連れられ、 風呂場へと押し込まれた。
本格的に降り始める前だったからか、ずぶ濡れという訳でもなかったが、こんな姿で居たらその行動も理解出来ない事はない。
まさか扉間があんな場所に居るとは思っておらず、背後にその姿を見た時は本当に驚いた。
その後の行動も自分にとっては予想外の事で、どうしたら良いのか分からず何も言えないままこうして千手の屋敷まで連れて来られた。

自分の勝手な都合で雨に打たれ風邪を引き仕事を休もうものなら当然業務は滞るし、皆にも迷惑を掛ける事になる。
扉間は真面目な男だ。
ここまで連れて来てくれたのも皆に迷惑が掛からない様にする為。
これが優しさじゃない事ぐらい分かってる。

湯船に浸かりながらさっきの事を思い出せば、久しぶりに自分に向けられた扉間の瞳に自分でも馬鹿げているとは思うが、ほっとしたのは気のせいではない。
それが意味の無いものだと分かってはいても、その現実を受け入れたく無くて目を逸らしている自分が情けない。

「…馬鹿みたい」

自分がこんなにも女々しい女だなんて思わなかった。
例え皆の為だとしても自分を少しでも気に掛けてくれたのかと思ったらまた目頭が熱くなる。
用意された服に袖を通し風呂場を後にすれば、近くに居た女中に声を掛けられ、そのまま客間へと案内された。
自分としては、傘さえ貸してくれればこのまま屋敷へ戻るのにとは思ったが、思いのほか激しく降り続いている雨に溜息を吐きながら通された部屋で雨が弱まるのを待つ。

静かな部屋に雨の音だけが響き、不思議と気持ちが落ち付く。
一向に止みそうにない雨を窓辺からぼんやりと眺めていたら、部屋の外から自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。

「わざわざすみません…」

「ふふ、気にしないで」

温かいお茶と一緒に茶菓子まで用意してくれたミトさんにそう言えば、相変わらずの優しい顔で微笑まれる。
それから他愛のない話をしたりと、久しぶりにミトさんとこんなにも話をした。
やっぱりミトさんと一緒に居ると落ち着く。
もしかしたら、いつもとは違う自分の様子に気付いているかもしれない。
ミトさんは人の感情にとても敏感な人だから。

それでも何も言わず、こんな風に弱っている時に側に居てくれる。

「わっ、ごめんなさい!」

座卓に置いてあった湯飲みを取ろうと手を伸ばせば、一瞬視界が揺らぎ、上手く握る事が出来ずにそのまま畳の上へと茶をこぼす。
急いで手拭いで拭いたからか、そこまで畳には染み込んでおらず、ほっとする。
ここ数日、疲労から来るものなのか精神的なものかは分からないが、よくこんな風に視界が揺らぐ事がある。
ふとした時になる事が多いが、大抵はすぐに治まる事が殆どだ。
視界の揺らぎが去った後、窓の外へと視線を向ければ雲の合間から青空がうっすらと顔を覗かせ、空には虹が出ていた。

いつの間にか雨は上がり、妙に清々しい気分だった。

***

ミトさんと別れた後は扉間と顔を合わす事なくうちはの屋敷へと戻った。

その時からだろうか。
こめかみ辺りに断続的に続く鋭い痛みを感じるようになったのは。
自室へと戻る途中、歩くのも億劫な程の痛みに襲われ壁にもたれ掛かっていたらヒカクが声を掛けてくれて、そのまま自室へと連れて行ってくれた。
自分の様子がいつもと違う事にすぐに気付いたのか、すぐさま横に寝かせられすぐにマダラを連れて来てくれた。

「…いつからだ?」

「ん…、ここ最近。三、四日ぐらい前からかな」

真面目な表情でそう聞いてくるマダラにそう言葉を返せば、眉間に皺を寄せ少しだけ険しい顔になった。
どうしてそんな顔をするのか。
そんなマダラの顔を見ていたら何も言わずとも大体の事は予想出来た。
万華鏡写輪眼は開眼したら最後、その能力を使えば使う程に光を失って行く。
そして、最後に行き着く先は真っ暗な闇。

失明だ。

「…私、見えなくなっちゃうのかな…」

そう口にすれば、一気に底知れない不安に襲われる。

視界の揺らぎ。
それがまさか万華鏡写輪眼による影響だとは夢にも思っておらず、心臓の鼓動だけがどんどん早くなって行く。
自分のその言葉にマダラがどう答えるのかが怖くて仕方なかった。
胸中に広がる不安をどうにか少しでも紛らわせようと何度か深呼吸をしてみるが、効果は無かった。
ただ今の自分に出来る事は、マダラの言葉を待つ事だけ。

「お前は俺程は酷使していなかったし、恐らく一時的なものだろう。だから、そんなに心配するな。すぐに診てもらえる様に手配して来るから、少し寝ていろ」

頭を軽く撫で、そのまま部屋を後にするマダラの後姿をじっと見つめる。
確かに自分はマダラ程は万華鏡写輪眼を使ってはいなかった。
扉間と敵として対峙していた時は使わざるを得なかったが、それ以外では殆ど使う事はなく、写輪眼だけでも十分だった。
チャクラ量がマダラと比べて少なかった事もそうだが、なにより、イズナの死をきっかけに得たこの眼をあまり使いたくは無かった。

しかし、マダラが言う様に例え一時的なものだとしても、自分にも失明の可能性があるという事を嫌でも思い知らされた。

***

女中に名無しを任せた後、自分も自室へと戻る。

その途中も考える事は瓦間の言葉ばかり。
仮にもし、瓦間の言う通り名無しが自分の事を好いてくれていたとしても、今更その気持ちに応えるだなんて、あまりにも身勝手過ぎる。
酷い言葉を掛けて傷付けたのは自分であって、それを帳消しにする事など出来はしない。
名無しに惹かれ始めた事に気付いた時からだろうか。
今まで何気なく向けていた視線を意識的に自制するようになったのは。

自分でもまさか、今まで敵として対峙して来た女に惹かれるなんて思ってもいなかった。
長く続いた戦いが終わり、戦い以外で名無しと関わり合いを持つようになり、少しずつ本来の名無しの姿を知って行く内に印象も随分と変わって行った 。
気付かなかった事にも気付ける様になったし、本当は戦いを好まない気の優しい女だという事も知った。
知れば知る程に惹かれて行ったが、それと同時にその気持ちを抑え込むようにもなった。

自室に戻り、何かをする訳でもなく壁にもたれ掛かりながらぼんやりと雨を眺めていたら、先に戻っていた瓦間が部屋にやって来た。
自分の顔を見るなり、何も言わずに溜息を付いたところを見る限り、あれから自分が名無しに気持ちを伝えていない事にも気付いたのだろう。
そんな顔を見せられれば嫌でも分かる。

「お前なぁ…。もう名無しの気持ちだって知ってるだろ。何で伝えないんだ?」

「…イズナを殺し名無しから愛する者を奪ったのはワシだ。それに、一方的に傷付けておきながら、今更気持ちなど伝えられる訳がなかろう。あまりにも身勝手過ぎる」

胡座をかきながら自分の目の前に座っている瓦間の問いにそう答えれば、また大きな溜息が聞こえ、顔をしかめる。
自分だって出来るものならそうしたい。
だが、どうしても傷付けた事やイズナの事、それに墓石の前で聞いた「会いたい」と言う言葉が心に引っ掛かりそこから先に進めない。
くだらないプライドのようなものだ。
これから先も名無しがイズナを忘れる事は決してないし、どう足掻こうとも死んだ人間には敵わない。
そして、自分だけを愛して欲しいと願ったところでそれが叶う事は無い。

自分勝手だと分かってはいても、その心を独り占めしたい、そう思ってしまう。

「確かに名無しがイズナを忘れる事はこれから先もないだろう。そして、名無しを傷付けたのはお前だ。でも、それが分かってるなら、
尚更このまま言わずに終わらせるべきじゃないだろ。名無しを傷付けるのも、その傷を治す事が出来るのもお前だけだ」

いつになく真剣な眼差しで諭す様に話す瓦間の顔をじっと見つめる。
普段の顔とは違う、本気の顔だ。
その顔を見ていると、瓦間が名無しをどれだけ大切に想っているのかが言葉にせずとも伝わってくる。
瓦間はこれ以上名無しを傷付けたくないと言った。
だから自分に本当の事を話し、これ以上名無しを傷付けさせぬ様にした。

「ったく…、頭で色々と小難しく考えるよりもたまには自分の気持ちに素直になってみろよ。じゃないと、いつまで経っても何も変わらないぞ。
お前は昔から何でも難しく考え過ぎた。本気で名無しの事を大切に想ってるなら、たまには俺の事を見習えよ」

まさか瓦間に諭される日が来るとは思わなかったが、それでも心は幾分かは楽になった気がする。
少し呆れた様に話す瓦間に視線を向ければ、
いつの間にか表情は先程のものとは違ういつもの表情に戻っていた。
そして、いつもの笑い声が聞こえ無造作に頭を撫でられる。
兄者とはまた違う双子ならではの感覚。
今日はそれが妙に心地良かった。

「…お前は相変わらず昔から変わらんな。見習うつもりはないが、その言葉は受け取っておく」

「ホント可愛げの無い奴だな。まぁ、もしまたお前が名無しを傷付ける様な事をしたら、今度こそ俺が奪ってやるから覚悟しておく事だな」

そう言う瓦間は悪そうな顔をしており、少しだけすっきりした様な顔付きにも見えた。

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