[17. 気持ち 第一部]

何故こんな事になったのか。
ベッドに横になったまま身動きの取れない自分の身体。
事の始まりはデイダラの一言から始まった。

「…なぁ、名無し。オイラのお願い聞く気あるかい?」

目の前に座っているデイダラはいつもの自信溢れる姿ではなく、少し疲れた様な顔をしていた。
そんな顔を見てしまったからには、話だけでも聞こうという気持ちになった。
でもその時はそれが間違っていたなんて気付く筈もなかった。

「何かあったの?内容によっては聞いてあげない事もないけど…」

そう答えれば一瞬でパッと明るくなるデイダラの顔。

「本当か!?ありがとな!あー良かった。危うくサソリの旦那に殺されかけるとこだったぜ、うん」

今、物騒な単語が聞こえた気がした。
デイダラのその言葉にどんどんと嫌な予感がしてきた。
安心しきった様子のデイダラとは逆にどんどん青ざめて行く自分の顔。
とにかく、二人の間に何があったのか話を聞けば何とかなるかもしれない。

「一応聞くけど、今度は何やったの?」

「明日から木の葉に行く任務があったんだけど、その任務を受けた時オイラしか居なかったから後で旦那にも伝えておけって言われたんだけど、
うっかり忘れちまってな!うん」

「………」

一通り話を聞き終わった後、無言で立ち上がり部屋から出て行こうとする自分を引き止めようとするデイダラ。

「ちょ、名無し!待てって!その話にはまだ続きがあるんだよ!うん!!」

今この場所から出て行けば恐らくこの先に起こる面倒な事態に巻き込まれる事はないだろう。
しかし、結構本気で引き止めてくるデイダラが段々不憫に思え、仕方なくその話の続きを聞く事にした。
小さく溜息を付き、再びデイダラと向かい合う様に座る。
そんな自分の姿にまた先程の話の続きを話し出す。

「さっきの続きだけどな…。旦那に任務の事を言うのを忘れるのはよくある事だから良いんだけど、明日ってのがマズイ」

「明日?何かあるの?」

「旦那の趣味は、傀儡っていう操り人形で、その傀儡の新しいパーツや仕込みを明日揃えに街に行くって言ったんだよ」

デイダラの話を聞き、大体の事は理解出来た。
任務が無いと思って立てた予定を潰されたら、怒るだろうな…。
あの尻尾で刺されそうなデイダラが逃げ惑う姿が容易に目に浮かぶ。

「…で、私に何しろっていうの?尻尾で刺されるのはデイダラだけで十分だよ」

あんなので刺されるなんてごめんだ。
サソリは怒ったら容赦しないのは知っている。
まぁ、それはデイダラや飛段に対してだが。

「オイラはともかく名無しなら旦那も手は出さないって!だからオイラの代わりに明日の任務の事伝えて来てくれ!うん!!」

目の前で手を合わせてお願いされてしまえば断るのも何だか気の毒になってきた。
私ならサソリは手を出さないって言ってたし。

「はぁ、仕方ないなぁ…。今回だけだよ」

「よしっ!ありがとな!」

そう言いながら力いっぱい抱き締められた。
正直かなり苦しかったけど、嬉しそうなデイダラの顔を見たらまるで小さな子供みたいで可愛いなって思った。

***

今、自分が居る場所はサソリの部屋の前。
デイダラに頼まれた明日の任務内容を伝えに来た。
途中までは一緒に付いて来てたデイダラも自分の身の安全の為か、どこかへ行ってしまった。

(…何か緊張してきた)

緊張しつつも控えめにノックしサソリを待つ。
しかし、中からは何も反応がなく、出てくる気配はない。
どこかに出掛けているのだろうか。
しかし、もう夕方だ。

今、伝えなければこのまま明日の事を伝えられないかもしれない。
そうなってしまったらデイダラには申し訳ない。
一度約束したからには伝えなければ。

(とりあえず、置手紙でも置いておけば何とかなるかな)

そう考え、一度自分の部屋に戻り明日の内容を簡潔に書き、再度サソリの部屋まで戻って来た。
念の為、もう一度ノックしたがやはり留守の様だ。

(…はぁ、何で居ないのさ…。まさか、寝てるなんて事はないよね…?)

あのサソリがこんな時間に寝るなんて事はないよなと思いつつも、一応確認の為、再びノックした後、控えめにドアノブを回した。
思っていたよりも扉は簡単に開き、薄暗い部屋にうっすらと光が入る。
少しだけ開いた扉から頭だけを入れ、サソリが中に居るかどうかを確認する。

「サソリ…、居る…?」

部屋は暗く、カーテンも開いていなかった。
薄暗い部屋に段々と目も慣れて来た頃と同時に、部屋の奥に目的の人物を見付けた。

「居るなら居るって返事してくれても良かったのに…」

少し不貞腐れながらも「おじゃまします」とサソリに一言掛け部屋に入る。
このままでは暗いので電気を付けさせてもらった。

「あのね、デイダラが明日の事でサソリに言い忘れた事があったみたいで、私が代わりに伝えに来たの」

そう言いながら部屋の奥、ベッドの近くに座っているサソリに近付きながら話す。
サソリの隣に座り膝を抱えながら事のあらすじを話し始める。

「…で、明日サソリが街に行く予定を立ててたから、任務の事伝えられなかったみたいだよ。すごい顔で頼んで来たもん」

あの時のデイダラの顔は本当に必死な顔で、思い出したら笑えて来た。
それはそうと…、さっきから一言も話さないサソリ。
いつものサソリなら、デイダラに対して文句の一つや二つ言う筈だ。
それが何も無いのは明らかにおかしい。

「…どうかしたの?もしかして、調子悪いとか?」

心配に思い隣に座っているサソリの身体に手を添えた途端、目の前に見える扉がゆっくりと開いた。

「…おい、こんな所で何してやがる?」

目の前には見知らぬ男。
この人も暁の一員なのだろうか?

「えっ、あ…、ご、ごめんなさい」

とりあえず、謝ってしまった。
この男がこの部屋に来たという事はサソリに用事があったのだろう。
明日の任務についてはちゃんと伝えたし自分の用事はこれで済んだ。

「じゃあ、そろそろ私は戻るね。明日の任務よろしくね」

そうサソリに一言告げ、立ち上がり扉から出ようとした。
出ようとした筈なのに。

「わぁっ!えっ、な、何!?何で…!?

身体は自分の意思とは勝手にどんどん部屋の奥へと進んで行く。
行き着いた先はベッド。
しかも、ご丁寧に横にまでなっている。

この世界に来た時、森で金縛りにあった事を思い出した。
今の状況はまさにその状態だ。
でも、あの時は自分の意思とは関係無しに身体が動く事はなかったが。

「サ、サソリ…助けて、身体が動かない…」

ベッドのすぐ前に座っているサソリに助けを求めるも、相変わらず無反応。
サソリが助けてくれないのなら、あの男に助けを求めるしかあるまい。
初対面の人に助けを求めるなんて恥ずかしいが、この際仕方ない。

「…あの、どなたか知りませんが、助けて下さい。身体動かないんです」

ゆっくりとこちらへ歩いてくる男。
ベッドの近くまで来てくれたは良いが、一向に助けてくれそうにない。

「あの…、すみません。助けて下さ『さっき任務がどーとか言ってたな。どういう事だ?』

助けを求めた言葉を遮られ、話が一気に逸れる。

「さっき、お前が言ってた明日の任務の話だよ。どーいう事だ?明日は非番のはずだぜ?」

この人は何を言っているのだろうか。
私はサソリに伝えに来たはずだ。
この人にじゃない。
しかも、ここはサソリの部屋だ。
ちゃんと確認もした。

「…?」

「まだ気付かねーのか?」

そう言った言葉に未だに訳が分からないといった顔をしている名無し。
こちらの姿が本体だという事を#名無し#が知らない事を思い出し、笑いが込み上げて来る。
横になっている名無しの近くに腰を下ろし、そのまま上から見下ろす。

「………」

お互い無言のまま数分が過ぎた。

自分はこんな人知らないが、どうやらこの人は自分を知っているらしい。
ここはサソリの部屋。
そして、さっき明日の任務の事を聞いて来た。

(…サソリ?)

あのサソリとは姿形は別人だけど、なんとなくそう思った。

***

目の前の男は未だ動けない自分の髪を撫でたり梳かしたりしながら弄んでいる。
正直、かなり恥ずかしい。
自分の見知った人ならまだしも、見知らぬ人にこんな事をされるのは初めてだ。

(うぅ…、なんなの…)

髪の毛に飽きたのか今度は頬を撫でてきた。
ひんやりと冷たいその手が熱くなってしまうのではないかと思う程、顔に熱が集まっているのを感じる。

「…何やってるんですか…?」

「あ?それより、明日の任務について詳しく聞かせろ」

そう言う男に、一瞬言うべきかと迷ったが、何かしらサソリと関わりのあるこの男ならもしかしたら代わりに伝えてくれるかもと思い話し始めた。

「…えっと、簡単に言うと、明日木の葉に偵察に行く任務が入ってたらしいけど、デイダラがサソリに言うのを忘れててそれで私が代わりに伝えに…」

ここまで言えば、大体の予想が付いたのだろう。
チッっと舌打ちが聞こえてきた。

「あのクソガキ!またかよ!!あれ程忘れんじゃねーぞって言っておいたのに、また忘れやがって…!」

いつもの聞きなれた口調に、ふと既視感を覚える。

「…サソリ…?」

今度はつい、口に出してしまった。
サソリの名前を呼べば、その男と目が合い「何だ?」と言われる。
この男は自分の知っているサソリなのだろうか。
見た目は違うけれど、性格も口調も全てがサソリそのもの。

「えっ、サソリ?え、でも、そこにサソリ…」

名無しが言うサソリはベッドの近くに座っている「サソリ」を指しているのだろう。
混乱しているのか、ヒルコと自分を見る視線が揺れる。

***

「サソリの中にサソリが入ってたって事…?」

要するに、今自分の目の前に居るサソリがあのサソリの中に入って操っていた。
そしてあのサソリは「ヒルコ」という名前らしい。

「やっと理解出来たみたいだな。ククッ、いつまで経っても気付かねーから面白かったぜ」

そう言いながら今度は動かない名無しの身体の上に覆い被さる様、顔の横両方に手を置き、上から見下ろす。

「何て顔してやがる」

恐らく自分の顔は真っ赤だろう。
男の人にこんな風に扱われるなんて初めてだから尚更恥ずかしい。

逃げようにも身体は動かないし、目を逸らそうにも逸らすなと言われる。
サソリは一体何がしたいのか。
そんな事を考えていたら、急に身体が起き上がり今度はサソリと同じ目線の高さになった。
上から見下ろされるのも恥ずかしいが、こうやって真正面からじっと見られるのも結構恥ずかしい。

そんな事を考えていたら、すっと頬に手が伸びる。
その手は休む事無く頬から顎へ移動して行き、そのまま親指で軽く唇を撫でられた。

「あの、サソリ…、止めて…」

「………」

こいつは良い傀儡になりそうだ。
この容姿に能力。
いつか来る未来に期待し、今はしばらくの我慢。

***

それから少ししてサソリが立ち上がったと同時に身体が自由に動く様になった。
不思議な感覚だった。
自分の意思とは関係なしに身体が動くなんて。
とにかく何とか助かった。

サソリに明日の事を伝え終わった後、猛ダッシュで自分の部屋へと向かった。
部屋に入るなり、扉にもたれ掛かったままその場にゆっくりと座り込む。

顔は絶対に真っ赤だ。
こんなにも顔が熱かったら鏡を見なくても分かる。
飛段のスキンシップとはまた違った感じ。

何と言うか…、色気?
いやいや、年いくつだよ。
でも、デイダラには旦那って呼ばれてるし…。
あぁ見えて、若作りなのだろうか。

「あれ絶対私で遊んでたよね…。でも、綺麗な髪だったな…」

あの時、恥ずかしさの中にも少しだけ落ち着いている自分が居た。
きっと目の前に「赤」があったからかなって思う。
背中から伝わる扉の冷たさが心地良い。
心臓の鼓動も大分落ち着いて来たし、顔の熱さも少しは納まってきた。

「おーい名無し、居るかい?」

扉のすぐ向こうからデイダラの声が聞こえた。
まだ立ち上がりたくなかったから、扉を開け座ったまま返事をした。

「…何でそんなトコに座ってんだ?」

「いや…、これには色々と事情があってね…」

座ったまま少しどもりながら話す名無しを不審に思いながらも、明日の事を伝えてくれたかどうかを確認した。

「ちゃんと伝えたよ。もちろん怒ってたけどね…。まぁ、その事はいいんだけど、デイダラってサソリの事旦那って呼んでるけど、旦那って呼ぶぐらいの年なの?」

「やっぱ怒ってたか…。ま、いいや!あぁ、旦那って確かもう三十過ぎてる筈だぞ」

「…え」

相当まぬけな顔をしていたのだろう。
デイダラに変な顔してるぞと言われたが、今はそれどころじゃなかった。
そんな名無しの様子に気付いたのか、デイダラに何かあったのかと聞かれた。

「何かあったのか?」
不覚にもその一言でさっきの事を思い出してしまった。
思い出しただけでまた少し顔が熱くなる。
何となくこんな真っ赤な顔を見られるのが嫌で何も答えずに俯きながら熱が冷めるのを待った。

(うーん…。何かあったのか?もしかして、サソリの旦那に酷い事されたとか?)

未だ座り込んだまま顔を俯かせている名無しを見ていると段々そう思えて仕方なかった。
何か話でも聞ければと思い名無しの目の前に腰を下ろし目線を合わせる。

ただ、少しぐらい慰めようと思った。
だけど、目線を合わせた名無しの顔はすごく真っ赤で、一瞬で「あぁ、これは違うな」って思った。
自分自身もどうしたら良いのか分からず、とりあえず何があったのかだけでも聞いてみようと話を続ける。

「別に何かあった訳じゃないけど…。ただ、ちょっとビックリした事があっただけで…」

「ふーん…。じゃあ何でそんなに真っ赤なんだ?」

そうオイラが言えば少し驚いた様にパッと右手を自分の頬へ持っていく名無し。

(…旦那、絶対名無しに何かしたな、うん)

これ以上聞いたって名無しは口を割らないだろう。
変なところで頑固な奴だし。
ま、明日からどーせ旦那と任務だし、その時にでも本人から聞けば良いか、うん。
名無しが何も話さないのであれば、直接本人に聞けば良いだけの話。

「オイラそろそろ部屋に戻るよ。そんなトコにいつまでも座ってたら風邪引くぞ。ちゃんとベッドに行けよ」

名無しにそう一言告げ、そのまま静かに部屋を出た。

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