[13. チャクラコントロール]

最近はサソリとデイダラとの修行の他に角都と飛段とも一緒に修行をしている。
二人とは回避能力の向上とは別にチャクラコントロールを中心に修行をしていた。
しかし、二人と言ってもほとんど角都とマンツーマンだが。

身体の中にある不思議な感覚。
これが「チャクラ」というものらしい。
こちらの世界に来て修行を初めてから、身体の中から不思議と感じる力はきっとこの事なのだろう。
その力を感じる度に自分がこの世界で存在していた事を実感する。

「まず、チャクラを足の裏に集めるようイメージしてみろ。足の裏に意識を集中させれば良い」

角都に言われた通り足の裏に意識を集中させる。
言葉でははっきりと言い表せないが身体の中を何かが駆け巡るような感覚がする。

「…分かんないけど、なんとなく、出来てる気がする」

「よし。そのまま、俺に付いて来い」

言われた通り意識を集中させたまま角都の後を追う。
歩く事数分、着いたのは小さな湖だった。
鳥たちが自由に飛び交い木々の隙間から入る光が水面をキラキラと輝かせていた。
そんな何の変哲もないただの湖だ。

「今から俺がやる事を良く見ていろ」

そう言うと角都はそのまま湖に足を進めて行った。

「…嘘」

口から自然と零れた言葉。
今、目の前に立っている角都は自分には信じ難い場所に立っていた。

湖の上。
この世界に来てからというもの、今までの常識がことごとく覆えされる。
分かってはいるつもりだが、実際それを目の当たりにすると一瞬頭が付いて行かなくなる。

「…チャクラを足に溜め、水中に常に一定量ずつ放出しながら身体を浮かせる程度に釣り合わせる。これはチャクラコントロールと持久力を鍛える修行だ」

とりあえずやってみろ、と。

***

「………」

これで一体何度目だろうか。
名無しに水面歩行の修行をとりあえずやらせてみた。
最初から簡単に出来るなんて更々思っていない。
今までの修行ではチャクラコントロールの基本的な事しか教えていないのだから。

ただ、この娘がこれからどう「成長」していくのかそれが気になった。
苗字一族の血を引く娘。
かつて戦った男、千手柱間の血を引くとされる一族。

(そろそろ根を上げる頃か…)

案の定、それからしばらくして湖から這い上がり重い足取りでこちらへやって来た。

「角都…、何かコツとかって無いの…?さっきから落ちる事しかしてないんだけど…」

目の前には既にずぶ濡れ状態の名無し。
修行自体は出来てはいないものの、疲弊した様子から見てチャクラはそれなりに消費しているようだ。
白虎を口寄せ出来る程の力を内に秘めている名無しには恐らくまだそれなりにチャクラは残っている筈。

チャクラ量は心配ない。
今の名無しに足りないもの、それは―

「お前には集中力が足りない。まずは落ち着いて足の裏に意識を高めつつチャクラの流れを感じ、それを一定量ずつ外に出す様にイメージしてみろ」

この修行にとって重要な事はチャクラを上手くコントロールする為に必要な集中力が成功の鍵になる。
しかし、元々これはある程度チャクラコントロールの修行の段階を踏んだ上で行われる修行であり、まだ名無しにはかなり難易度が高いものだ。
だが、自分はそんなに甘くはない。
出来ないのであれば、出来るまで身体に叩き込めば良いだけの話だ。

少なからず自分は不思議とこの娘に期待しているのかもしれない。
その期待は、一族になのか、それともこの娘自身になのか…。
それは自分にすらはっきりとは分からない。

***

物心ついた頃からおばあちゃんに剣道を習っていた。
段は持ってはいなかったものの、素人目から見てもすごい腕前だった記憶がある。
勝った事は一度も無かったが、手合わせした後によく自分には集中力が足りないと言われた事があった。

相手の出方を見極める為に必要な集中力。
それが足りないと。
その時だったか、おばあちゃんなりの集中力の高め方を教えてもらった。
集中力というか、心の落ち着け方。
心の落ち着きがあってこそ真価を発揮すると。

疑う訳ではないが最初は信じられなかった。
『赤』を心に思い浮かべる。
それがおばあちゃんに教えてもらった心の落ち着け方。
騙されたと思ってやってみなさいと言われ、半信半疑のまま頭に様々な「赤」を思い浮かべた。

(あの時も今みたいに集中力が足りないって言われたんだっけ。だったら…)

ゆっくりと瞳を閉じ、あの頃と同じ様に頭の中で「赤」を思い浮かべる。
不思議で仕方がなかった。
『赤』が心を落ち着かせる色だなんて想像した事など無かった。
どちらかと言えばその逆のイメージがあった。
この時は、人間の感覚って思っている以上に違うんだな、と思った記憶がある。

先程までとは違い、身体がチャクラを隅々まで感じ取っている様な感覚がする。
足の裏に意識を移せば、ちゃんとそこにもチャクラが通っている事がはっきりと分かる。

(…足の裏に意識を高めつつ、チャクラの流れを感じそれを少しずつ放出する様な感覚…)

いけるかも。
そう感じ、恐る恐る水面に一歩足を踏み出した。

***

非常に不安定な状態。
足元では微かに水面が震え、今にも落ちてしまうのではと思う程。
生まれて初めて、と言うよりも非科学的な事態に少なからず興奮と夢ではないかという気持ちが混ざり合う。

「か、か、角都っ…!見てる?ちゃんと見てる!?」

なるべく今の状態から、身体を動かさない様に頭だけを背後に居る角都の方へと向ける。
傍からみれば少し滑稽に見える光景かもしれない。
だが、そんな事は今の自分には関係ない。

(…流石、と言うべきか。よくこの短時間でここまでコントロール出来たものだ)

一度コツさえ掴んでしまえば後は自然と使い方に身体が慣れて来るだろう。
ずっと黙ったままこちらを見つめる角都を不思議に思っていたら、こちらへ歩いて来る見知った人物の姿が見えた。

「オイコラ角都っ!どっか行くなら一言ぐらい声掛けろっつーの!」

今日の修行は角都と飛段が見てくれる筈だったが、始まってすぐ昼寝を始めた飛段を放っておいて二人で修行をしていた。
そして、そのまま何も言わずに湖に移動した事に不貞腐れ怒っているのだろう。
恐らく自分と同じぐらいか、年上であろう飛段の姿に溜息が漏れる。
普段の言動からしても全くそう見えないのが何とも虚しい。

「黙れ。何もせず寝ていたのはお前だろう」

誰が見てもどちらが悪いのかは明らかだが、それでも角都に食って掛かる飛段。
そんな二人の様子をそのまま見ていたらふと、飛段と目が合った。

「おっ、名無し!お前なんつー格好してんだよ!自分の身が大事ならさっさと着替えた方が身の為だぜ?ゲハハハ!」

相変わらず変わった笑い方だが、今は飛段に構っている暇はない。
やっと落ちずに、どうにかこの状態を保っていられる様になったのだ。
このまま今の状態を身体に少しでも慣れさせなければいけない。

(もっと集中しなきゃ…)

そして再び瞳を閉じる。

***

次に瞳を開けた時は湖の中に落ちた状態だった。
勿論、犯人は分かっている。

「ちょっと飛段っ!せっかく出来たのにまた落ちちゃったでしょ!?」

自分と同様、湖の中に腰まで沈めている飛段は自分の言葉など全く気にする様子すらなかった。
しかも、そんな事はお構いなしに目の前に居る自分の顎と腰に手を添え、今にも唇が重なりそうなぐらいの距離にまで迫っていた。
一瞬の出来事に対しまるで脳が停止したように身体が動かなくなった。
どうして飛段の顔がこんなにも近いのか。
そんな訳が分からない状態で唯一動いたのは、無意識にきつく閉じた瞳だけだった。

それから少しして何かが勢い良く水面に叩き付けられる様な音が聞こえた。

「…飛段、何をやっている。殺されたいのか?」

ぷはっ!と水中から顔を出した飛段に対し、蹴り飛ばしたのであろう角都が足を上げながらそう問う。

「いっってぇー!角都!良いとこで邪魔すんじゃねーよ!!それにちょっとは手加減しろっつーの」

危うく飛段の毒牙に掛かるとこだった。
そんな事を考えていたら頭上に何かを掛けられた。
どうやら角都のコートらしい。
コートを渡してそのまま歩き出す様子を見れば、着ていろという事なのだろう。
口数は少ないが、面倒見も良く優しい一面もある角都。
サソリとはまた違った、大人特有の落ち着いた雰囲気を持つ角都。

とりあえず水中から出て来た飛段を一発殴り、そのまま角都の後を追いアジトへと戻った。

***

身体の冷たさを温めるよう、ゆっくりと湯船に浸かる。
今日の修行もまた自分にとって感じた事のない新しいものだった。
水面を歩くなんて元の世界では考えられなかった事。
正直な所、本当は最初から全て夢ではないのかとさえ疑ってしまう程だ。

全部、夢。
何度もそう思いかけたが、身体に感じる全ての感覚がそれを否定している。

ここでの生活は楽しいと思う。
ここに来てまだ日は浅いが、不自由もさほどなく、それなりに良くしてもらっている。
それが例え「苗字一族の名無し」に対してだとしても、今まで感じた事のなかった共同生活の中での繋がり。
幼い頃からおばあちゃんに育てられ、周りに親兄弟もおらずずっと一人だった。
そんな自分にとっては初めての感覚だった。

(…家族ってこんな感じなのかな…)

嬉しい様な切ない様な何とも言えない感情が心の中を取り巻く。
そんな事をぼんやりと考えていたら、扉の外から響く音と、聞き慣れた声が小さく聞こえた。

「名無しさん、今よろしいですか?」

暁でこんなにも丁寧な言葉を使うのは一人しか居ない。
浴室から扉越しに居る鬼鮫に少し待ってて、と声を掛け、なるべく待たせない様に急いで準備する。

「湯浴み中でしたか。それは悪い事をしましたね」

自分の姿を見て少し申し訳無さそうにそう言う鬼鮫に対しやっぱり鬼鮫も大人だな、と感じる。
自分に用事があったのだろう。
立ち話も湯冷めしそうなので、中で話す事にした。

部屋に入るなり鬼鮫から手渡されたのは、そこそこ大きさのある紙袋だった。
不思議そうにしていたら、開けてみてはと言われたので、その言葉に甘え袋を開いた。

「鬼鮫っ!これどうしたの?」

「ここ最近、皆さんと修行を頑張っている貴女へ私からのささやかなご褒美ですよ。ここに居ては、何かと不便も多いでしょう。
とりあえず生活が出来る様、一式揃えておきました」

袋の中身は、鬼鮫の言う生活用品一式と忍服とはまた違う普段着、化粧品、その他諸々まで揃っていた。
ここで生活して行く上で、必要な物は見る限り十分揃っているように感じる。

「ありがとう!これだけ揃っていたら本当に助かるよ。…ん?この袋は?」

そこには、まるで衣服の下に隠される様、更に少し小さな袋があった。
はっ!とした様な鬼鮫の顔に気付く間もなく、そのままその袋を開ける。

「…鬼鮫、これって…」

中には明らかに女性用の下着が入っていた。

「あ、名無しさん違います!誤解しないで下さい!それは私じゃありませんよ!」

思いのほか焦っている鬼鮫が少し可愛く見えた。
ふふっ、と自分の小さな笑い声が聞こえたのだろう。
鬼鮫も落ち着きを取り戻した様だが、未だに少し困ったような顔をしていた。
それよりも少し気になる事が一つ。
鬼鮫の言った「それは私じゃありませんよ」という言葉。
鬼鮫の他にも誰かが?
とりあえず、思った疑問をそのまま鬼鮫に言ってみたら、また少し動揺し始めた。

内緒ですよと鬼鮫に教えてもらった事。
どうやらこの下着はどうしても下着だけ買えなかった鬼鮫に代わりにイタチが買って来てくれた物らしい。

「ああ見えて、結構優しい面もあるのですが、それを人に知られるのが嫌な様でしてね。それで全て私からという事で貴女に渡したのですよ」

少し意外だった。
イタチには気絶するぐらい腹部を殴られた多少の恨みはあったものの、それ以外はまだ修行も受けた事がなく、あまり接点が無かったから。
だから余計にイタチの自分を気に掛けてくれているその心遣いが嬉しかった。

「ふふっ、イタチだったら普通に買いに行きそうだね。本当はお礼言いたいけど、言ったら鬼鮫が大変な事になりそうだから止めておくね」

ははは、と笑う自分に対し笑い事じゃありませんよ…、と溜息混じりに言う鬼鮫。
そんな鬼鮫の様子がおかしく、また笑ってしまった。
今日も相変わらず大変な一日だったけれど、たまにはこんな嬉しい日も良いなと思わせてくれる様な一日だった。

***

その日の夜、さっそく鬼鮫から貰った品々を整理しついでに下着も一応サイズが合うかどうか確認の為に付けてみた。

「…何で合うかなぁ…」

自分でも驚く程に丁度良いサイズに、イタチって何者なのだろうという小さな疑問が生まれた。
しかもサイズもさる事ながらデザインも自分の好きそうな物ばかりだった。

イタチ。
デイダラや飛段とそう年も変わらないだろうが、あの二人とは対照的な雰囲気を持つ男。
一見冷たそうに見えるが、今日鬼鮫が教えてくれた様に、表には出さないが優しい一面もある。
自分をこの世界に引きずり込んだ最初の人物。
そして、本当の自分を知るきっかけを作った人物。

(いつか、自分がこの世界でどの様に決断したとしてもイタチにはお礼言わなきゃね…)

今の自分はまだ何も知らない。
この世界がどんな所なのかどんな人達が居るのか。
どんな風に自分の両親やおばあちゃんがここで暮らしていたのか。

この世界が本当に自分の生まれた場所なのかさえ信じられなかった。
でも、最後に全てを決めるのは自分自身。
それまでは後悔のないように生きなきゃいけない。
いつの日か来る決断の時までその思いを胸に秘め、ゆっくりと眠りに付く。

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