[酒は飲んでも呑まれるな?]

部屋に差しこむ光が眩しくて、薄っすらと瞳を開ければ、目の前には裸のまま眠っている扉間の姿があった。
夢かと思い、もう一度瞳を閉じたが、夢である訳が無い。
ゆっくりと瞳を開ければ、やはりそこにはさっきと同じ光景があった。
恐る恐る布団をめくれば、自分も同じ格好をしており、声を失う。

どうして、こうなったのか。
ズキズキと痛む頭をどうにか回転させ、昨夜の出来事を思い出す。

***

「やっと終わった…。もう、残りはないよな…?」

そう心底疲れ切った様な顔をこちらに向け、そう問う火影こと柱間に肯定の返事を返せば、思いっきり腕と背筋を伸ばし、身体を労わっている姿が目に入る。

柱間と扉間とは子供の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染の関係だ。
そのせいか、柱間が火影になった後もこうして火影補佐の役目を担う事になった。
よく仕事をサボって里の子供達の元へと向かう柱間を探しに行くのも自分。
そして、溜まりに溜まった仕事を全て片付け終わるまで見張るのも勿論、自分の役目だ。
扉間も自分と同じ様な役回りだが、扉間いわく「自分の言葉よりもお前に言われる方が兄者には効果がある」との事。

そう言われる心当たりが無い訳ではない。
年齢的にも立場的にも柱間の方が自分より上だが、何故か昔から自分が姉で、柱間が弟の様な関係が出来上がっていた。
そして、それは今も変わらず続いている。
自分と性格が似ているからか、扉間とはそういう事は無く、至って普通の幼馴染だった。

「名無しも今日の仕事はもう片付けただろう。明日は特に急ぐ様な仕事もないし、久しぶりに三人で飲まんか?」

「…まぁ、久しぶりに息抜きにはいいかもね」

そうと決まれば行動が早いのが柱間だ。
さっきまでの疲れ切った様子などどこかへ行ってしまったかの様な機敏な動きに、つい笑ってしまった。
それから二人で他愛のない会話をしながら千手の屋敷へと向かえば、自分達と同じ様に用事を終えたのか前を歩く扉間の姿を見つける。
声を掛ければ、案の定帰る途中だったのか、そのまま久しぶりに三人で夜道を並んで歩いた。
こんな風に三人で一緒に帰るなんて随分と久しぶりだ。
柱間が火影になってからは、三人共忙しさでゆっくりする時間はあまり取れなかったから尚更だ。

「三人で飲むなんて久しぶりね」

「兄者も今日は珍しく仕事が早かったな。いつもこれぐらい早いとワシ等も助かるんだがな」

扉間のそんな容赦ない言葉に、ずーんと落ち込む柱間の性格は昔から変わらないし、扉間の辛辣な物言いも変わらない。

変わらない事は簡単に見えて、案外難しい。
大人になればなる程、尚更それは難しくなって来る。
だから、ずっと昔から変わらない二人を見ているとすごく安心する。
そのまま話しながら歩いていたら、あっという間に屋敷に着いた。
出迎えてくれたミトさんに笑顔で挨拶し、そのまま奥の部屋へと向かう。

***

この内で誰が一番酒が強いかなんてのは、正直分からない。
だが、三人共それぞれが酒好きだという事は確かだ。
普通の酒なら一升瓶も三人で呑めば、あっという間に空っぽだ。
そのせいか、どんどん酒も進む。

「そういえば、この前言っておった見合いの話はどうなったんだ?断ったのか?」

「見合い?あぁ、アレね。そんなの受ける訳ないでしょ。断ったに決まってるじゃない。誰が好き好んで知らない男の伴侶にならなきゃいけないのよ。絶対に嫌」

「…そんな事言ってると行き遅れるぞ」

ぼそっと聞こえた言葉に「自分も似た様なものでしょ」と返せば「ワシは男だから別に構わんが、女の売れ残りは虚しいものだぞ」と返された。
相変わらず可愛げのない言葉を吐き連ねるその口に瓶ごと突っ込んでやろうかと本気で考えてしまった。

自分と同い年のくせに、妙に落ち着いた部分があるのは昔から変わらない。
昔はよくその性格のせいで言い争いが絶えなかったが、今は双方大人になったからかその数は減ったが、酒が入るとつい子供の頃の様な憎まれ口を叩いてしまう。
酒が入っているせいか腹が立つ様な、懐かしい様な色々な感覚が入り混じってしまい、よく分からない。
それでも、嫌な気分がしないところが幼馴染の良い所だ。

「ガハハハ!相変わらずお前達は仲が良いなっ!どれ、今度はこの酒で久しぶりに飲み比べでもするか。勝った者は三日間仕事なしでどうだ」

そう、ニヤリといやらしい笑みを浮かべながら、仕事なしの条件を出す柱間は随分と楽しそうだった。

三日間仕事なし。
これがどれだけ貴重なものなのか、恐らく自分達以外には分からないだろう。
そう思う程、普段からほぼ休みなしで働きまくっているのだ。
勝てば天国、負ければ地獄。
もし、負ければ普段以上の仕事が回って来るという恐ろしい賭けだ。
しかし、ここで逃げれば女がすたる。

「負けても恨みっこなしね」

「また今回も兄者が最初に脱落するだろうがな」

まるでその言葉が合図かの様に始まる三つ巴の戦いと言う名の飲み比べ。
勝負は至って簡単。
要は相手が飲み潰れるまで飲めばいいのだ。
これでも酒はかなり強い方だ。
以前の飲み比べでは自分が勝ち、今回と同じ様に三日間の休みを貰った。
その時の二人ときたら、飲みすぎも相まってか、げっそりとした顔で黙々と仕事をしていたのを覚えている。

勿論、今回も負けるつもりは毛頭ない。
そう思いながら、注がれた酒をゆっくと口に含む。

***

痛む頭を落ち付かせて思い出せば、段々と頭は冴えて来る。
最初に柱間が潰れて、這いつくばりながら部屋に戻った後は、自分と扉間との一騎打ちだった。
飲んだ事のない酒だったからか、飲むペースが少しばかり狂ったせいで、いつもより酔いの回りが早い事には気付いてた。
それでも、せっかくのチャンスをみすみす逃す訳にもいかず、そのまま酒を飲み続けた。

そこまでは、はっきりと覚えている。
問題はその後だ。
扉間が何かを話していた筈なのに、どうしてもその会話が思い出せない。
頭があまり回っていない状態で聞いていたのか、あと少しで思い出せるのに、思い出せないところがもどかしい。

チラリと扉間に視線を向ければ、未だ起きる気配は無く気持ち良さそうに眠っていた。
大人になるにつれて男女の違いがはっきりと出始めた頃から、こんな風に無防備な姿は見ていなかった。
いつの間にか背も自分より高くなって、身体付きもそこら辺の男より逞しくて、しっかりしている。
それに、こうやって見ると顔だって悪くないし、扉間を慕う女は意外と多い。

そんな事を考えていたら、今になって恥ずかしさが込み上げて来た。
別に生娘でもなければ、経験が少ない訳でもない。
しかし、相手が幼馴染となれば話は別だ。
昨夜の情事を覚えていないならば、仕方ない、という言葉で済まそうと思えば出来たかもしれない。

(でも、そこだけはしっかり覚えてるんだよね…)

抱き締められながら激しく揺さぶられる感覚も、数え切れない程の口付けを落とされた事も全部。
熱を含んだ赤い瞳が真っ直ぐ自分を見つめていた事も全部覚えてる。
それに、あんな表情も初めて見た。
普段の態度からは想像出来ない程、熱くて色っぽい表情。
自分の知らない男の顔だった。
他の女を抱く時にもあの表情を見せるのだろうか。
ふと、そんな風に考えたら少し嫌な気分になった。

(…起きる前に戻った方が良さそうね)

近くにある無造作に脱ぎ捨てられた自身の衣服を手繰り寄せようと、静かに身体を起き上がらせれば、急に布団の中に冷たい空気が入ったからか、
薄っすらと未だ眠たそうな顔をしている扉間と視線が合った。
数秒程、自分をじっと見つめた後、頭が覚醒して来たのか、その後すぐに勢い良く起き上がった。

「…覚えていないのか?」

少しの沈黙の後、こちらを見ながらそう問う扉間の瞳から逃げる様に視線を逸らす。
覚えていない訳じゃない。
それでも、覚えている事の方が少なかった。
自分のその行動に何かを言う訳ではなかったが、気まずい事この上なかった。

***

少しだけ肌寒さを感じ瞳を開ければ、名無しの姿があった。
こちらを見つめるその瞳をじっと見つめる。
最初は夢かと思ったが、段々と身体が外気に触れ冷たさを感じると、それに伴って頭も動き始める。

夢じゃない。
そう頭が判断したら身体は勝手に起き上がり、正面からその姿を確認していた。
布団で身体を隠す様に手で押さえてはいたが、首や鎖骨に残る赤い痕を見れば、すぐに昨夜の情事を思い出す。

兄者が最初に潰れ、部屋に戻った後も二人で飲んでいた。
いつもなら自分も酔い互いを気にする事無く最後まで飲んでいるが、今回は少し違った。
飲み慣れていない酒だったのか、名無しの酔いの回りはいつもよりかなり早く、久しぶりに酔っ払った姿を見た。

寝転びながら酒の入った器を口に運ぶものだから、当然の様に酒は唇を伝い零れ、胸元を濡らす。
格好も寝ているせいか衣服は乱れ、随分ときわどいものへとなっていた。
そんな名無しの姿につい視線が釘付けになる。

「………」

知らぬ間に「女」になっていた名無しから視線を逸らす事が出来ず、そのまま見つめる。
酔っているせいか、顔は薄っすらと赤くとろける様な瞳をしており、それが更に自身を惹きつける。

名無しの事は幼馴染という関係からか、今までそういう目で見た事は無いし、そんな風に考えた事もなかった。
現に、名無しが他の男と恋仲関係にある時だって何も思わなかったし、見合いの話が来たと聞いた時も特別何かを思う訳でもなかった。

だが、自分の知らなかった女の部分見てしまったせいか、こんな名無しも良いな、と思い始めている自分が居る。
自分も少し酔っているからそう思うだけなのか、それとも違うのか。
そんな事を考えていたら、口付けの一つぐらいすれば何かは分かるだろう、という安易な考えが生まれ、そのまま横になっている名無しに近付く。
どうしてそんなおかしな考えが生まれたのか。
その時は、それを正しく判断する頭が上手く動いてはいなかった。

「んっ?…ふふっ、相変わらず髪の毛さらさらね」

「………」

口付けし、こんなにも顔が近いにも関わらず笑いながら髪を両手で玩んでいるものだから、ついまた唇を塞いでしまった。
薄っすら開いている口は侵入する事も容易く、そのまま好き勝手に口内を犯す。
特に嫌がる様子も無いから、余計にそれは止まらなくなる。
時折、漏れる声と表情が感覚を刺激し、少しずつ気持ちが昂って行くのが分かる。
我慢出来ず服に手を掛ければ、小さく名前を呼ばれた。

「扉間は私の事好きじゃないでしょ?だからだめ」

いつもの様な口調ではないが、酔っ払いながらもそう言われ、一瞬動きが止まる。
今まで幼馴染としてしか見ていなかったから、一人の女として意識した事なんてなかった。
それでも、今日初めて自分の知らない「女の顔」を見てしまったからか、さっきから頭はずっと名無しの事ばかり考えている。
名無しの事は勿論好きだ。
でも、その好きは兄者に対するものと同じだったから、余計に今の自分の気持ちに驚いている。
酔った勢いも無い訳ではないが「きっかけ」はそれで十分。

「お前を一人の女として好きになった、と言ったらどうする?」

「うれしい」

そう問えば、その顔はすぐ笑顔に変わり、そう言われた。
酒を飲んでいる時の名無しは素直になるから、それが本心からの言葉だと思うと、柄にもなく、向けられたその顔に少しだけ心臓が跳ねる。
名無しにこんなにも無防備な笑顔を向けられたのは、何年振りだろうか。
今までずっと近くに居たのに、長い間自分に向けられる事のなかった顔を見てしまえば、その顔を今まで見ていた男が居るのだと思うと、腹が立った。
最近は忙しさのせいで自分も名無しも毎日仕事漬けだったからか、男の気配は感じなかったが、ここまで自覚してしまえばもう今まで通りには出来ない。

「…なら、ワシの女になれ」

「扉間の?んー…、じゃあ、ちゃんと好きって言って」

自分は酔った相手に何を言っているのか、とは思ったが今更止める気は無い。
酔っ払いながらも自分の事はちゃんと認識しているし、一応会話も成り立っている。
もし、名無しが明日には自分との会話を忘れていたとしても、名無しの本心を聞いた以上、このまま逃がす気はない。
相変わらず寝転んだままでこちらを見つめるものだから、仕方なく支えながら起こし、まっすぐこちらに身体を向けさせる。
そのまま瞳を見てちゃんと好きだと伝えれば、その言葉に満足したのか、またあの顔で微笑まれた後、嬉しそうに首に腕を回された。

それからはあっという間だった。
見るもの触れるもの全てが初めてで、名無しと身体を重ねた事が今でも信じられない。
自分自身、まさか名無しに惹かれる日が来るなんて夢にも思わなかった。

***

気まずそうに視線を逸らす名無しの様子を見る限り、昨夜の事は覚えていないのだろう。
その事はある程度予想はしていたが、実際目の前でそれを見てしまうと少しだけ気持ちが落ちる。
しかし、そんな事は分かっていた事であり、今更何も変わりはしない。
覚えていないのであれば、もう一度同じ事をしたらいいだけの事。

「お前を一人の女として好きになった、と言ったらどうする?」

「…は?ちょ、え…?な、何言って…」

「昨日も同じ事を聞いて、お前はそれに答えた。まぁ、どう答えたかを覚えている様子は無さそうだがな」

昨夜とはまた違う名無しの反応に構わず言葉を続ける。
自分の言葉に狼狽える姿がやけに面白く感じ、口元が少し緩む。
そんな様子に気付いたのか、戸惑った様な視線を向けられたが、それはまたすぐに逸らされた。
名無しの行動が理解出来ない訳じゃない。
今まで幼馴染だと思っていた人間に急にそんな事を言われたら、誰だって戸惑う。
昨夜は酒が入っていたから、あんな風に進んだが、今は違う。

「そう難しく考えるな。何も今すぐに返事が欲しい訳じゃない。それに、ワシも気付いたばかりだからな」

そのまま名無しの返事を待っていても良いが、こればかりはすぐには返事もし難いだろう。
仕方なく自らの身なりを整え、頭を軽く撫で立ち上がれば、不思議そうな顔をしている名無しの姿が目に入る。

「…どこ行くの?」

そう控えめに聞く名無しはいつもの気の強さは身を潜め、随分としおらしく感じた。
立ち上がった状態から見下ろす形で視線を向ければ、白い肌に残る痕が昨夜の情事を鮮明に思い出させる。
もう一度、その身体を今すぐにでも堪能したいが、待つと言った以上はその言葉を通すのが筋だろう。
それに、如何せん今は時間が無い。
名無しの問いに短く「執務室だ」と答えてやれば、小さく声が漏れる。

「え…、でも昨日は扉間の勝ちでしょ?」

「あぁ。だが、今日はワシが代わりに出てやるから、お前はもう少し寝ていろ。どうせ二日酔いとさっきの事で仕事どころではないだろうからな」

「………」

確かに扉間の言う通りだ。
二日酔いだけなら身体に鞭打ってでも出来るが、扉間の言う通りさっきの言葉が頭から離れず、きっと仕事どころではない。
扉間のこういう気遣いは昔から変わらない。
いつもは憎たらしい小言も言うけれど、面倒見の良い根は優しい男だという事は昔から知っている。
扉間が部屋を出て行ったのを確認した後、また布団に横になる。
いつの間にか昨夜の内に扉間の部屋に移動していたのか、久しぶりに見た部屋は相変わらず殺風景なものだった。
こんな時間にこんな格好でこの場所に居るのが今でも信じられない。

「…一人の女として好き、か…」

扉間は昨日も同じ事を言ったと言っていた
という事は、さっきどうしても思い出せなかった会話というのは、この事なのだと気付く。
自分がその問いにどう答えたのかまでは思い出せないが、それでも扉間と身体を重ねたという事は、自分はその言葉を受け入れたのだろう。

昨日までの自分達の関係がたった一晩でこんなにも変わるだなんて、誰が予想出来ただろうか。
今まで幼馴染としてしか見ていなかった。
きっとそれは扉間も同じ。
それでも、今はもう「ただの幼馴染」には戻れない。

横になりながら頭まで布団に包まる。
突然好きだと言われた事には驚いたが、それでも嫌じゃなかった。
それに、今になって実感が湧いて来たのか、どんどんと心臓が早く鳴り始めた。
答えはもう自分の中で出ている。

(もう…、どんな顔して会えばいいのよ…)

その答えは考えても分らない。
初めての事なんて、誰にも分かる筈が無いのだから。
扉間が戻って来るまでまだ時間はたくさんある。
そう自分に言い聞かせ、今はこの痛む頭をどうにかしようと瞳を閉じる。

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