[2. 全ては突然に]

え…。
虎が喋った…?

「ぎ、ぎゃぁあああ『名無し、静かにしなさい』……ひゃい…」

おばあちゃんに窘められ、警戒しつつも突然現れた目の前に佇む虎を見つめる。
襲い掛かってくる様子はないが、安心できない。

そもそも、おばあちゃんは何でそんなにも冷静なのか…。
喋る虎を目の前にすれば誰だって取り乱す。
現に自分は分けが分からず、軽いパニック状態だ。
でも、不思議とおばあちゃんはまるで、最初からこうなる事が分かっていたかのように冷静だ。
そんなおばあちゃんの姿を見てふと、さっきあの虎が言った言葉を思い出す。

『桜花様、お迎えにあがりました』

桜花はおばあちゃんの名前。
ああ、訳が分からない。
何でこの虎はおばあちゃんの名前を知っている?
…というか喋れるの?
考えても答えが見えてこない状況に頭を抱えたくなる。
でも、そんな事は全くお構いなしに、おばあちゃんは穏やかな声を発する。

「白虎、久しぶりですね」

「桜花様こそ、お元気そうで安心致しました」

白虎?久しぶり?
桜花様?お元気そう?
意味が分からない。

白虎と呼ばれた虎は、まるでお辞儀をするかのようにゆっくりと頭を下げた後に、こちらを…「私」をゆっくりと見据えた。

「こちらが名無し様ですね。」

「そうよ。ふふ、似てるでしょ?」

状況を把握出来ていない自分をよそに、場には和やかな空気が流れている。
分かった事は、おばあちゃんはこの虎を知っていて、この虎もおばあちゃんの事を知っている事。
そして、自分の事も。
また悶々と考え出そうとしていた途中でおばあちゃんに話し掛けられた。

「名無し、突然の事で驚いたでしょう。彼の名前は白虎。私たち苗字一族に古くから仕える者よ。…あなたには今から彼と一緒にある場所へ行ってもらうわ」

突然そう告げられ、分けが分からず、とにかく何か聞き返そうとした瞬間、
目の前の視界、というのか目の前に写る映像がだんだん遠く離れて行った。
もちろんおばあちゃんも。

「お、おばあちゃん!どこ行くの!?待って!どういう事か分かんないよ!どこに行くっていうの!?」

手を伸ばし掴もうとしても、遠ざかっていく景色にはどうする事も出来なかった。
どんどん遠ざかっていく景色に、意識までもが薄れてくような気がした。
瞳が閉じる前に、おばあちゃんの声が聞こえた。

『あなたの目で見て、確かめて決めなさい』

それが意識を手放す前に聞いた最後の言葉だった。

***

真っ暗な世界。
何も見えないし何も聞こえない。
これが夢なのか、それとも現実なのかさえ分からない。
何で自分がこんな所に居るのかも。

『彼と一緒にある場所へ行ってもらうわ』

『あなたの目で見て、確かめて決めなさい』

ああ、そうだ。
私はおばあちゃんに何処かに行くように言われたんだ。
でもどこに?何も知らない。

「…でも、どこかに行かなきゃ」

曖昧な意識の中、ぽつりと一言呟いた瞬間、今までの真っ暗な世界が瞬く間に光に包まれた。
そして、一瞬にして夢で見た「あの場所」が現れた。
「あの場所」が現れたというより、自分がその場所に着いたと言う方が正しいのか。
もう、何が何だか分からない。
ただ分かる事は、今度のこれは夢じゃないって事。

急に怖くなった。
不安で仕方ない気持ちが溢れ出て来て止まらない。
非現実的な事が立て続けに起こり「これは夢なんだ」って現実逃避したくなる。

「…でも、これは夢じゃない」

分かってる。
何が分かっているのか、分からないけど、心の奥底で何か確信めいたものがある。
これは現実なんだって。

「名無し様」

名前を呼ばれた。
このまま振り向けば「現実」が私を待っている。

理解しなきゃ。
理解しなきゃ何も始まらない。
ここから、この時から私の何かが始まる気がした。

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