[見えない心]

*中編/あの頃の私達は、ヒロイン

「イズナを重ねて見ていればいい」

そう耳元で呟けば、瞬時に変わる名無しの表情に少しだけ笑いが漏れる。
それでも心は相変わらずざわついたまま。
揺れる瞳を見て何を思う訳でもなく、ただ何に対してなのかは分からないが腹が立った。
そんな自分に何かを言おうとしたのか、名無しの唇が薄っすらと開いた。
何も聞きたくなかったから無理矢理にその唇を塞げば、それと同時に揺らぐ瞳も強く閉じられた。

押し倒したまま寝巻きの帯を解き、さっきと同じ様に肌蹴た胸元に噛み付けばまた少しだけ名無しの顔が歪んだ。
それでも抵抗する気はないのか、瞳を閉じ顔を背けたままだった。

「んっ…、ふ…」

顔を掴みこちらに向かせ、再び唇を重ね逃げる舌に絡ませ口内を犯す。
嫌ならば噛むなり抵抗すればいいものの、それもせず、ただ黙って受け入れるだけ。
自分がイズナを重ねて見ていろと言ったくせに、名無しが自分にイズナを重ねているという現実を目の当たりにしたら、何故か良い気分はしなかった。
そんな気持ちを紛らわせようと好き勝手に身体を愛撫すれば、微かに熱の篭った息が漏れ始める。
それでも、相変わらず瞳は閉じられたまま。

「ちょ、待っ…!いっ…」

それから少しして、押し倒した状態から体勢を変えさせ、まだ十分に潤っていない秘部に背後から自身を宛がい奥へと押し込む。
制止の声を無視して無理矢理に挿れたせいか、珍しく名無しの口からは痛みを訴える声が聞こえた。
それでもその声に構わず奥へと進むが、入口は思いの他きつく、まるで自身を拒むかの様だった。

痛みを耐えるかの様にくぐもった声が聞こえるが、それでも名無しが抵抗する事はなかった。
何度か小刻みに律動させ奥へと進めば段々と滑りは良くなり、無意識に深く息を吐く。
腰を掴み一定の早さで揺さ振れば、痛みは治まったのか名無しの口からは少しずつ艶っぽい声が漏れ始めた。
上から見下ろす身体は細く繊細で、同じ忍である自分のものとはまるで違う。

「んんっ…、はぁ、っ…」

この行為がただ自分の欲を満たす為のものなのか、それとも純粋に名無しを求めているものかは分からない。
それでも、肌に感じる全てが自身を惹き付ける。
この声も身体も全部。
ただ、その全てを身体が求める。

自分の名前を呼ぶ事のない口から吐かれる声と息遣いがずっと頭に残る。
より一層深く奥へと押し込み激しく腰を動かせば、その動きに合わせて艶めかしい嬌声と肌をぶつける音が部屋に響く。

(…名無し)

声には出なかった。
出したとしても意味が無いから。

肘を曲げ、突っ伏した状態で声を上げるその姿は官能的で視覚からも刺激を受ける。
抱き締めながら覆い被さる様に名無しの首筋や肩に口付けし舌を這わせれば、閉じていた瞳が薄っすらと開けられ、乱れた髪の隙間から視線が合う。

今、名無しの瞳に映っているのは自分だが、その瞳が本当に「何」を見ているのかは分からない。
目元は少しだけ赤くなっており、すぐに泣いていたのだと気付く。
かと言って自分にはそれをどうする事も出来ない。
こんな風に抱かれて何を思っているのか、そんな事いくら考えても自分に分かる筈が無かった。

***

「んっ…!あ、はっ…っ」

「…イズナにもこんな風に抱かれたのか?」

どんな顔をしているのか見たかったから、今度は逆に押し倒す様な形で名無しを抱く。
そう問うた言葉に答える訳でもなく、ただ、こちらを見つめるだけで何も答えない。
どうして答えないかぐらい分かっているのに、それでもそれを言葉にする自分はどうしようもない程ただ名無しを傷付けたいだけなのかもしれない。

片足を持ち上げ、身体をより一層密着させ揺さぶる。
腕を掴む手に力が入り、それが更に動きを早くさせる。

耳元で聞こえる声に意識が集中する。
首筋に埋めていた顔を上げれば、至近距離で視線が重なりそのまま口付けされる。
重なっては離れての繰り返し。
額に掛かる髪を撫でる様に除けられ、また艶っぽい瞳で口付けされた。
それが妙に心地良くて今までのものとは少し違う気がした。
今はもう、その瞳に何が映っていようともどうでも良い。
そんな気分だった。

「っ…、はぁ、は…っ」

そろそろ自身の限界を感じ、更に激しく揺さぶる。
名無しの自身を掴む手にも力が入り、その動きに合わせて熱い息が止まる事無く吐かれる。
瞳を閉じ、与えられる刺激に声を上げて良がる姿が更に快楽を強くさせる。
それに相まって自身を締め付けるものだから堪らない。

それから少しして限界を感じそのまま腹部へと欲を吐き出せば、薄っすらと瞳を開けた名無しと視線が重なるが、すぐに逸らされる。
腕を掴んでいた手はまるで役目を終えたかの様に力なく胸元に置かれており、息を整えようと深く呼吸をする度に小さく上下していた。
掴んでいた手を離し後片付けを終え、再び視線を名無しの方へと移せばこちらに背を向け息を整えている姿が目に入る。
自分もそのまま仰向けで横になり、汗で額にへばり付く髪を無造作に掻き上げる。

***

いつの間にかあのまま眠ってしまっていたらしい。
まだ陽が昇るには時間があるのか、部屋は相変わらず薄暗いまま。
そんな中でふと、自分に布団が掛けられている事に気付く。
名無しの方へと視線を向ければ、布団の端に寄り背を向けたまま眠っていた。

あんな事をされたのだから引っ叩いてでも起こして追い出してしまえば良いものの、それもせず、ただ起こさぬ様に布団を掛けた名無しの気持ちが分からない。
それでも一寝入りして気持ちが落ち着いたからなのか、さっきよりも冷静に考えられる様になり小さく溜息が漏れた。

泣かせてまで抱いてしまった事に対して今更ながら後悔が押し寄せる。
首筋にいくつか残る赤い痕を見る度に名無しの悲しそうな瞳と口付けされた時の艶っぽい瞳を思い出す。
名無しは今まで関係を持ったどんな女よりも良い意味でも悪い意味でもずっと頭に残って離れない。
言い方は悪いが、女はもっと単純な生き物かと思っていた。
優しく接すれば嬉しそうに笑うし、抱けば目の前の快楽に身を委ねる。
その繰り返し。

だけど、名無しは普通の女とは違う。
何をしようとも笑う事は無いし、抱いても本心の見えない瞳でただこちらを見つめるだけ。
それは普段の何気ない時もそう。
自分も人の事は言えないが、名無しも滅多に感情を表には出さないから何を考えているのか分からない。
だから、その本心を窺い知る事は容易な事ではなかった。

(…お互い、随分と難儀な性分なものだな)

本当にそう思った。
一度、本心を隠す事を覚えてしまえばそれを曝け出す事は難しい。
ましてや、自分達の間では本心を曝け出す事など有り得ない。
結局は冷静になって考えてみても分からない事は分からない。
それが答えだった。
その後も今の気持ちをどうにかする事も出来ず、そのまま朝まで眠る事は無かった。

←prev next→
Topへ Mainへ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -