[夢と現実 第二部]

*長編/From here to there with youヒロイン

「…これでも、まだお前は俺を怖くないと言えるか?」

自分のやった事、暁が犯罪者達の集まりだという事、名無しの夢での出来事以上の罪を犯した事を話した。
名無しの方へ視線を向ければ戸惑った様なそんな表情が見える。
案の定、その問いに名無しからの返事はすぐには返って来なかった。

それでいい。
自分達を怖れ、不信感が芽生えれば、それが成長しわだかまりを生む。
手を差し伸べようと思う気持ちさえ生まれぬ程に。
これ以上こちら側へ足を踏み入れない様、間違った色に染まらない様に。
これから先の事を考えれば自分達に恐怖し、自らの意思で暁を抜ける事が名無しにとって最善の方法だ。
そう考えていたら、自分の考えていた事とは全く逆の事を名無しは言った。

「私は…、信じてる。信じてるから怖くない。…例え何が真実だとしても、私の中では何も変わらないし、イタチはイタチだから。それ以外の何者でもない。
それに…、何かを思って悲しく感じる心があるなら、私はそれだけで信じられる」

まさかそんな答えが返ってくるとは思っておらず、今度は逆に自分がその言葉に何も答える事が出来なくなった。
言葉を選びながらはっきりとした口調でそう話す名無しの姿に初めて自分自身が名無しに対して人の温かさや愛情を求めていたという事に気付く。
まさか自分が無意識のうちにそんな風になっていたとは思わなかった。
しかし、気付いてみれば驚きと言う感情よりもある程度、その事に対して納得している自分が居る事に気付く。

(…俺は何も知らない名無しに居場所を求めていたのかもしれないな…)

そう納得してしまえば、ちらを見ている名無しが無性に愛おしく感じた。
微笑みながらこちらを見つめる瞳が愛しくて堪らない。
誰かに信じてもらえるという事がこれ程までに心を満たし穏やかにさせるだなんて、とうの昔に忘れていた。
手を差し伸べれば容易に触れる事が出来る距離にその存在を感じる。

「…イタチはこの手で自分の大事なものを守った。なら、私にはそれを恐れる事も否定する事も出来ない。イタチにとってそれが最善の方法だったんでしょ?」

泣きたくなる。
あの時のように自分を無条件で信じ、包み込んでくれている様な慈愛に満ちた言葉と心。
それはまるで温かい光の様。

いくら手を伸ばしても届かないとは分かってはいるけれど、伸ばさずにはいられない程の光。
触れようと伸ばした手は名無しの手によって包み込まれ、そこから温かさが伝わる。
握り返せばその手を離したくないという気持ちがどんどん溢れ出す。

この気持ちはもう止まらない。
名無しの腕を引き、胸元へ手繰り寄せ抱き締める。
小さく驚きの声が聞こえたが、そのまま後ろへ腕を回し優しく背中を撫でられる。
何も分からないからこそ容易く心を見透かされる。
自分が欲しい物を与えてくれる。

(…深入りしたらどうなるかなんて分かっていたはずだった。その結果がこの様か)

名無しの額に口付けを落とせば軽く見開いた瞳と視線が重なり合う。
理解しているのだろうか。
重なり合った瞳は逸れる事なく優しく微笑んでいる。
まるで引き寄せられる様にゆっくりと唇が重なる。
重なっては離れ、そしてまた重なる。

「ん…っ」

視覚と聴覚から名無しを感じれば感じる程、歯止めが効かなくなる。
背中に回している手に力がこめられ、服を強く握り締めている様にさえ欲情する。

だが、自分の勝手な思いで相手を傷付ける事は出来ない。
ましてや相手は守るべき対象である名無しだ。
傷付ける事など出来る筈がない。
名残り惜しさを感じながらも重なっていた唇をゆっくりと離し、そのまま抱き締めたまま謝罪の言葉を掛ける。
胸元に顔を埋め、小さく頷く名無しの耳は少し赤みを帯でおり、それが更に罪悪感を強くさせる。

そのまま名無しの身体を解放し、身支度を整え外へと向かう筈だった。
立ち上がろうとする自分の服の裾を掴み、小声だったがはっきりと「行かないで」という言葉が聞こえた。

「どういう意味なのか分かって言っているのか?」

「………」

「…無理矢理、俺に合わせ様とするな。もっと自分を大切にしろ」

俯いたままの名無しの頭を軽く撫で、その手を離すと同時に顔を上げた名無しの瞳と視線が交わる。
その顔はまるで不貞腐れた子供の様な表情をしていた。
軽く眉間に皺を寄せ、少し怒っている様にも見えた。

「…私だってもう子供じゃないし、ちゃんと分ってる。自分の事だって大切にしてるし、…無理にこんな事しない」

真っ直ぐこちらを向き、そう話す名無しの顔は真剣で、冗談ではなく本気で言っているという事が分かる。
そんな名無しの言葉に落ち着いていた感情が再び沸き立つのを感じる。
柄にもなく心臓がいつもより早く脈打ち、早く触れたくて仕方がないという程に欲する気持ちが高まっていた。

「わっ…!イ、イタチ…」

その身体を腕に抱き温かさを実感する。
少し戸惑いながらも優しく自分を包み込む腕が愛おしい。

再び唇を重ねれば、それは徐々に深いものへと変わっていった。
唇を重ねたままゆっくりと名無しに覆い被さる様に組み敷く。
唇、額、頬全てを味わう様に何度も唇を這わす。
時折、かすかに漏れる声が静かな部屋に響き頭に残る。

***

啄む様な口付けから深いものまで、まるで身体全体が粟立つ様に与えられる全ての刺激に意識が集中する。
唇は下へ下へと首筋を這う様に移動していき熱を帯びる。
イタチの髪の毛が首筋に掛かり少しくすぐったい。
そんな、くすぐったい感覚さえも今の自分には十分刺激が強いものだった。

「んっ…、あ…っ」

与えられる刺激に身体が勝手に反応し、無意識に声が漏れる。
どんどん速くなる心臓の音が妙にうるさく感じ、瞳を強く閉じれば頬を撫でられ再び唇を塞がれる。
強く閉じていた瞳を薄らと開ければ、まっすぐこちらを見下ろすイタチの瞳と視線が交わる。

初めて見る表情。
口では上手く言い表せないが、とても優しい顔。
胸がぎゅっと掴まれる様な感覚が心を占める。

「…もう一度聞く。止めるなら今しかないぞ」

最後に逃げ道を与えてくれる。
それでも、もう心は決まっている。
愛おしくて仕方がない。
少し震える腕をイタチの首に絡ませ引き寄せる。
きっと、イタチにはすごく緊張しているのも、震えているのも全部伝わっている。
震える声をどうにか抑え、大丈夫だと声を掛ければ、今までで一番優しい口づけを落とされる。

***

服の裾から侵入してくるイタチの手は相変わらずひんやりと冷たく、火照った身体には丁度良い冷たさだった。
ウエストから上へゆっくりと動く手は肌に触れるか触れないかの力加減で、その動きが少しもどかしい。
そのもどかしさに腰が少し浮く。
くすぐったいけど、気持ち良い様な感覚が少しずつ自分の中に広がっていく。

「ひゃ…っ、あっ…」

下着と一緒に服を捲し上げれば、いとも簡単に露わになる身体。
そのまま、優しく膨らみを揉み拉きながら胸の突起に舌を這わせ弄ぶ。
瞳を強く閉じ、口元を軽く手で覆い隠している名無しの口からは微かに漏れる声と艶っぽい吐息が入り混じっていた。
その声をもっと聞きたくて、片方の手を下へ下へと滑らせれば、一瞬身体が震えた。

吸い寄せられる様な肌は温かく心地良い。
穿いていた服を脱がせば少し戸惑った表情の名無しの顔が目に入る。
少し急かし過ぎたとは思ったが、早くもっと触れたいという気持ちの方が先走ってしまい余裕が無い。
頬を撫で大丈夫だと呟けば、少し緊張が解れたのかさっきよりは柔らかい表情になった。

欲に溺れない様に必死に耐えているその姿がより一層艶めかしく感じ、自分をただの「男」へと変えていく。
段々と声に艶が出てきた頃合いを見計らい、上下の下着を取り外す。
露わになった身体は思っていた以上に傷だらけで美しかった。

***

イタチの唇が胸から腹、腰、太ももに口づけをしながら動く。
一糸纏わぬ姿の自分にはその動きが恥ずかしくて仕方がなかった。
それでも時折、腰や足が無意識に動いて快楽を欲しているかの様な自分の身体に戸惑いもあった。

「あっ、待っ…イタチっ…!」

舌が太ももの内側を下へと這い、敏感な部分へと辿り着く。
まるで身体中に電気が走ったように一瞬で鳥肌が立つ。
ねっとりとした舌が動き身体の自由を奪う。
無意識にイタチの肩を強く握るが、上手く力が入らない。

「んん…っ、はぁ…、あ…っ!」

声を我慢するだとか、顔を見られるのが恥ずかしいとか、そんな事を考えている余裕なんて無かった。
ただ、与えられる刺激にされるがまま。
全身が粟立ち、痺れるような感覚が身体を襲う。
微かな力ながらも手でイタチの頭部を押し返そうとするが上手くいかない。

「…そろそろ、か…」

そう独り言のように呟いたイタチは自身の纏っていた衣類を脱ぎ、再び自分に覆い被さる様に身体を重ねる。
口付けし、優しく頬を撫でるその姿に胸が熱くなる。
これがイタチの本来の姿なのだろう。
愛情深くとても優しい人。
そして誰にも絶対に弱みを見せない強く悲しい人。

「はぁっ…、っ…」

十分濡れているそこは多少狭さを感じるが、ゆっくりと自身を奥へと進めれば名無しの口から微かに声が漏れる。
熱の籠った吐息は艶っぽく、とても扇情的だった。

痛みを伴うのか瞳を閉じた眉間に軽く皺が寄る。
緊張のせいか入口は狭く侵入者を拒むように何度も強く締め付ける。
瞳を閉じている名無しの唇を半ば無理矢理に開けさせ舌を絡めれば、そちらに意識が移り、一瞬入口の締め付けが弱くなった。

「んんっ!…いっ、あ…っ」

「…大丈夫か?」

そう問えば、声は出さなかったものの数回軽く頷き大きく息を吐く。
数回息を吐き少し落ち着いたのか、腕を握っていた手の力が少し弱まった。
その代り、腕を握っていた手が伸び、頬を撫でられる。
それを合図に前後にゆっくりと腰を動かせば自然と息が漏れる。
温かいそこは自身を包み込み締め付ける。
今すぐにでももっと動き出したい衝動を抑えそのままの速さで動かす。

「んん…っ、あっ…ぁ」

段々と滑りが良くなり痛みも少し治まったのだろう。
名無しの口からは艶のある声が少しずつ漏れ始め、それが徐々に動きを早くさせる。

剥き出しになった首元に舌を這わせ口付ける。
その間にも動きはどんどん加速し、名無しの身体を揺さぶる。
名無しの声が何度も自分の名前を呼び、まるでもっと求められている様に感じた。

***

身体の中に感じる異物感と圧迫感に戸惑いを覚えだが、こちらを気遣ってくれているイタチの姿を見たら、そんな戸惑いも何処かへ消えて行ってしまいそうだった。
初めて感じる感覚にどうする事も出来ず、ただ与えられる刺激に身を委ねた。

自分の身体に合わせ気遣いながら動く姿に胸が締め付けられる。
心が愛おしいと感じれば身体もそれに共鳴するかの様にイタチを求める。
もっと触れたい、もっと触れて欲しい。
その気持ちはどんどん大きくなっていった。

「はぁ、あ…っ!んん…、イタチ…っ」

「…くっ、はぁ…っ」

痛みは感じない。
その代わり不思議な感覚が身体全体を締め、離さない。
腕を伸ばし首に絡め、抱き付くようにしがみ付けば背中に腕を回され抱き締められる。
抱き締められたまま揺さぶられ、何度も何度も深く奥へと入って行く。

最初のゆっくりとした一定の動きとは違い、快楽を求める動きに自然と腰が浮く。
何度も体重を掛けるように押し込み揺さぶられ、甘い痺れが名無しを快楽に導く。
熱の篭った艶めかしい息遣いと情事特有の音が部屋中に響き聴覚を刺激する。

「はぁ、んっ…、す、きっ…」

「っ…」

本当に聞こえるか、聞こえないかの小さな声。
名無しは「好き」だと言った。
もしかしたら、無意識だったのかもしれない。
それでもその一言が心を満たし、まるで光を注ぎ込んだ様に温かくなる。

そろそろ自身の限界が近付き更に動きを速めれば、自身を締め付ける力もそれに比例して強くなる。
段々とお互いの息遣いが激しくなり乱暴に舌を絡め、揺さぶり合う。

「はぁ…、あっ!…イタ、チっ…」

「はっ、…っ!く…っ」

限界を迎えた自身は名無しの中で何度か脈打ち広がって行く。
そのまま自身を押し付けゆっくりと息を整える。

未だうるさく鳴り響いている心臓は当分落ち着きそうにない。
自分の下で同じ様に息を整えている名無しの身体に体重を掛けない様に繋がったまま軽くもたれ掛かる。
お互いの心臓の動きが混ざり合い、どちらのものか分からない。
それでも、心地良い音が頭に響き、落ち着く。
そんな事をぼんやりと考えていたら、髪を梳かす様に優しく撫でられる。
それはまるで、母が子を宥めるかの様に。

「…私はイタチを信じてるよ」

名無しの首元に顔を埋めているため、どういう表情をしているのかは分からない。
本当は顔を見たかったけれど、今は「見られない」と言った方が正しいのかもしれない。
こんな情けない顔は見せられない。

名無しと居る時の自分自身を幸せだと感じる。
それは、とても自然に心の中に入って来て、少しずつ根を張り広がって行く。
この時代じゃない別の時代に出会えていたら、もしかしたら未来は変わっていたのかもしれない。
それでも例えどんな未来が待っていようとも名無しは変わらない。

光は消えない。
いつの日にか深く暗い闇から救い出してくれる存在になる。
俺が名無しに救われた様に。

(俺も好きだ)

決して口に出してはいけない言葉。
心の中で呟く事しか出来ない自分が恨めしい。
その代わりにその想いをぶつける様に強く名無しの身体を抱き締める。

いつか。
いつの日にか…、戦争や争いのない平和な世界で再び出会える様に願いを込めて。

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