小説 | ナノ


「うっうっ、う、ヨナも16かっ…!立派になったなぁ…」


イル陛下は涙を流して喜ばれていた。
そして、私もイル陛下とヨナ姫様の御前に膝を着き、首を垂れる。



「おめでとうございます、姫様」


「やめてよそんな仰々しく…でもありがとう、ユンシェ」


そこへ、スウォン様がやって来た。
パタパタと大急ぎで粉を叩き、姫様は一瞬にして恋する乙女の顔だ。
イル陛下は姫様の誕生日だからせめてとお席を外した。

スウォン様から素敵な簪を受け取り、御髪を褒めてもらい、姫様は本当に幸せそうだ。




「陛下が探してましたよ、姫様」



そこへハクが割り込んできた。
まぁ邪魔したくなる気持ちも、君の気持ちを知っていれば分からなくもないけど、嘘下手くそだな…陛下さっきまでここに居たぞ。
しかし、信じた姫様はそのままこの場を去り、ハクが此方を向いた瞬間、スウォン様が喋り出す。



「ユンシェも大分髪伸びましたよね」


「毎日見てるのになに言ってんですか」



ピンッと髪を結んでいた髪紐が解かれ、橙色の髪がふわりと宙を舞う。
ハクがピクリと眉を寄せたのに、私は気付かず、確かにだいぶ伸びたと思う髪をスウォン様がふわりと掴み、顔を寄せた。



「ほら、ハク。見てくださいふわふわ!」



「人の髪で遊ぶのやめてくださいスウォン様」


「そんな女子力ない女の髪より、姫さんのがよっぽどいいお髪なんじゃないっすかね、スウォン様。」


「あん?にゃにおう…!?」


フン、とそっぽを向いていってしまったハクを見て、プププと笑うスウォン様。
そんな事がありつつも、日も暮れ、無事に姫様の誕生日は終わったかのように思えた。








「はー、なんとか無事生誕祭終わったな」


「はいそこー、気を抜かなーい」


「わ!?イ・ユンシェ次期将軍!?」


「はい、ハク、お疲れさん」



「お、サンキュー」


既に終わったと気を抜く兵達を叱りつけ、ハクへに酒の差し入れを渡す。
それを見ていたミンスが口を挟む。



「お二人ともヨナ姫様とスウォン様についていなくてよろしいんですか?」



「あ〜、野暮野暮」


「まぁハクには可哀想だけど、スウォン様も弱いわけじゃないし」


「おい、そりゃどういう」


「えっ!じゃあ漸く姫様の想いが!?」


「いやそれはまただけど」


ハクが言い返そうとした所にミンスの質問が挟まる。
ね?とハクを見返せば、顔を歪めながらも、まぁ時間の問題なんじゃねえか。と答えた。
よし、姫様とスウォン様がくっ付いたら、地の部族からハクに合いそうな美人連れてこよう。



「あ、しまった。明日のスウォン様の分の着物届けてくるの忘れた。」


「はぁ?早くしろよ全部飲んじまうぞ」



全部飲んだらぶっとばーす!と言い残してスウォン様の部屋へと急いだ。



「あれ?」


しかし、部屋を開けてみればもぬけの殻。
そこでそういえば変な気配を感じたと姫様に言われた事を思い出す。



「……まさかね、」


賊か?と考えながらもしもの事を考え鉄扇を懐に入れ、ヨナ姫様の部屋に急いだ。



「姫様!!…いない…!」


姫様の部屋ももぬけの殻。
いよいよこれはまずいと思い、イル陛下の元へと走り出した。



そして、



ガキンッ!!!



「な、にを…なさっているんですか…



スウォン様…!!」








スウォン様が姫様へと振りかざした剣を、鉄扇から組み替えた棍棒で受け止めた。
後ろを見れば血の気のないイル陛下を抱える姫様の姿。



「ユンシェ…まさか貴女まで来てしまうとは…」


「ユンシェ…!!父上が、父上がぁ…!」


「姫様!!イル陛下はもう…!貴女様だけでもお逃げください!!外に出ればハクがおります!!」


その言葉を聞くと一瞬戸惑ったが、外へと走り出した姫様。
その場を退けと言わんばかりに、もう一度剣を振り下ろすスウォン様。
振り下ろされた剣の重みは、私の知っている温厚なスウォン様とはかけ離れていた。




「ユンシェ、そこを退いてください…!!」



「出来ません…!!スウォン様、何を考えておいでか!イル陛下を弑逆するなど…!!お考え直しください!」



「スウォン様こそがこの国の王となるのですよ、ユンシェ殿。」



ふらりと後ろの柱の影から姿を現したのは、スウォン様の参謀として側にいた、ケイシュク殿だった。



「け、いしゅく、どの…?!どういうことですか…まさか、皆…姫様を狙って…!?」



「…ケイシュクさん。」


「………はぁ、今頃、姫君は城の兵に殺されかかってるかもしれませんね。」



私が動揺した隙に、スウォン様がケイシュク殿の名前を何かの意味を含んだように呼ぶ。
しかしそれに気付く事もなく、ケイシュク殿から発せられた言葉の意味に、ゾッと悪感が走りスウォン様の剣を弾いて、外へと駆け出した。





「姫様っ!!どこにおられますか!!」



私を止めようとかかって来る兵達を棍棒で薙ぎ払い、姫様の元へと急ぐ。
姫様が見えた時には、兵に殺されかかっているところだった。



「っヨナァ!!!」


これ以上無いくらい、急いで走り姫様を庇うと、来るであろう痛みを覚悟した。




「オイオイオイ…これは一体…どういうことですかね、スウォン様…!!」



「は、く…ごめん、ありがとう…」


「礼は後だ、…それよりお前は信じていいんだよな?ユンシェ…」


「っ疑ってる…?」


私と姫様を庇い、兵を薙ぎ払ったハクは私にそう問う。
そりゃ私はスウォン様の専属護衛、警戒するのが普通だ。



「ユンシェは私達の仲間ではありませんよ、私の専属護衛もユホン…父上がユンシェを気に入り護衛に付けたまで。

それでも信じられぬと言うなら、この場でユンシェの首でも斬って差し上げよう。」



「っ!!!いや、もういい。充分わかった。」



「ユンシェ…?、ハク…?」



ガクガクと震えていた姫様が漸く私達の姿を捉える。



「お傍を離れてしまい申し訳ありませんでした、ヨナ姫様。」


「申し訳ありませんでした。」


「ユンシェ…はく、2人は…私の味方…?」


こんな純粋な姫様を泣かすなんて…どうして…!


「俺は、陛下からあんたを守れと言われている。だから、何があっても俺はそれに絶対服従する!!」


「…ユンシェは?」


「私はスウォン様の専属護衛です。
だから、姫様やハクは信じられないかもしれませんが、私もイル陛下やヨナ姫様に忠誠を誓っています…その忠誠にかけて、貴女様を絶対に護ります!!」



私が姫様にそう誓えば、ハクは安心したようにスウォン様に向かって走り出すが、それを止めたのはケイシュク殿だった。



「控えよ、下郎ども
これより緋龍城の主となった、スウォン陛下の御前なるぞ。」



「!?」


「…誰が、何の主だって?
どうも、嫌な予感がするんですがねスウォン様。イル陛下はどこにおられる?」



ビシビシと痛いほどの殺気を飛ばしながら、でも冷静にハクはスウォン様に問う。
思わず姫様の耳を塞ぐ。



「…私が、先ほど




地獄へ送って差し上げた」





ガッッ!!


「真実を言え!!!」


キィン!


「偽りではない」


キィン!!キィン!!

ハクとスウォンの剣が交える金属音が城内に響く。


「王を弑虐しただと…!?お前が!?
あの優しい王を…!?」



キィン!



「スウォン様、ここは私が…!!」



「下がっていなさい、近付けば首が飛びますよ。目の前にいるのは、緋龍城の要。五将軍の一人、ソン・ハクです。」


「ハク…!?」


「あいつが、高華の “雷獣” と噂される…!!」


「そうです、それから…ヨナ姫の前にいるのが、そのハクと唯一同等に渡り合える次期地の将軍、イ・ユンシェです。」


「ユンシェ…!!」

「あの女が "舞龍"!?」


スウォン様はそういうと、ハクに信じられないのならヨナ姫と私に聞いてみればいいと言い始めた。



「…なぜだ?
王位の簒奪か?…いや、お前はそんなものに執着する奴じゃないだろう?

武器を厭う、か弱き王に刃を向けたのか?お前の誇りがそれを許したのか!?」



ハクがスウォン様に問う。
嘘であってくれ、そう叫んでいるように聞こえる。



「――――――――………弱い王など、この国には、必要ない。」



「………、」




あれが本当にスウォン様なのか?
あれだけあの方のお傍にいたのに、私は何も知らないのか…
怒りよりも悔しさが勝った






「うぉおおおおおおお!!!!」


ハクはスウォン様の言葉に走り出し、
あたしは姫様の盾になりながら、棍で向かってくる兵たちを薙ぎ払う。

なぜ、こんなことになってしまったのか
どうして…




「待て!」

「そこまでだ」



やはり、人数には敵わない。
あっという間に囲まれてしまった。



「チッ…
スウォン…

俺達が見ていたスウォンは、幻だったのか?」


「……ハク」


「お前になら、姫様を、任せても良いと………思っていた…」



「…….あなた達の知っているスウォンは、最初から居なかったんです。道を阻む者があれば、切り捨てます。誰であろうとも」


チャッ、また剣を構えたスウォン様。
まずい、
このままでは3人とも捕まってしまう…!!
なにか、何か手は…!




「矢!?」「どこからだ!?」



そう考えていると、
一本の矢が空から降ってきた。


「ハク!!(今だ!!)」

「ああ!」


兵たちの気が逸れた一瞬の隙を狙い、姫様を連れてハクとその場から逃げた。
矢はミンスが打ってくれたものだった。







「ミンス、ありがとう」


「俺が囮になります。ハク将軍とユンシェ様、ヨナ姫様はその隙をついてお逃げ下さい!」


「待って!ミンス!私が、囮になる。」


「!?お前、何言って…!!」


ミンスを死なせるわけにはいかない、ハクに怒られるのも無視して言葉を続けた。



「私が囮になったほうが確実に生き残れる。ミンスは、姫様達と一緒に…!」


「いけません、ユンシェ様。
ユンシェ様は、姫様と一緒に行ってください。きっとこれからも追手が来ます、悔しいけど俺じゃ姫様を護れません、ハク将軍にも限界が来るはずです、大丈夫です!俺は、生き延びてみせますから。」


あたしの目を真っ直ぐと見据えて、そう言うミンス。



「…ミンス」


「……任せたぞ、ミンス。行くぞユンシェ」


「ミンス…っ」



あたしは、最後にミンスをギュッと抱き締めた。


「ごめん、そして…ありがとう」



それだけ告げ、あたし達はその場を離れた。



「姫様、ユンシェ様、ハク将軍。どうかご無事で」


ミンスのおかげで兵たちの気はミンスに移り、私達は城の門を潜って外へ脱出することができた。

山に入ると同時に、
ミンスの気配が消えたのを、感じた。



こうして、私達は緋龍城を追われ旅に出る事となる。








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