[1. 出会うはずのなかった二人]
「終りだ」
表情を変えずにそのまま刀を勢いよく振り下ろす。
人の命とは育む事は難しくとも奪う事はいとも簡単で、この時代に生きる自分達にとってそれは常日頃に起こる普通の日常だった。
奪い奪われる。
その繰り返しが人を変えて行く。
まるで幾年にも積み重ねられてきた憎悪や悲しみが他の感情を消してしまうかの様に。
人を殺めるという感覚は物心付いた時には既にこの手に染み付いており、むしろそれが自分にとっての「普通」だった。
兄者が人一倍感情の起伏が激しい性格のせいか、自分はよくその反対だと言われる事が多かった。
確かに周りの人間が言う様に自分は兄者程感情の起伏は激しくはないものの、人並みに喜怒哀楽はある。
「と、扉間様!うちはの残党が攻めて来ました…っ!数は約二十、かなりの手練れも居ます!」
「分かった。今行く」
所詮、千手とうちはは水と油。
決して相容れる事など出来はしない。
兄者の言う「腑を見せ合う」事など子供の頃に夢見た叶う事のない絵空事だ。
いつまでも子供のままではこの世界を生きて行く事は到底出来ない。
「飛雷神斬り!!」
素早く刀を引き抜き敵を確実に仕留めて行く。
兄者のチャクラが近くで感じられるという事は兄者もまた自分と同じ様に戦っている最中なのだろう。
対峙している敵は体力の限界が近いのか動きが先程のものとは違い、こちらが優勢だという事は誰が見ても明らかだった。
その時だった。
「行け」という大きな声が聞こえた直後に目前に迫る火遁に気付き、咄嗟に水遁でその攻撃に対抗した。
火は五大性質変化上、決して水には勝てない。
しかし、放たれた火遁の規模は凄まじく、自身の水遁ですら完全に消し去るにはかなりのチャクラと時間を消費した。
「…仲間を逃がしたか」
「………」
既にチャクラの限界なのか、力なくその場に膝を付く敵の頭上からそう声を掛けたが、返事は返って来ずその代わり面から覗く鋭い視線に気付く。
こんな状況にも関わらずその視線には強い意思が込められており、未だに戦意を感じる事が出来る。
そのまま刀を振り下ろし付けていた面を真っ二つに切り落とせば、思ってもいなかった光景があった。
「女…?」
面の奥には自分と同じぐらいか、それよりも少し下であろう年齢の若い女の姿があった。
物心付く頃から今まで数多くのうちは一族の者達と戦って来たが、まさか女の忍が居るとは夢にも思っていなかった。
年端もいかない子供ですら戦場に駆り出されるこの時代。
「男は戦い女は子を生み守り育てる」という考えは千手もうちはもたいして変わらなかった。
だから余計に驚いた。
顔を隠し男に混ざり戦い、そしてあれ程の能力を持っていたという事に。
その後すぐに背後に感じ慣れた気配を感じ、振り向けば兄者の姿があった。
「こっちも終わりそうだな。…ん?なっ…!お、女…!?」
自分の真横に立ち、視線を移した先にある敵の姿に素っ頓狂な声を上げ、身体全体でその驚きを表しているかの様だった。
うるさいと言ってもまるで聞く耳を持っていないのか、一向に落ち着く気配はなかった。
だが、女だろうと一度戦場に立てば性などは関係ない。
忍として戦うのであればそれを通すのが筋。
この女もそれを分かっているからこそこの場に居るのだろう。
ならば、敵としてそれに答えるのが礼儀。
刀を振り上げれば抵抗せずゆっくりと瞳を閉じる女の姿に感嘆する。
「…どういうつもりだ」
振り下ろした自身の刀に巻きつく様にしてその動きを止める兄者の木遁忍術。
自分を止めたのもどうせ「敵だとしても相手は女だから」と言う下らない理由だろう。
自身が一度殺さないと決めた相手は絶対に殺さない。
こういう事に関しては昔から変わらず頑固なままだ。
それが兄者の長所であり短所でもあった。
そして、それが自身の悩みの原因の一つだった。
***
「あの女をどうするつもりだ?」
「そうだなぁ…。とりあえず今は捕虜という形で拘束し、時が来たらうちはとの交渉にでも働いてもらうつもりぞ。うちは一族も女だろうと、
あれ程の能力者を手放すのは惜しいだろうからな。そう心配するな!オレもちゃんと考えておるから大丈夫ぞ」
「………」
一体この根拠のない自信はどこから来るのだろうか。
それでも、その言葉を受け入れる自分は兄者の事を絶対的に信頼しているから。
兄者が大丈夫だと言うのであれば、これ以上は何も言うまい。
今のところは印が結べぬ様に手錠を掛けているらしいが、捕虜としてここに居る間は千手の脅威にならぬ様、封印術を掛けておいた方がいいだろう。
そうと決まれば話は早い。
足早に女の居る捕虜と呼ぶには随分と優遇されている牢舎へと向かう。
部屋を開け入った先には手錠を掛け窓辺に座ったまま外を眺めている女の姿があった。
服装は戦闘時の物とは違い誰かが用意したのか藍色の衣を身に纏っており、それだけでも随分と印象が変わって見えた。
「…お前の兄は何を考えている。何故私を生かす?さっさと殺せば良いものを」
そんな事を考えていたら女が先に声を掛けて来た。
視線は相変わらず窓の外へと向けられていたが、見向きもせず自分の気配を感じ取ったところを見る限り探知能力に関しても精通している事が分かる。
女の問いに先程兄者と話していた事を教えてやれば怪訝そうな顔でこちらを見つめる瞳と視線が合う。
うちは一族特有の漆黒の髪と瞳が薄暗い部屋に溶け込み、まるで闇の中に居る「何か」に吸い込まれる様な錯覚に陥る。
「兄者がお前を生かすと決めた以上、お前には生きてもらう。念の為、チャクラが練れぬ様に一時的ではあるが封印術を掛けさせてもらう」
「勝手にしろ」
女の両手首に封印術を施しそのまま部屋を後にする。
これが自分と女との最初の出会いだった。
そして、この時が自分達の始まりだったのかもしれない。
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