[18. 暫しの休息]

こちらの世界に来てからというものほぼ毎日修行ばかりしていた。

修行が無い日は部屋で一日死んだように寝ている事も一度や二度ではない。
しかし、ここ一週間は皆任務へ行っており、アジトには誰も居らず修行は一時休止状態だった。
誰にも邪魔される事無くゆっくりとした時間を一人で過ごすなんて久しぶりだった。
いつもはうるさいぐらいのアジトも静まり返り、今は物音一つしない。

「…たまにはこういう時間も必要だね」

共同キッチンのある部屋でお茶を啜りながら誰が運んで来たのか、この部屋に似つかぬ大き目のソファーに腰掛け日頃の疲れを癒す様にのんびりと寛ぐ。
昼寝したり、本を読んだり、好きな物を作って食べたり。
色々と自分の好きな事をやった。

しかし、人間とは一度楽しい事を知ってしまったらそれを再び欲する想いが生まれる生き物。
自分でも気付かない内に自然と心の中に生まれる新しい気持ち。

「…つまんない」

自然と零れた言葉。
それは自分自身でさえも気付かなかった気持ち。

言葉にして初めて実感する。
自分は寂しかったんだと。
皆がここに居るのが当たり前になり始めているから、それが急に無くなるととても寂しい。
いつもうるさいと思っていたデイダラや飛段。
言葉は少ないけれど、いつも気に掛け面倒を見てくれるサソリや角都。
ここでの生活に不自由が出ない様、陰から支えてくれたイタチや鬼鮫。

前に家族ってこんな感じかなって思った事があった。
これが家族みたいなのかは自分には分からないけど、もしそうだったらとても温かく幸せだなって思った。

会いたい。
恋人同士みたいに会って抱き合う事なんてしない。
ただ皆の顔が見たいだけ。
いつもみたいに喧嘩したり笑ったり。
そんな顔が見たい。

(…何か、私じゃないみたい)

こんな風に何かを待ち焦がれる気持ち。
一度手に入れたら離したくなくなる。

自分は皆の事を何も知らない。
どんな任務でどこに行っていつ帰って来るのかさえ。
考えても分からない事は分からない。
でも、頭では理解しても気持ちはそう簡単にはいかない。

人間とは厄介な生き物だ。
いつのまに、こんなにも弱くなってしまったのだろうか。
一人じゃない事に慣れてしまう事がこんなにも自分を変えてしまっている。

「あーー!もうっ!早く帰って来てよ!」

そんな自分の弱さを掻き消すかの様に誰も居ない部屋で大声で叫ぶ。
しかし、叫び終わった後には変わらない静けさだけが残っていた。

***

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
瞳だけを動かし、ゆっくりと辺りを見渡すも眠る前と何一つ変わっていない。
しかし、頭がだんだんとはっきりして来るにつれ、自分の身体に掛けられているブランケットに気付く。

(これ…、誰か帰って来たんだ)

自然と心が浮き立つ。
横になっていた身体を起こし、ブランケットを掛けてくれたであろう人物を探しに行こうとソファーから立ち上がる。
しかし、立ち上がったは良いが、一体どこから探せば良いのだろうか。
無駄に広いこのアジトはまだ自分の知らない部屋もたくさんあり、無断で入る訳にもいかない。
再びソファーに座りながらそんな事を考えていたら、後ろの扉が開き聞き慣れた声がした。

「起きたのか」

低すぎず丁度良い感じの声色。
中性的な顔立ちが人目を引く物静かで大人びた男イタチだ。

「これ、掛けてくれたのってイタチ?」

あぁ、と言いながら自分の隣にゆっくりと腰掛ける。
疲れているのだろうか。
ソファーにもたれ掛かり、首を少し上に向けたまま瞳を閉じている。

(任務、大変だったのかな…?)

疲れて帰って来る彼等に対し何かして上げられる事はないだろうか。
イタチのこんな姿を見たらそう思ってしまう。
こんな姿を見ていると、彼らに何もしてあげられない自分がもどかしい。

「…イタチ疲れてる?疲れてるなら、部屋で休んだ方が「団子が食いたい」

言葉を遮られ、聞こえたのは「団子が食いたい」と。
何故だか分からないけど、その言葉に少しだけ笑ってしまった。
言葉を遮ってまでそれを伝えたイタチの行動が自然と自分を和ませる。

「みたらし団子でいい?」

「あぁ、頼む」

小さい頃からおばあちゃんに料理を色々教えてもらったから料理は得意な方だ。
自分自身もどちらかと言えば洋菓子よりも和菓子の方を好んで食べる事もしばしばあった。
団子を作っている最中の会話は少なかったけれど、不思議と気まずさは感じなかった。

***

(ふふ、若いのに何かおじいちゃんみたい)

隣に座っているイタチはサイドテーブルに湯のみを置き、黙々と団子を頬張っている。
皆が帰って来た時にすぐ食べられる様、少し多めに作っておいた。
作っておいた筈なのに。

「………」

ここの男たちは、皆背も高く体格が良いのでたくさん食べると思ったから結構な量を作ったはずだ。
まぁ、デイダラは違うが。
それが目に見えて減って行っている。
いくら団子が好きだとしても、食べ過ぎにも程がある。

「美味かった」

最後にお茶を飲み干し、満足げにそう言われた。
自分の作った物を褒められるのは素直に嬉しい。
ましてやおばあちゃん以外の人に作った事など無かったから尚更だ。

「…何故笑っている?」

嬉しいと感じたから自然と笑顔になっていたのだろう。
イタチにそう言われ初めて気付く。
さっきまでの寂しい気持ちはいつの間にかどこかへ消えてしまった。

「…自分の作った物を美味しいって言われたのっておばあちゃん以外で初めてだから何か嬉しくて」

少し照れくさかった。
たかが美味しいって言われただけで喜んでいるなんて、まるで初めて料理を作った子供みたいだ。
そんな自分の様子を黙って見つめるイタチの視線が少し恥ずかしく、ゆっくりと視線を逸らす。

「………」

本当に嬉しそうな名無しの顔を見るといつもサスケの事を思い出す。
世界でたった一人の大切な弟。
いつの日にか自分を殺すであろう、最愛の家族。

名無しは「家族」というものを知らない。
両親、兄弟姉妹。
一般では当たり前とされている存在を名無しは知らない。
だから、余計に家族というものに憧れるのだろう。
もしかしたらここでの生活にそれを感じているのかもしれない。

俺には誰一人幸せにする事は出来ない。
一族を殺し、あまつさえ自分の弟に孤独、憎しみ、計り知れない辛さを背負わせてしまった。
決して許される事のない罪。

だが、こいつの幸せを願う事くらいは出来る。
願いなんて曖昧で自己満足なものだが、名無しの笑顔を見ていたらそう願わずにはいられなかった。
一族の柵に囚われず自由を手に入れられる様。
そして、いつの日にか家族のある温かい幸せを手に入れられれば良い。

「…イタチ?どうかした?」

こちらをじっと見つめる未だ穢れの知らない澄んだ瞳。
「名無し」という人物を知れば知る程、己の忍として生きて来た道が暗く深い闇の中に続いているという事を思い知らされる。
名無しは自分には眩し過ぎる。
近づけば光が強過ぎてそれだけ前が見えなくなる。
だからこれ以上近づかまいと決めていた。

そう決めたはずなのに。
深い闇に落ち、そしてその中で光を見つけてしまったら手を伸ばさずにはいられなかった。

任務から戻った後、名無しの様子を見に行くという名目で会いに行った。
一目だけ顔が見たかった。
眠っている名無しにそっと手を伸ばせば、容易に触れる事が出来る距離。
手を伸ばした先からは暖かさが伝わり、ゆっくりと着実に自分の心を穏やかにさせて行く。
ただ、側にその「存在」を感じたいとまるで心が欲しているかの様に。

欲する気持ちと抑え込もうとする気持ち。
これ以上、名無しに触れていたら確実に手に入れたくなる自分が居るのが分かる。

自分には幸せを手に入れる資格などない。
抑え込め。
誰にも知られぬ様に心の奥底に。

***

イタチの帰還から数時間後、ツーマンセルの相方である鬼鮫が帰って来た。
今回の任務は偵察と資金集めであり、彼等には容易いものだった。

「イタチさん。後は私が後始末をしておくので、先にアジトへ戻られても結構ですよ?」

「………」

「それに、そろそろ暇だとぼやき始める頃でしょう。イタチさんだけでも先に帰って相手でもしてあげて下さい」

恐らく自分達以外のメンバーがアジトに戻るのはもう少し先になるだろう。
鬼鮫の言う通り、暇だとぼやいている名無しの姿が容易に目に浮かぶ。

「ずいぶんと気に掛けている様だな」

素直にそう思った。
暁の中でも好戦的な方であろう鬼鮫。
口調は丁寧だか、行動は暁に居るだけあって残酷な事だろうと顔色一つ変えず行う。
自分も人の事は言えないがそう思った。

「…そうですねぇ。彼女を見ていると、まるで自分に手間の掛かる妹が出来たかの様な気持ちになるんですよ。それで自然と気に掛けてしまうのかもしれませんね」

少し笑いながらそう言う鬼鮫は普段からは想像出来ない程、自然に笑っていた。
ここからアジトまでは二、三時間はかかるだろう。
いつもならそんな提案を受け入れる事はないが、心の奥底では早く帰りたいと思っていたのだろう。
自分でも信じられない程素直にその提案を受け入れた。

「ククッ、全く分かり易いというか、分かり難いというか…。ま、私はのんびり後始末してから帰りますかね」

鬼鮫にしか出来ない気遣い。
それに気付いているのか、いないのかはイタチにしか分からない。
アジトを目指し、自然と速くなるスピード。
アジトまでもう少し。

←prev next→
Topへ Mainへ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -