[2. 交換条件]

女を捕らえてから、もう随分と時が経とうとしていた。
兄者は相変わらずあの調子で暇つぶしがてらかたまにあの女の元へと足を運んでいる姿を見かける。
あの女も大分ここでの生活にも慣れたのか世話をしてくれている同年代の娘とも話す様になっていた。

「いつも世話を掛てしまってすまない」

「ふふ、お気になさらないで下さい。それに私、名無しさんとお話しするの好きですよ」

「そうか…。ありがとう」

部屋を出て嬉しそうに駆けて行く娘の姿を遠目で見る。
ここ最近は少しずつ表情が出る様になったと兄者が笑いながら言っていたのを思い出す。
自分が見ている限りでは、「嫌そうな表情が顕著に現れる様になった」と言った方が正しい気もするが。
こうやって戦場から離れて暮らしていれば、今まで男に混じり、戦っていたなどとは誰も夢には思わないだろう。
ましてや、相当な手練れだと誰が思うだろうか。

「いつまでそこに居るつもりだ?」

掛けられた声は相変わらず冷たさを感じる声色で先程娘と話していた時のものとは明らかに違った敵意の様なものを感じられた。

相手はうちは一族であり、自分は千手一族。
ましてや一族の長の弟である自分に対してのその反応は至極当然なものだった。
微笑んで話し掛けて欲しいなどとも思わないし、そうしようとも思わない。
部屋の中へと入り事務的に要件を済ませ、早々と部屋を出ようとしたら珍しく女の方から話し掛けてきた。

「お前は私を殺したいとは思わないのか?私はお前達の仲間を何人も殺した。…それなのに殺さないのは私が女だからか?」

「多くの仲間を殺したのはお互い様だ。それに一人の忍として戦場に立つのであれば、ワシは男も女も関係ないと思ってる」

「お前の兄はそうは思っていない様だがな」

女の言葉に素直に自分の思っている事を述べれば少しの沈黙の後に兄者の話へと変わった。
あの時、刀を振り下ろした自分を止めたのは兄者だ。
その行動がどういう意味なのかは誰が見ても明らかだった。
この人物が「女」だから。
兄者にとって、いくら敵の忍として戦場に立とうとも女は女。
守るべき対象になってしまう。

あの戦いの後、何度か兄者に女の処遇について進言したが、考えは変わらず捕虜という形で今まで過ごしてきた。
その現状が女にとって酷く受け入れ難いものだった。
一人の忍として戦って来た自分を「女」だからという理由で殺さなかった自分達を恨んでいるのだろう。

「お前達は私をいつかの交渉の為に生かしていると言ったな。…私にそんな価値など無い。見当違いも甚だしい」

「………」

そう言い再び窓の外へと視線を移す女の顔は無表情だが少し憂いを帯びた悲しそうな表情にも見えた。
千手の敷地内から出られないこの女は知らないだろうが、今もうちは一族の者は捕虜として捕らえられているこの女を取り戻そうと戦いを挑んでくる。

この世界に価値のない人間など居ない。
例えそれが敵であろうとも、人は何かしらの意味を持って生れて来る。
その意味をどう考えるかで進むべき道が見えて来る。
だが、それを教えてやる程自分はお人好しではない。
誰かに教えて貰うのではなく自分で自分の価値を見出す事に意味があるのだから。

***

あれから女とは会っていない。
理由は簡単。
会う必要がないから。

今では一定の敷地内であれば自由に行動出来る様にはなった様だが、広い千手の屋敷の中ではそうそう会う事はない。
長の弟である以上やらなければいけない事も多く、戦いの合間に普段出来ない事を片付けている。
今日も例外ではなく、兄者の代理として猿飛一族との会合に参加してきたばかりだった。
夜空に広がる満天の星が煌き、疲れ切った頭が癒されて落ち着く。
そのまま足早に屋敷へと続く道を進む。

(随分と遅くなったな…。…?、何だ?)

屋敷に着き自室へと戻る途中、裏庭から風を素早く切る様な鋭い音が微かに聞こえ瞬時に気配を消し近付く。
こんな夜更けに何事かと思いその音の出所へと近付けば思ってもいなかった光景がそこにあった。
そこには普段の格好とは違い随分と動き易い身なりをした女が体術の一人組手をしている姿があった。
修業に集中しているのかこちらにはまだ気付いていない。
気配を消したまま女の様子を伺えば、疲れたのか縁側に仰向けになりながら夜空を眺めていた。

どれぐらいの時が経っただろうか。
瞳を閉じたまま一向にその場から動かない女を不審に思い、気配を消したまま背後から近付けば規則正しい寝息が聞こえて来た。
かなり長い時間修業をしていたのか随分と深く眠っており、起きる気配は感じられなかった。

「起きろ。こんな場所で寝ずに部屋へ戻れ」

いくら夏が近付き暖かくなって来たとしても、朝晩の寒暖の差はまだある。
しかも、こんな風の通り易い場所でこのまま寝れば、身体が冷え切り風邪を引くだろう。
そう声を掛ければ、薄っすらと瞳が開き視線が重なる。
瞳があったまま上から見下ろす様な形で次の反応を待っていたが、いつもの様な反応は返って来ず、再び瞳はゆっくりと閉じられた。

そんな女の予想外な反応に一瞬どうしたら良いのか分からなくなる。
いつもなら、憎まれ口の一つや二つが普通だが、それもなく調子が狂う。
だからと言ってお互いどうする訳でもなく、無言のまま時間だけが静かに過ぎて行った。
それから少しして、静かな沈黙は女の透き通る様な声によって破られた。

「…ここに居ると、この世がまるで平和って錯覚する。本当は違うのに、まるで惑わされているみたい…。私は戦いの中で死ねるのであれば、それも良いって思ってた。
大切な人達をこの手で守れるのなら、死ぬ事なんて怖くなかった。…でも、今はそれも叶わない。今の私は誰かを守って死ぬ事も出来ない」

ちらりと女の顔を盗み見すれば相変わらず視線は夜空へと向けられたままで、いつもの気丈な印象とは違い随分と儚く感じた。
口調もこれが本来のものなのかいつもより柔らかく感じる。
見下ろしながら話すのもどうかと思い女と少し離れた場所に腰を下ろす。

敵味方関係なく普通の人間であれば、戦いで死に直面したら、恐怖で己の精神を制御する事は難しくなる。
それは、訓練などでどうにかなるかもしれないが、そう簡単にはいかないのが普通だ。
「死」はその者の全ての終わりを意味する。
全ての恐怖を捨て、己の死を受け入れられるか否か。

「お前は、自分の為に生き様と思った事はないのか?…普通の女として、生きたいとは思わないのか?」

「…私はこの手で多くの人を殺した。今更、自分だけ普通の女になんか戻れないし戻ろうとも思わない。それに私は、…あの時に女を捨てた」

「………」

最後の言葉はまるで独り言の様に感じた。
女が言う「あの時」がいつの事を言っているのかは分からないが、この女は己の死を受け入れた。
仲間を逃がし、ただ一人千手に囲まれながら何を思ったのか。

あの時、自分は性別関係なしにその心意気に答え殺すつもりだった。
しかし、それは兄者によって阻止され終わった。
死の覚悟を決めていた当人は拍子抜けもいいところだっただろう。
戦場に出る事も出来ないし、普通の女として生きて行く事も出来ない。
そう思うと胸の奥が少しざわついた。

己の覚悟を奪われる事の苦痛。
そして、死ぬ事を許されぬ苦痛。
その全てを自分達が与えたと思うとやるせない気持ちになる。

「…まだ、殺して欲しいと思うのか?」

自分のやるせない気持ちを隠すかの様に女にそう問えば、何とも言えない表情へと変わり、すぐに返事は返って来なかった。
その代わりに、身体を起き上がらせた女と視線が合う。
女と二人でこんなにも話をしたのは初めてだし、ましてや、こうやってゆっくりと顔を見るのは初めてだった。
武骨な者が多い戦場でこんなにも細く儚さを持つ女がよく今まで生きて来れたものだと改めて驚く。
後ろで軽く低い位置で一つに束ねられている髪も、白い肌も、漆黒の瞳も全てが「女」そのもの。

「分からない…。でも、今の私には何も残っていない。そう思ったら、そっちの方が楽なのかもしれないな…。…?、わっ…!」

そう言い、自嘲気味に笑う女の顔は酷く切なく感じた。
話し終えた女の腕を引っ張り、腕の中に手繰り寄せる。
自分でも何でこんな事をしたのか、良く分からない。
だけど、ただ無性に触れたくなった。

そのまま顎を掴み、半ば無理矢理に上を向かせて唇を塞ぐ。
突然の出来事に大きく瞳を開けた女の動きが一瞬止まる。
その隙と言わんばかりに後頭部を押さえ、薄っすら開かれた唇から舌を捻じ込み絡ませる。

「っ…」

鋭い痛みを感じ、唇を離せば口内に血の味が広がった。

自分よりも背の低い女は腕の中に丁度納まるぐらいの大きさで抜け出そうと身体を捩っていたが、両腕を使えない様に抱えている為それは失敗に終わる。
血を吐き出し、再び女の顎を掴み下に向いていた顔を上げさせれば、羞恥心からなのか、それとも驚きからなのか瞳は薄っすらと滲んでおり、それが更に欲を掻き立てる。
そのまま後ろへと押し倒し肌蹴た首筋に口付けを落としながら指を這わせば拒絶の声が聞こえた。
先程の体勢とは違い自由に腕を動かせる様になったからか肩を押す手に力が入る。

「止めろ…っ。私に、触るなっ…!」

チャクラを練られない以上、力で男に叶う筈もない。
抵抗する両腕を捕まえそのまま抱き抱えて自室へと足を運ぶ。
流石にこの場所でこれ以上は出来ないし、する気もない。
その際、逃れ様と大声を出そうとする女の耳元で一言「こんな姿を誰かに見られてもいいのか?」と呟けば、鋭い瞳で睨まれる。
それから声での抵抗は無くなったものの、未だに腕の中で暴れ逃れ様とする女からはこれから自身の身に起こるであろう事に対する警戒心の強さを感じられた。

自分の部屋は裏庭を抜けた屋敷の中でも少し離れた場所にある。
部屋の隣には離れがあり、術の開発や実験が出来る様になっており、兄者以外は滅多に立ち寄る者はいない。

「わっ、ちょ…っ、いい加減にしろ!!ふざけるなっ!さっさと離せ!」

部屋に着くなりそう強い口調で叫ぶ女を布団へと下ろし、纏っていた鎧を片手で無造作に外して上から見下ろす様に組み敷く。
元々動き易い服装だったからか、抱えた際に衿の部分が少し肌蹴て白い肌が露出しており、その姿がやけに色っぽく感じた。

「ワシは別にふざけているつもりはない」

「冗談も大概にしろ…!今の自分の行動を考えてみろ。これのどこがふざけていないと言える!?」

別にふざけてなどいない。
冗談でこんな事をする程女に飢えている訳でもない。
そんな事をぼんやりと考えていたら、ふと、身体を押し返そうとする女の腕が微かに震えている事に気付く。
相変わらず口調は荒く鋭い瞳をしていたが、その瞳は薄っすらと涙で滲んだままだ。

「…お前自身が女に戻れぬと言うのならば、ワシが戻してやる。兄者はお前を殺すつもりはない。何でもすぐに死ぬ事を考えるな。生きたいと願え。
それに…、兄者に抱かれるよりはワシの方がいいだろう」

「なっ…!やめ…っ」

そう言うなり、言葉を遮る様に再び唇を重ねれば、女の身体が小さく跳ねる。
未だ抵抗する手に指を絡めながら布団に押さえ付け、何度も角度を変えて柔らかな唇を味わう。

***

目の前の男は自分を抱くと言う。

こういう経験は無い訳ではないが、何もかもが突然過ぎて正直どうしたら良いのか分からない。
女の捕虜として千手に捕らえられた時は、何をされても仕方がないと覚悟を決めていたが、自分の予想に反し今までそういった事は無く随分と優遇されて過ごして来た。
自分は色気もないし、普通の女性みたいに家庭的でなければ優しくもない。
むしろ、普通の女性像とは真逆と言って良い程に違うだろう。

「兄者に抱かれるよりはワシの方がいいだろう」と言う言葉が頭の中をぐるぐる回って離れない。
もし、自分が選ぶ事の出来る選択肢がこの二つしかないと言うのならば確かにその通りだと思う。
何より自分はあの男、千手柱間が嫌いだ。
私を「女だから」と言う馬鹿げた理由で殺さず捕虜として捕らえた事もそうだが、今までも度々、千手一族からは休戦そして同盟の申し立てを受けて来た。
そんな事が両一族の間で出来る訳がないと誰もが分かっている筈なのに止めようとはしなかった。

戦わずして大切な物を守る事など決して出来はしないのに、それをあの男は分かっていない。
マダラとは幼い頃からの顔見知りで唯一対等に戦える相手としての実力は認めるが、自分は千手柱間のそんな「甘さ」が気に食わなかった。

(…そう考えたら、まだこいつの方がましなのかもな)

自分を組み敷いているこの男の事を好きかと聞かれたら迷わず首を横に振るだろう。
それでも、千手柱間に比べれば話も通じるし合理的かつ現実的な考え方で理解はある。

何よりこの男は私を殺そうとした。
女と知りながらも自分に忍として死ぬ道を残してくれた。
その事に関しては感謝しているが、勿論それとこれとは話は別だ。

「………」

「何だ?」

動かす事の出来る手で男の口を押さえ動きを止める。
そう易々とこの身体をくれてやるものかと思ってはいるが、今の自分はチャクラも練れず、到底この男に叶う筈もない。
要するに抵抗しようと意味がないのだ。
ならば、覚悟を決めるしかない。

「…この身体はお前にくれてやる。好きなようにすればいい。ただし、条件がある。私のこの手首の封印を解け。両方じゃなくても良い。せめて片方だけでも解け」

「ワシを殺すつもりか?」

「片手だけでお前を殺せれば苦労などしない。…長い間チャクラを感じないといくら修業をしていようが身体はどんどん鈍る。それが嫌なだけだ。
それに…、少しでもチャクラが使えればお前の様な奴が現れても多少は抵抗出来るからな」

その言葉に男は少し考えた後片手で素早く印を結び、左手首にある封印式に触れた。
確認の為にチャクラを練ってみれば久しぶりに身体を巡るチャクラの流れを感じる事が出来た。
勿論、いつものチャクラ量には及ばないが、それでも修業をするには十分なものだった。
これで少しは以前の様な生活に近付ける。
そう思うと自然と口元が綻ぶ。

「これで交渉成立だ。後はワシの好きな様にさせてもらう。ふっ…、悪い様にはせん」

「…物好きな奴だ」

そう言うなり、耳元で小さく「噛むなよ」と囁かれ、再び唇を塞がれる。
その夜、自分は男に抱かれた。

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