[捕まったら最後、]

*長編/From here to there with youヒロイン

「…いない、よね…?」

目的地である共同のリビングへ気配を極力消し、慎重に周りを確認しながら入る。
手早く食事を作り、静かなリビングで黙々と食べる。
この数日間ずっとこのような生活を送っている。

角都がサソリ達が湯の国での長期任務から帰ってくる予定だと言っていたのが三日前。
湯の国からこのアジトまで普通に帰って来れば彼等でさえ数日は掛かるであろう距離だが、サソリの相方は機動力のあるデイダラだ。
今回もあの大きな鳥に乗って帰って来るのだろう。

そう。
いつアジトに帰って来てもおかしくはないのだ。

(…いつまでも逃げる訳にも行かないし、普通にしたいのにな…)

あの日以来、どう顔を合わせて良いのかが分からず、それはもう思いっきり避けていた。
声を掛けられれば逃げ、気配を察知したら逃げの繰り返し。
サソリもサソリで、どうして自分がこんな行動を取っているのかを確実に分かっているかこそ、余計に恥ずかしい。
捕まえようと思えば簡単に出来る筈なのに、敢えて何もせず自分の反応を見て楽しんでいるであたり、遊ばれているのだろう。

あの時、自分は上手くサソリに言いくるめられた様な形で初体験をしてしまった。
自分達の関係は勿論、恋人同士などという甘いものではない。

だけど、自分はサソリが好きだ。
そうはっきりと自覚したのは、抱かれる前に二人で話をしていた時。
傀儡に向けるその視線を関心を自分にも向けて欲しい、そう思ってしまった。
自分が傀儡に嫉妬していた事も、そんな自分の機嫌を治そうと部屋まで来てくれた事も全部、今でもはっきりと覚えている。
自分にとってあの日はとても特別な日だった。
たけど、サソリにとっては勝手に傀儡に嫉妬していた自分を抱いたのも気まぐれだったのだろう。
サソリらしと言えばサソリらしい。

初めては好きな人とするものだとそう思っていた。
実際、自分は好きな人に抱かれた。
ただ、相手が自分をそう思っていたかは別として。

サソリが自分を好きになる事はない。
最初から叶わないと分かっている相手だったのに好きになる自分も愚かだ。
恋愛初心者の自分にはそう簡単に今の気持ちを切り替える事など出来るはずもなく、ただ溜息ばかりが漏れる。

(…どうしたらいいのかなぁ…)

ぼんやりと食事を摂りながらそんな事を考えていたら、女性特有の足音がリビングに近づいて来る音が聞こえた。

***

「お客さんこの店は初めて?ふふっ、こんな素敵な人が来てくれるなんて嬉しいわ」

そう言いながら膝に乗っかり頬に触れて来る女。
露出の高い服、甘ったるい話し方、色街特有の匂い。

あの日、名無しを抱いて以来、こうして時間があれば女を抱いている。
欲求不満とはかけ離れた生活のせいか、身体を重ねるこの行為に意味を感じる事は無く、ただ何となく。
興奮する事もなく、よがる女を見るだけ。
今は生身の身体で感覚もあるが、まるで傀儡の身体の様な感覚。

(…違うな。芸術性の欠片もねぇ)

一体何が違うのか。
冷静な頭でそう考えるが、すぐにくだらないと判断し、その思考を捨てる。
金を置き、さっさと外へと出れば視線の先、稲光がひとつ遠くに落ちた。

***

「はーーー、やっと着いた。やっぱ雨の中は飛ぶもんじゃねーな、うん」

「おら、グダグダ言ってねーでさっさと行くぞ」

そう言いながら雨で滴る外套と傘を脱ぎながらアジトへと入る。
結界を通り抜けた先には、自分達とは逆に今から出掛けるであろう小南が傘をさしてこちらに向かって歩いて来ていた。

「こんな雨の中どっかに出掛けんのか?」

「ええ、これから名無しを迎えに行くのよ」

久しぶりに聞いたその名前にデイダラと小南の会話に少しばかり意識が向く。

あの日以降、事ある毎に自分に過剰なまでに反応し、徹底的に避けていた名無しはそれこそ、見ていて面白ぐらいに動揺していた。
いま思い出してもくつくつと笑いが込み上げてくる程に。
明日から暇つぶしがてら、またからかって遊んでやるかなどと考えていたら、ふと意外な言葉が耳に入って来た。

「はぁああああー!?どーいう事だ!何で名無しが男の相手しに行ってんだよ!うん!!」

「どうもこうも、その言葉のままよ。上客からの依頼は断れないわ。それにあの子もこの件については了承済みよ」

デイダラが喚くのはいつもの事だが、それよりも小南の意外な言葉につい声が漏れる。

「…へぇ。あいつにそんな役が務まるとは思えねーけどな」

「あら、それはどうかしら?とびきり美人で可愛い子を、と頼まれたのよ。適任でしょう?」

どこか得意気に話す小南に鼻を鳴らし、そのままアジトの中へと入る。
薄暗い廊下を進んだ先にある自室へと向かう途中でもまだ外で喚いているデイダラの声が聞こえる。
その声を無視し、歩を進める。

(このひと月の間に随分と変わったようじゃねーか)

自分達が任務へと向かう前に見た名無しの顔を思い出す。
あの日、寝起きの名無しを抱いた後に何やかんやと理由を付け部屋から追い出された時の茹蛸のような顔をしていた名無し。
それ以来名無しの顔をまともに見た記憶はないが、自分が覚えている限りではああいう類の事に関しての耐性は無かったはずだ。

そんな女がいつの間に他の男を相手に出来るようになったのか。
今頃、小南の言っていた上客とやらに足を開いているのか。
そんな事を考えながら歩いていたら、名無しの部屋の前を通り過ぎる所まで来ていた。
足を止め、じっと部屋の扉を見つめる。

「…気にくわねぇな。この俺を差し置いて他の奴のとこに行くとはいい度胸じゃねーか」

あの日、名無しに快楽を教えてやったのは自分だ。
逃げられないように己で縛ったつもりだったが、どうやら詰めが甘かったようだ。
まさか、まんまと逃げられるとは。

無意識の内に漏れる舌打ち。
未だ主のいない部屋の扉を睨み、頭の片隅に芽生えた僅かな苛つきを覚えたまま自室へと向かう。

***

初めての任務を終え、迎えに来てくれた小南さんと何故か一緒に居たデイダラとアジトへと戻る。
今回の任務は小南さんから頼まれたもので自分にとっては初任務だった。
だが、任務と言っても戦うわけではなく、とある男性の「娘」になるというもの。
依頼主は優しそうな笑顔が印象的な人だった。

その人によると、今日が彼の娘の命日らしく、もし生きていたら二十歳になるはずだったと教えてくれた。
だからこそ、この特別な日に娘と年齢の近い自分に今日一日だけ「娘」として共に過ごして欲しいという依頼だった。

「ったく…わざとあんな言い方しただろ…うん」

「あら。私は一言も間違った事なんて言っていないわ。名無しには依頼主の「話し相手」になって貰っていたのよ。一人で勘違いしていたあなたが悪いわ」

自分を迎えに来てくれた小南さんとデイダラ。
二人の会話をぼんやりと聞きながらも考えるのはアジトに居るであろうサソリの事。
会うのはひと月ぶり。
まだ恥ずかしさはあるが、やはり好きな人が帰って来てくれるのは素直に嬉しい。
そして、どうせまた明日からも暇つぶしにからかわれて遊ばれるであろう自分の姿が目に浮かぶ。

(…もうひと月も経ってるんだし、明日こそは普通にしなきゃ)

少し緊張するが、やるしかない。
この際、サソリに対する気持ちを整理する事は後回しだ。
今は、来る明日に向けて気持ちを落ち着ける事に集中しよう。
そう結論付け、今は久しぶりに感じる雨上がりの夜の風を満喫する。

***

『名無し、元気がないわね…。どうかしたの?』

先程まで自分が考えていた事が思いっきり顔に出ていたのか、自分の顔を見るなりそう心配そうに話しかけて来た小南さん。
小南さんは暁で自分が色々と相談出来る唯一の女性で、自分にとっては頼りになるお姉さんの様な存在だ。
だが、さすがにこういう事を相談するのは恥ずかしさもあり、口籠ってしまう。
とは言っても、いつまでも一人で悶々と考えていても答えが出るはずも無く、意を決し恥ずかしさを堪えながら悩みを打ち明ける。

『…角都がもうすぐ帰って来るって言うから、気が気じゃ無いというか…。気持ちを切り替えるべきだとは分かっているんですけど、上手くいかなくって』

思いもしなかった話の内容には驚いたが、切な気な表情を浮かべてそう話す名無しは恋をしている女の子そのもの。
口には出さないが、内心微笑ましく思う。

だが、名無しが想いを寄せる相手はあのサソリだ。
もしデイダラやイタチだったらまた違っていたのかもしれないが、正直なところ彼が愛だ恋だという姿は想像出来ない。
だからこそ名無しも諦める事を前提に自分に相談したのだろう。

とは言っても気になる事もある。
あのサソリがわざわざ生身の身体に入ってまで手を出したのだ。
擦れた性格をしているようで優しかったり意外と面倒見がいいのは知っているが、基本的に無駄な事を嫌う彼だからこそ驚いた。

名無しが言うように気まぐれで手を出したのだろうが、彼にその「気まぐれ」を起こさせたのは紛れもなく名無しだ。

(この子を気に入っている事は確かなのよね。…サソリにも独占欲ってあるのかしら?)

そんな事を考えていたら、ふと個人的に受けた依頼を思い出す。
依頼内容は亡くなった娘の代わりに一日その人の娘として過ごして欲しいと言う内容。
犯罪組織に似合わぬ依頼だとは分かってはいるが、昔馴染みの頼みでもある。
本当は部下に頼むつもりだったが、この依頼を名無し頼んでみるのも良いかもしれない。
それに、もしかしたら意外なものが見られる可能性も否定出来ない。

(さぁ、どうなるかしら…)

その顔が笑顔になってくれる様、そして彼女の恋が少しでも良い方に向かう事を願い、未だ浮かない顔をしている名無しの頭を撫でる。

←prev next→
Topへ Mainへ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -