[ 気持ち 第二部]

名無しと別れ足早に自分の部屋へと戻った。
電気も付けずそのままベッドへとうつ伏せに倒れ込む。

さっきのあの顔。
名無しのあんな顔初めて見た。
笑った顔、怒った顔、呆れた様な顔、泣いた顔。
名無しがここに来てから色々な表情を見た。
でも、あんな顔は初めてだった。

正直、名無しの事は結構気に入ってる。
コロコロ変わる表情は芸術的だし性格だって悪くない。
それに頑固なとこも名無しらしくて良い。
気に入ってるからこそ、何でサソリの旦那が名無しにあんな顔をさせたのかが気になって仕方がなかった。

「こういうモヤモヤした時はオイラの芸術でスッキリしたいところだけど、違うんだよな…」

身体を仰向けにし、真っ暗な天井を見詰める。
ずっとあの顔が頭から離れない。
今になって名無しを旦那の部屋に行かせた事に対して後悔が押し寄せる。

もしかして名無しはサソリの旦那が好きなのか?
確かに顔が良いのは認めるけど、あの性格はダメだろ。
オイラの方が面白いし、短気じゃないしそれに空だって自由に飛べる。
絶対にオイラと一緒に居た方が楽しい。

「オイラの方が…、名無しを好きだ」

オイラ、サソリの旦那に嫉妬してたのか。
まだまだこんなんじゃ旦那にガキって言われても仕方ない。
そう自嘲気味に笑えばさっきまでのモヤモヤした気持ちが少し薄れた様な気がした。

「好き、か…」

里を飛び出して暁に入った時から自分はこの先自分自身の為だけに生きると決めていた。
里を捨てこの芸術の力だけで生きて行こうって。

それがどうだ。
たった一人の女に振り回されて、自分の気持ちにすら気付いていなかった。
好きになるなんて思わなかった。
確かに最初は「苗字一族」としてその能力を利用出来るならって思っていた。
それが、段々苗字一族と言う名前じゃなく、名無し自身を見る様になった。

(…オイラ、名無しの事が気に入ってたんじゃなくて、好きだったのか)

自分で自分の気持ちを認識してしまえば、何で今まで気付かなかったのかと笑いが込み上げてくる。
こんなにも単純な事だったのか。
まさか一人の女にここまで振り回されるなんて、昔の自分じゃ考えられない。

瞳を閉じれば名無しの色々な顔が脳裏に浮かぶ。
どれも自分の好きな表情。
少しずつ強くなって来ているが、まだまだこの世界で生き抜くには力が足りない。
だから、守ってやらないといけない。
自分が守ってやりたいと思う女なんて初めてだ。
だから、いつの日にか絶対に捕まえてやる。

***

ここは、木の葉の近くにある甘味処。
今日のオイラ達の任務は木の葉の偵察だ。
以前イタチと鬼鮫が木の葉に行った際に数人の上忍と戦闘になり、その時に暁の事が知られてしまった。
雲の模様が描かれた装束を着用していると。

「旦那、その姿で外に出るのって久しぶりだな、うん」

「仕方ねーだろ。ヒルコの姿じゃ目立って自由に動けねーからな」

チラリと目の前に座っている旦那を盗み見する。
これで三十過ぎてるんだから詐欺だよなぁ…、うん。
これが旦那の言う「永遠の美」ってやつか。
名無しもきっとこっちの旦那を見たのだろう。

(まさか、あんなオッサンの中から出て来たら流石に名無しも驚くよな…)

お茶を啜りながら団子を食べている旦那。
え、旦那、傀儡なのに食べれるのか?
というか、それさっきオイラが頼んだ団子だし。
そういえば、今日の旦那は何だかいつもと違う感じがする。

「おい、デイダラ。さっきからチラチラ見てんじゃねーぞ」

「(あ、バレてた)…なぁ、旦那。今日の旦那って何かいつもと違うよな?いつもは何も食べないのに今日は食べてるし…。傀儡に何か細工でもしたのかい?」

「………」

ただのプライド高い馬鹿だとばかり思っていたが、ちゃんと気付いたのか。
甘味処から少し離れた森の中。
一本の巻物を広げ、ある物を呼び寄せる。

「旦那、これって…。旦那だよな」

目の前には二人の旦那。
もちろん、ヒルコじゃなくてサソリの旦那本人だ。
どういう事だ?

「俺の芸術は永遠の美だ。だが、今の俺はまだ完璧じゃない。生身の部分がなければチャクラも練れねーし、傀儡自体も動かねぇ」

そう言いながら「核」がある部分に手を当てる。
掌からは規則的な鼓動を感じる。

鼓動。 
この鼓動を感じる度に自分自身が傀儡でも人間でもない不完全な存在だという事を思い知らされる。

「ようするに、どーいう事だい?」

「簡単に言えば、今の俺は刺されれば血が出るし、首を切られれば死ぬって事だ。この身体は傀儡になる前に採取しておいた細胞を培養した俺のクローンだ」

「…でも、永遠の美を求める旦那が何で生身の人間に戻る必要があるんだ?」

「永遠の美」と「人間の命」
旦那は一度決めた事は最後までやり通す性格だ。
そんな性格の旦那が一度は捨てたはずの人間の身体に戻るなんて信じられなかった。
恐らく、オイラだけじゃなく、もしここに他のメンバーが居たらそう思うはずだ。

「…今の俺は傀儡でも人間でもない、ただの不完全な存在だ。この身体を作ったのはその不完全を完全にする為の研究ってとこだな…」

***

(完全になる為の研究、か…)

旦那らしいと言えば旦那らしいが、少しだけ腑に落ちない部分がある。
じゃあ何で今までそうしなかったのかって事。
二十年以上前に里を出て暁に入り、旦那だったら色々と研究もしていた筈だ。
それなのに、何故今この時に?
何かが旦那の考えを変えた?あの旦那を?

心臓が跳ねた。
はっきりとした確証はないが、もしかしたら旦那も少なからず無意識に名無しから影響を受けているのかもしれない。
戦いの無い世界から来た名無しは戦う事しか知らない自分達にとって初めての存在だった。

全てが新鮮で真っ白。
この世界で自分達は里から追われている犯罪者だ。
そんな自分達の目の前に突然現れた名無しはまるで何か憑き物を溶かすかのようにゆっくりと心に入って来ている気がする。

今もこうやって他人の事を想い考えている。
今までの自分だったら他人を想い慕うだなんて考えられなかった事だ。

「………」

旦那は今、何を考えているのだろうか?
自分と同じ様に自分の変化を少しずつ感じているのか、それとも別の事を思っているのかは分からない。

ただ一つ分かる事は自分を含め他のメンバーも少しずつ名無しに心を開いている。
「戦いの無い世界から来た」という事もそうだが、名無しには人を惹き付ける何か温かいものがある。
それはとても心地良くて、まるで何かに優しく包み込まれている様な感覚。

一緒に居て落ち着く。
オイラはそれがすごく好きだ。

***

完全な身体を手に入れる為、この身体を作った。

「朽ちる事のない永久の美」
俺が追い求めている理想。
そして信念。
それが俺の全て。

(…人間の身体がこうも不便なもんだったなんて、すっかり忘れてたぜ…)

左腕には赤い筋。
ゆっくりと流れる赤い液体を見つめながらそう思う。
久しく感じていなかった感覚。
あの時から一生感じる事はないだろうと思っていた。

一刻でも早く完全な傀儡に近付きたい。
その為にはもう一度この身体を研究する必要があった。
禁術だろうが何だろうが俺には関係ない。
利用出来るものは何でも利用してやる。

そうだ。
俺は着実に自分の理想に近付いて行っている。
なのに…、何故こんなにもイライラする?
今日の予定を潰されたから?

いや、違う。
あいつが俺の予定を潰すのはこれが初めてじゃないし、そんな事で不貞腐れる程ガキじゃない。
じゃあこれは何だ。
俺は何に対してイラついている?

心当たりが無い訳じゃない。
ただ認めたくないだけかもしれない。
永遠の美を追い求め始めてから初めて「生あるモノ」に興味を抱いた。
失われた一族の未知なる能力。
そしてあの瞳。
正直、今すぐにでもこの手で傀儡にしてやりたいが、暁の目的を達成するまでは勝手な事は出来ない。
だが、名無しを傀儡にしたいと思う一方で、心の奥でこのままどう成長して生きて行くのかを見てみたいと思う自分が居るのが分かる。
自分でも信じられない程、それは今までの俺じゃ考える事すらしない有り得ない事だった。

永久の美こそ、究極の芸術。
未来永劫朽ちる事のない永く後々まで残ってゆくもの。
その思想を少しでも揺るがした自分に対してこんなにも腹が立っている。
あいつは俺にとって関わり合うべきでは無い人物だ。
そう頭の中で警鐘が鳴り響いている。
これ以上、踏み込めば取り返しのつかない事になる。

あいつはいつか必ず傀儡にしてやる。
俺には温もりなんて必要ない。

***

木の葉への偵察任務も終わり、アジトへと帰る途中、突然の大雨にみまわれた。
このまま気にせず帰る事も出来るが、旦那には聞いておきたい事もあるし今日は素直に雨が止むのを待った。

「…なぁ旦那。昨日、名無しに何かしたかい?」

回りくどい聞き方はオイラも旦那も好きじゃない。
気になるなら気になる事をそのまま聞けば良い。
昨日見た、名無しのあの表情についてだ。
その理由を知りたい反面、知りたくない気持ちもあった。

「あ?別に何もしてねーよ。んな事より、あいつ使わずに自分で言いに来やがれ」

オイラの聞きたい事なんか上手くかわされる。
旦那にとっては大した事ない事かもしれないけど、オイラや名無しにしてみれば違う。
忍がこんな事をずっと考えているなんて馬鹿げていると言われても仕方ない。
でも、どんなに嘲られようとも気になる事は聞かずにはいられない。

「それはオイラが悪かったよ、うん…。それより名無しの事だけど、昨日オイラが部屋に行った時、すっげー真っ赤な顔してたんだ。
旦那名無しに絶対何かしただろ?」

今度はちゃんと意思を込めてはっきり旦那の目を見ながら尋ねた。
旦那もオイラと組んでそれなりに自分の性格だって分かってる筈だ。
今の自分が真剣だって事ぐらい分かってる。

『何て顔してやがる』

『あの、サソリ…、恥ずかしいから止めて…』

未だ少し睨む様にこちらを見詰めているデイダラ。
無駄にプライドの高いコイツがここまで粘るなんて珍しい事もあるもんだ。

昨日の出来事。
あれはただ、あの身体が欲しくて少しからかっただけ。
昨日の名無しの様子から見て、男にあんな事をされたのは初めてなのだろう。
だから余計に加虐心が生まれた。
止めろと言われて止める俺じゃない。

あの時の名無しの顔。
今思い出してもゾクゾクする。
傀儡糸を解いて身体が自由に動ける様になった途端、速攻で逃げやがったしな。
その後、デイダラに見られたって訳か。

まったくコイツも相変わらず面倒臭ぇ奴だな。
たかが女一人に振り回されやがって。

「お前、俺があいつに手ぇ出したと思ってんのか?」

「なっ…」

そう答えればすぐさま変わる表情。
驚いた様な少し殺気立った様なそんな表情。
面白いぐらい分かり易い奴だな。
本当にからかい甲斐のある奴だ。

「ククッ、あいつが何言ったかは知らねーが、お前が思ってるような事なんかしちゃいねーよ」

「………」

本当に旦那は名無しに対し何もしていないのだろう。
だけど、名無しにあんな顔をさせた旦那が憎たらしいような羨ましいような、そんな複雑な感情が心を取り巻く。
今の自分の表情はきっと何とも言えない顔になっているだろう。

話はそこで終わった。
それから少しして雨も上がり、そのまま足早にアジトへと向かった。
きっと、明日からまたいつもと変わらない日常が始まる。

でも、この気持ちはどんどん大きくなっていく。
今はまだ伝える時じゃない。
その時になったら絶対に捕まえてやる。

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