[3. 足下から鳥が立つ]

ここ最近、男とは会っていない。
と言うよりも、ここ数日は屋敷には戻っていないらしい。
どうして会ってもいないのに、そんな事を知っているのかと言うと…。
自分の目の前に座り、茶菓子を頬張りながら茶を啜っているこの男が原因だ。

「やはりミトの作った茶菓子は美味いな!ん?名無し、全然手が進んどらんぞ?いらんのか?」

「………」

自分はこの男が嫌いだ。
いつも勝手に部屋に来てはこうやって他愛のない話をしに来たり、茶菓子を食べる為だけに来る。
どんなに分かり易く嫌そうな態度を取ったとしても気付いているのかいないのか、この手の事は一切通用しない。
この屋敷に住み始めて段々と周りの人間の性格や人間関係も分かって来た。

千手柱間。
マダラ同様、まだ若いにも関わらず千手一族の長にまで登りつめた男であり、マダラと対等に渡り合える人物。
そして、木遁忍術を扱う事が出来る唯一の忍。
性格は何においても「甘さ」が出ており、いけ好かない。
そして、あの男の兄でもある。

チラリと茶菓子を頬張っている柱間の顔を見る。
会う度にいつも思うが、この兄弟は本当に似ていないと思う。
見た目もそうだが、なによりも性格が真逆と言って良い程に似ていない。

「…毎度毎度ここに来て何が楽しい?お前は一体何がしたいんだ?」

そんな柱間の顔を見ていたら、ふと日頃から思っていた事が口に出てしまった。
口に出た言葉に大した意味は無く、ただ純粋にそう思ったから。
自分よりも年上であろうこの男の行動は、戦場に居る時は敵ながら勇ましく思う事もあったが、今はただ良く分からないだけだった。

「珍しいな!名無しから俺に話し掛けて来るとは!日がな良い一日になりそうぞ。まぁ、お前のその質問に簡単に答えるとすれば、
俺はお前の事を気に入っとるからなぁ、ついつい構いたくなってしまうんだ」

「…私のどこにそんな気に入る要素がある。頭でも沸いているのか」

「そう冷たい事を言うな。眉間に皺が寄っているぞ?せっかく美しい顔立ちなのだから、もう少し笑ってみてはどうだ?」

今の自分は相当おかしな表情をしているだろう。
美しいというのは、この男の許嫁であるうずまきミトの様な女性に当てはまる言葉だ。

うちはでありながら、千手に身を寄せる自分に対しても皆と同じ様にとても優しく接してくれる。
芯が強く曲がった事を嫌うとても真っすぐな性格をした美しい女性だ。
許嫁というだけあってよくこの屋敷にやって来ており、その際にはとても良くしてもらっている。
彼女と一緒に居るとまるで自分に姉が出来た様なそんなくすぐったい感覚を感じる。

「馬鹿馬鹿しい…。お前の目は節穴か」

「節穴なものか!…あの扉間でさえ手を出す程だ。名無しはもう少し自分の価値を見直してみるといい」

「…!」

あの夜の事を言っているのだと直感的に気付く。
にやりと憎たらしい顔で次の言葉を待っている柱間の顔を殴りたいと思ったのは初めてだった。
しかし、ここで下手な反応でもしたらそれこそこ相手の思うつぼ。
それはそれで癪に障る。

「私は自分の価値になど興味は無い。お前こそこんな所で油を売っていないで仕事に戻ったらどうだ?うっとおしい」

「なに、俺の部下達は有能な者達ばかりでな。問題ないぞ」

うっとおしいと分かり易く言葉に出したにも関わらず、ああ言えばこう言い、いつまで経っても部屋から出て行かない。
苛つく頭をどうにか落ち付けようと目の前に用意されている茶菓子に手を伸ばし無言で口にする。
口に入れた瞬間、ほのかに桜の香りが鼻孔を通り丁度良い甘さが口の中に広がる。

あの日の事を後悔したかと聞かれれば正直分からない。
自分自身の身体と引き換えに片手だけだったが封印術を解く事が出来た。
それは、自分にとって大きな変化だった。
大げさな言い方だが、生きる希望の様にも感じた。
この身体一つで得た物の大きさをを考えれば悪くない取引だった。

一度抱かれてしまえば二度も三度も同じ様なもの。
いつ死ぬかも分からないこの身に執着心はさほどなかった。

「それにしても、千手である扉間をよく受け入れたな」

「うるさい黙れ。私とあの男はお前が考えている様な関係じゃない」

「つれないなぁ。オレはお前の事をもっと知りたいだけなのに」

小腹が満たされて機嫌が良いのか床に大の字になって寝転んでいる柱間は性懲りもなく、またそんな事を言って来た。
どんなに嫌そうな顔で邪険に扱おうとも通用しない。
自分の聞きたい事に対して納得出来る答えを得るまでとことん追い求めるのだ。
本当に嫌な性格をしていると思う。

「あいつもこうやってお前を腕に抱いたのだろう?」

「なっ…、離せっ!」

「ガハハハ!離せと言われて素直に離すオレではないぞ!」

手首を引っ張られ横になっている男の胸に上半身が倒れ込む様な形で捕らえられる。
この兄弟は人の話を聞かないし、何もかもが突然過ぎて頭が痛くなる。
どうせこの男も抵抗しようが離す気はないのだろう。
小さく溜息を吐けば、相変わらずの能天気な笑い声が聞こえてきた。

***

あれから、あのままの体勢かと言えばそうではない。
むしろもっと酷くなった。
今の状況は身体を起こし胡座をかいている上に座らせられ、背後から両腕を回されている。
何がそんなにも楽しいのか男の顔は緩みっぱなしで、これが一族を束ねる者かと疑問に思う程だ。

「…いつまでこうしているつもりだ?さっさと離せ」

「そうだなぁ…、名無しがオレに口付けしてくれたら離してもいいぞ?」

「断る」

はっきりとそう言えば少し何かを考える様に唸った後、何かしら閃いたのか少しだけ静かになった。
今まで騒がしかったが急に黙られるのも何かあるのではないと勘繰ってしまう。
そのまま警戒しつつ様子を伺えば、急に首筋に生暖かい感触を感じた。
それが何なのかなんて考えなくても分かる。
啄ばむ様な口付けやまるで味見をするみたいに舌を軽く這わせたりとやりたい放題だ。

「ちょ…!!待っ、やめろっ…!…っ」

身体がまるで電気でも通ったかの様に一瞬跳ねる。
その感覚から逃れたくて腕の中から無理矢理に抜けだそうとしても、やはり力では叶わない。
かと言って生半可な術を使ったとしてもこの男には効果は無い。

あれやこれやと抜け出す方法を考えてはみるものの、良い案はそう簡単には浮かんで来ない。
その間にも、相変わらず楽しそうに唇を這わされる。
逃げられない事を良い事に終いには衣服の中にまで手を侵入させてきた。
流石にこれはまずいと思い大声を出そうとした瞬間―
閉じられていた襖が遠慮無しに開けられ、見知った顔が現れた。

「と、扉間…」

「おぉ、戻ったか!今回は随分と遅かったな。何か問題でもあったか?」

「いや…、問題はない。それよりも兄者、ミトが客間で待っている様だが…。こんな所で油を売っていてもいいのか?ワシは知らんぞ」

こんな状況で普通に会話をしているこの兄弟は頭がおかしいのだろうか。
明らかに嫌がっている自分を見ても助ける様な素振りは見せず、一瞬瞳が合っただけでそのまますぐに逸らされる。
扉間のそんな態度に腹が立つが、何よりも未だ背後から自分を離そうとしないこの男が一番腹立しい。
しかし、扉間との会話で気が緩んだのか、自分を拘束していた腕の力が少し弱まった隙に腕から逃れる事に成功した。
そのまま部屋から逃げ出し、外へ向かって振り向かずに走る。

***

「せっかく捕まえたのに逃げられてしまったぞ…」

「…兄者もさっさと行け。大事な客人をあまり待たせるな」

わざとらしく溜息を吐く自分の兄に頭が痛くなる。

許嫁が居る身にも関わらず、先程みたいに他の女に冗談半分で手を出したりしている。
時々、自分は兄者がどこまでが本気なのかが分からなくなる時がある。
千手一族の頂点に立つ以上は、いくら自身の男女関係の事でも危険な行動は慎んでもらえるのが一番良いのだが、それを言ったところで、
いつもの様に大声で笑い飛ばされて「大丈夫ぞ」と言われるのは目に見えている。

「さて…、大事な客人を待たせている事だし、オレはそろそろ行くか」

「早く行け」

二人分の茶請けの皿と湯呑を片手に持ち、立ち上がると愉快そうに窓の外に視線を移す兄者の姿が目に入る。
その姿は本当に楽しそうで、まるで玩具を与えられた子供の様にも見えた。
年端もいかない子供が年相応に無邪気に遊ぶ事に関しては全く問題はない。
しかし、大の大人しかも一族の長である者がその様な風では些か問題はあるが、今のところは「まだ」何も起こっていない為、どうこうする事は無い。
そのまま自身も部屋を出ようと踵を返せば背後から声を掛けらた。

「おっと、言い忘れるとこだった!扉間よ、押し倒すのであれば、ああいう場所はどうかと思うぞ?女にはもっと優しくしてやらねば」

「…盗み聞きとは悪趣味にも程があるぞ」

「そう怒るな。厠に行く途中でお前達の会話が聞こえただけだ。それにしてもお前が女であれ、うちは一族の者に興味を抱くとはな。驚いたぞ」

兄者の言う通り、自分でも何故うちは一族の者に興味を抱いたのかは分からない。
女である事を隠しながら戦っていたからなのか、それとも、ただ単に敵の一族に対する興味本位から来るものなのかは自分にも分からない。
あの時はただ触れたくて抱きたくて仕方がなかっただけで、互いの利益の為に身体を重ねた。
女は自らの封印を解く為に自分に身体を差し出した。
要するに、女と自分との間には愛情に変わる様なものは存在しない。

「ワシ等は兄者が思っている様なそんな甘い関係じゃない」

そのままそう一言だけ言い残し部屋を後にする。

「くくっ…、やはり似た者同士だな。お互い頑固者だ」

一人部屋に残された柱間は二人の去って行った姿を見つめそう呟くが、誰も居ない部屋にはそれに答える者もおらず、ただ柱間の愉快そうに笑う声だけが静かに響いていた。

幼い頃から願い続けている大きな夢。
その夢の中にある小さな可能性を秘めた種を見守る事が自分の役目。
これから先、その種がどういった方向に進むのかは分からないが、今はただその行方を見守るだけ。

千手一族とうちは一族。
いつかこの二つの一族が手を取り合い一つになれる様。
その時はこの世界もきっと大きく変わっている事だろう。
そんな思いを馳せ、今は愛しき人の元へと向かう。

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