[風邪]

*長編/From here to there with youヒロイン

朝、いつもより早く目が覚めたと同時に感じる倦怠感。
身体を起こそうと思っても思うようには動かなかった。

この世界に来る前から元々風邪も引きにくく、身体は丈夫な方だったから、こんなにも体調が悪くなるのは随分と久しぶりだった。
恐らく慣れない環境で慣れない事をし、一気に疲れが出たのだろう。
ぼんやりする頭でそう結論付け瞳を閉じ再び眠りに付く。

***

どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
耳を澄ませば、かすかに何かの物音が聞こえる。
未だぼんやりとする頭でその音の出どころを探す。

「おーい名無し〜、起きてるかー?今日は俺と修行だってよ!ゲハハハ、手加減しねぇぜ〜」

「………」

だんだん頭も冴えてきて、音の主が飛段だという事に気付く。
大きな声が頭に響く。
とりあえず、その音を止めるべく身体に鞭を打ち扉の方へと向かう。

「…飛段、少し静かにして…。頭に響く…」

「んだよ、調子でも悪いのか?」

「…まぁね」

聞いているのかいないのか、注意する前と全く変わっていない音量に頭を抱えたくなる。
ここに住み始めて、段々と皆の性格も分かってきた。
その中でも飛段はお調子者というか鈍感というか。
とにかく、自由気ままな感じの人だ。
そんな飛段の問題を挙げるとしたら空気が読めない所だ。

未だボぼんやりとする頭で飛段に対する文句を考えていたら、急に足の力が抜けその場に座り込んでしまった。
そんな自分の姿を見てさすがに様子がいつもと違うと気付いたのか、やっと声色が変わった。

「おーい名無し?大丈夫か?…角都呼ぶか?」

「ん…、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけだから」

どうやら本格的に調子が悪くなってきたようだ。
立ちくらみどころか、頭痛も段々と酷くなってきた。
こめかみを押さえ、どうにか痛みを和らげようとするが、それはあまり意味を成さなかった。
うっすらと瞳を開ければ、微妙な表情でこちらを見ている飛段と目が合う。

「辛ぇなら、今日の修行は止めとくか。ま、俺もサボれるから良いんだけどな!」

飛段はそう言うなり、自身の身体を支えながらゆっくりと立ち上がらせてくれた。
自分より一回り背の高い飛段に軽々とそのまま抱き抱えられ、有無を言う間もなくベッドへと運ばれる。
気恥ずかしさと頭痛でどうにかなってしまいそうだ。
時間にしたらたった数秒だが、頭を混乱させるには十分だった。

急に抱えられた恥ずかしさを掻き消すかのように、心の中で悪態をついてみるが、顔の熱さは全然治まりそうもなかった。

「ほらよ。修行続きで無理が出たんじゃねーの?今日はこのまま寝るのが一番だな。大人しくしてろよ?」

いつもの得意そうな顔でそう告げ、そのままあの笑い声と共に、また後でなと言い残し部屋を出て行った。
飛段が出て行った後の部屋はとても静かで、さっきまでの騒がしさがまるで嘘のようだった。

(ふふ…、何かいつもの飛段じゃないみたい…)

***

次に目が覚めたのは太陽も大分傾き出した頃だった。
寝ている間に汗をたくさんかいたからなのか、調子は朝よりも良くなっていた。
頭の痛みもさほど気になる程ではなかった。

(喉渇いた…)

朝から何も飲んでおらず身体が水分を欲していた。
しかし、調子が良くなったとはいえ、まだ気だるさは残っており、中々ベッドから起き上がる気にはなれなかった。
そのまま天井を見つめたまま数分が過ぎた。

「…飛段」

「また後でな」と笑いながら嵐のように去って行った飛段の顔を思い出す。
修行が無くなったから、きっとまた角都の邪魔をしたり、デイダラをからかったりしてるのだろうか。

本当に分かりやすい性格だ。
裏表がないというか、単純というか。
だが、そこが飛段の良い所なんだろう。
目を閉じれば、皆の顔が頭に浮かぶ。
そんな事を考えていたら、以前小南さんが話していた暁のリーダーの名前を思い出した。
確か名前はペイン。
自分はまだ会った事がなく、どんな人物かも知らない。

「…あの人達をまとめる人って事だよね。…どんな人なんだろう」

気になる。
あんなにも自己主張の激しい人達をまとめる人物。
喉の渇きから一気に考えが逸れてしまったが、気になりだしたら止まらない。
そんな事を考えていたら、扉をノックする音が聞こえた。

「…名無し、起きてるか〜…?」

飛段だ。
今回は調子が悪い事をちゃんと分かっているからなのか、ノックも自分を呼ぶ声も控えめに聞こえた。

「あぁ〜、生き返る…。丁度、喉が乾いてたから、助かったよ。薬もありがと」

自分が寝ている間に、どこから調達したのか薬まで用意してくれていた飛段。
数時間前に一度、部屋に来たみたいだが、まだ寝ていたらしく、また持って来てくれたらしい。
しかも、起き上がり易いように背中を支えてくれたのには正直驚いた。
いつもと違う飛段にどぎまぎしつつも冷静さを装う。

「もう、大丈夫なのか?薬とか分かんねーから、角都の部屋から薬っぽいもの適当にくすねてきてやったぜ」

「ゴホッ、ゴホッ…。ちょ、適当にくすねたって…。これ、本当に薬なの!?飲んじゃったじゃん!!」

「ゲハハハ。まぁ、それぐらい元気があれば薬じゃなくても死にやしねーって!」

やはり飛段は飛段だ。
薬の件に関しては念のため、後で角都に聞いておこう。
ベッドに座っている飛段の顔を見たらさっき考えていた暁のリーダーの事を思い出した。

「ねぇ、飛段。聞きたい事あるんだけど、暁のリーダーってどんな人なの?」

「は?…どんな奴って言われてもなー。面倒臭せぇ任務ばっかりやらせるし、時間にうるせぇし、うぜぇクソリーダーだな」

「そ、そう…」

仮にも自分の上司をここまで貶すとは。
かなり私情の入った説明の仕方で、いまいち分かりにくいが仕方ない。
いつか会える日が来る時まで楽しみにしておこう。

それから他愛もない話しをしたり、愚痴を聞いたりとたくさん色々な話をした。
修行の時間以外でこんなにも誰かと話をするのは久しぶりだった。
普段から皆とは共同部屋や廊下などで会えば話はするが、ここまで落ち着いて話した事はなかった。

「でよー、角都の奴そのまま帰っちまったんだぜ!?ひっでぇ奴だよなー!コンビなんだから便所ぐらい待っててくれても良いのによ〜」

「角都もサソリ程じゃないけど、時間に厳しそうだしね。角都に修行受ける時は遅れないようにしなきゃ」

どれぐらい話をしていたのだろうか。
いつの間にか陽も沈み、部屋は少し薄暗くなっていた。
あの薬のおかげなのかは定かではないが、身体の調子も良くなり随分と楽にはなった。

「外も結構暗くなってきたね。今日は飛段と話せて楽しかったし、色々とありがと。だいぶ調子も良くなったし、明日からは修行出来そうだよ」

素直にそう思ったままの気持ちを飛段に伝えたら、まるで豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
本当に、きょとん、としたような顔だ。
その顔で数秒固まった後に、急に何かを思い付いたのか、ニヤニヤしている飛段の顔があった。

(…何か嫌な予感)

自分の近くに座っていた飛段はまるで獲物を見つけた蛇のように、ゆっくりと近づいてきた。
後ずさろうにも、ベッドから上半身だけ起き上がった状態ではそれも出来ない。
そのまま、いつの間にか目の前には飛段の顔。
目を逸らしたくても、逸らせられない。

「…やっぱお前って良い女だな。食っちまいたくなるぜ。あの時は角都に邪魔されちまったけど、今は邪魔する奴なんて居ねーしな」

「なっ…!」

「あの時」とは以前、飛段と角都でチャクラコントロールの修行をした時の事だろう。
その時、湖でキスされそうになった事を思い出す。
あの時は角都が助けてくれたけど、今は助けを求められそうな人物はこの場には居ない。

「ちょ、っと…飛段、待っ…!んっ…」

腕を引っ張られ押し倒された状態のまま、押し返そうとするが、所詮、女の力なんて男には敵わない。
そのまま腕を取られ、指を絡ませられれば抵抗のしようがない。
両手が塞がれ、布団の中から何度か蹴り上げてはみるものの、あまり効果はなかった。

絡まった指は解こうにも離れる事を許さなかった。
その間にも、何度も何度も唇や頬、瞼、首筋など色々な所にキスを落とされる。
恥ずかしい気持ちや肌に感じる熱に段々とおかしくなりそうだった。

「〜〜っ!!もう、いい加減にしなさいってばっ!!」

渾身の一撃だった。
だんだん身の危険を感じ始めたので思いっきり蹴った。
それはもう本当に力の限り思いっきり。

言葉にならない声で押し倒したまま唸る飛段。
繋がれた手がかなり痛い。
そのまま隙を見て、なんとかベッドから逃げ出す事には成功したが、未だベッドの上で丸くうずくまり、
うめき声を出しながら痛そうにしている飛段を見ていたら、段々と申し訳ない気持ちになってきた。

「あの…飛段、大丈夫…?」

「お、おま…。ここだけは、蹴っちゃ…、ダメだろ…」

「は、はは…ごめん。でも、飛段が悪いんだからね」

ベッドから抜け出し、飛段から少し離れたドアの近くで様子を窺う。
数分は経っただろうか。
うめき声はあまり聞こえなくはなったが、未だにベッドの上で丸くなったまま動かない。
そんな中、ふと、首をこちらに向けた飛段と目が合った。
その目には薄らと涙が浮かんでいた。

「名無し…、覚悟は出来てるんだろうなぁ…?」

「へっ?あ〜…ははは、私ちょっと用事思い出したから、そろそろ行くね…。じゃあ!」

後ろ手でゆっくりとドアを開け、飛段の返事を聞かぬまま勢い良く部屋を出た。
さっきの事もあり、飛段に何をされるか分からない以上、今は全力で逃げるしかない。

「あっ、逃げやがった!待てコラァァァー!!…絶対に捕まえてやる…!!ジャシン様、見てて下さいよー!」

***

自分の居る場所から少し離れたところで自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
勿論、その声の主は分かっている。

「もうっ!しつこいなぁ…」

病み上がりに思いっきり走り回っていたからだろう、また少し気分が悪くなってきた。
しかし、貞操を守るためにもなんとか逃げねば。
とは言ったものの、こんな状態では逃げ切れる自信もないし、捕まるのは時間の問題だった。

(あ〜…、何かクラクラしてきたし…)

その場にしゃがみ込み廊下の壁にもたれ掛かる。
まさか、調子が悪い時に限ってこんなにも走り回る事になるなんて思ってもいなかった。
少し休憩のつもりでそのままの状態で居たら、後ろから急に声を掛けられ心臓が跳ねる。

「…こんな所で何をしている」

「ひゃぁ!!…ってイタチ、驚かせないでよ…」

後ろを振り向けば、立ったままこちらを見下ろしているイタチと目が合った。
つい、その瞳をじっと見つめてしまった。

「いや…、ちょっと事情があって、飛段から逃げているところなんだよね…」

「逃げる?」

「まぁね…。見つかったら、面倒臭い事になるからさ」

そう答えた後、イタチから返事は返って来なかった。
イタチは感情を顔に出さないから、正直、何を考えているのかいまいち分からない時がある。
今もじっとこちらを見つめたまま動かない。

「え、え、ちょ…、何して…るの!?」

「歩けなくて、そこに居たんだろう」

「そ、それはそうだけど…っ!お、お願い下ろして…、恥ずかしいってば…」

「………」

頼んではみるものの、こちらの意見は全くの無視。
ここに住み始めて、前々から思ってはいたが、ここの男達は結構自分勝手な奴ばかりだ。
でも、ちゃんと優しい所もあるから厄介だ。
抱き抱えられ、無言のまま部屋へと向かって歩くイタチの顔をチラリと見たが相変わらずの無表情。
本質はきっと優しい人なんだろうけど、笑わないからそれを知る人は少ない。

「ん?…って、おいイタチー!!勝手に連れて行くなよ!俺が先に目ぇ付けたんだぜ!!」

部屋へ向かう途中の角を曲がった時、丁度向かい側から飛段がこちらへ歩いて来ていた。
そう声を掛ける飛段に、何故自分が逃げ回っていたのかを理解したのだろう。
一瞬イタチと目が合った。

「顔色が優れない状態で座りこみ壁にもたれ掛かっていたが。…お前はそれを理解しているのか?」

「あ?あ〜、ゲハハハ…悪ぃな名無し。すっかり忘れてたぜ」

「…やっぱり。看病しといて追い掛け回すから絶対そうだと思ったよ…」

一つの事に夢中になるのは良いが、周りをもう少し見てもらいたいものだ。
飛段に今の状況を分かってもらえたので、もう追い掛け回される心配もなくなり、やっとこれで一安心だ。

「…え、何この手?」

これで一安心かと思いきや、目の前には両手を差し出している飛段の姿。
早くしろよと催促の声まで聞こえてきた。
考えなくても分かる。

「…分かってはいるだろうが…」

「わーってるよ!病人に手ぇ出すほど餓えちゃいねーよ。オラ、さっさとよこせ」

「………」

二人のやりとりを見ていてもやはり自分の意見は全くの無視。
そのままイタチから飛段へ、まるで大きな荷物を渡すかのように二人の間で移動させられた。

***

あれからイタチと別れ、今度はまた飛段に抱き抱えられながら部屋へと向かっていた。
その間、会話は全くと言っていい程なかった。

(…まだ、怒ってるのかな。うーん…)

結局たいした会話もないまま部屋へと着いた。
自分をベッドに下ろした後も、先程のような元気はどこへ行ったのかと思う程に静かだった。
普段、何でもすぐに顔に出る飛段だが、今、自分の目の前に居る人物は無表情で感情を読み取る事は難しかった。

「…あの…、やっぱり蹴った事まだ怒ってる…?」

「怒ってねーよ。…さっきは追い掛け回して悪かった。まぁ、お前が悪ぃーんだけどな!」

「なっ、違うでしょ!飛段があんな事するからびっくりして…あー!もう!その事はいいの!と、とにかく悪いのは飛段だからね!」

きっと今の自分の顔は真っ赤だろう。
ゲハハと笑う顔からは全く悪気を感じないが、やっぱり飛段は笑っている方がしっくりくる。
横になっている自分の頭を数回撫でた後「早く治して、さっきの続きしよーな」なんて色っぽく耳元で言うから、また顔に熱が集まるのを感じた。

「俺は部屋に戻るけど、ちゃんと寝ろよ?治った後楽しみにしてるからな!ゲハハハ」

言いたい事だけ言って出て行く飛段の後ろ姿を恨めしそうに見つめるが、気付く訳もなく、そのまま部屋を出て行った。

「…バカ。こっちの事も考えてよね…」

飛段が出て行った扉から目を逸らし、赤い顔を覆い隠すように布団を頭まで被り誰も居ない部屋でそう呟く。
きっと、当分熱は下がらない。

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