なんてことない日常の一幕(天葵)


「天馬ー!」
「あ、やっと来た。遅いよあお…い…」
「ごめんごめん、着付けに結構時間かかっちゃって」
「―――、」

そうはにかむ葵の姿はいつもの服装ではなく、着物だった。
色はピンクを基調としたもので、葵の青い髪の毛によく似合っていた。
あまりごてごてしていないのも葵らしい。
何より、いつもの活発な葵とは違った雰囲気に天馬はどぎまぎしていた。

「――天馬?」
「!」
「どうかしたの?急に呆けちゃって。もしかして――私のカッコ、変?」
「そんな事ない!」

さっきの表情とは違って葵の眉が悲しそうに下がったのを見て天馬は慌てて否定した。

「ちゃんと可愛いよ。ただいつもと雰囲気が違ったから――。でも、うん。似合ってるよ」
「……そっか。良かった」

葵は思わぬ天馬からの誉め言葉に頬を赤くしながらもやっと笑ってくれたので天馬もホッとした。

「でもどうしようか。俺鉄塔に登って日の出見ようかと思ってたんだけど…葵、そのカッコじゃ無理だよね」

今日は元旦。
葵が着物なのも一緒に日の出を見て、そのまま雷門サッカー部で初詣に行こうという計画を立てていたからだ。
それで天馬は少し歩くが稲妻町で一番いい景色が見れる場所、鉄塔に登って日の出を迎えようと思っていたのだが生憎鉄塔を登るには梯子を登る必要があった。
しかしそれは着物姿の葵には酷な事であった。
何より、天馬自身が葵の着物姿が着崩れるのを見たくなかった。

「――よし、河川敷に行こっか」
「え、いいの?」
「うん。河川敷でも十分日の出ちゃんと見れるし。それに鉄塔で見る日の出より、葵の着物姿の方が俺にとっては大事だよ」
「―――、」
「ん?葵、どうかした?」
「…天馬ってそれが天然なんだからすごいよね」
「?、何言ってんの」

天馬と葵は肩が触れるか触れないかぐらいの近い距離のまま河川敷へと歩みを進めた。


「空がだいぶ明るくなってきた…もうすぐだね」

河川敷に着くと二人はゆっくりと階段に腰をおろした。
勿論、葵の着物が汚れるといけないので秋が出掛ける前に持たせてくれたハンカチを葵の下にひいた。
この時ばかりはちょっと口煩い秋の忠告に心から感謝したのであった。

「葵大丈夫?寒くない?」
「平気平気。……っくしゅ!」
「平気じゃないじゃん…俺の上着着る?」
「大丈夫だって!そんな事したら天馬が風邪引いちゃうでしょ」
「うーん…あ、じゃあちょっと待ってて」

天馬はそう言うと階段を駈け足で降りて言った。
葵は不思議に思いながらも寒さを少しでも紛らわす為に、手を擦り合わせながら息を吹きかけていた。
するとピト、という風に頬に温かいものがあてられた。

「あっつ……って、天馬!」
「へへ、ほら、これ葵のぶん」
「あ、ありがと」

そう言って天馬は葵に自販機で買ってきた温かいココアを渡すと自分のをゴクリと飲んだ。
葵も少し息を吹きかけて冷ますと天馬に倣って一口飲む。
冷たい風で冷えきった体にはちょうどいい温かさだった。

「おいしい…」
「葵、ココア好きだもんな」
「天馬もでしょ。…あ、見て天馬、ほら…」

葵が天馬の裾を引っ張りながら空を指差すのにつられて天馬が空を見るとちょうど日の出が始まる頃だった。

「綺麗…」
「うん…」

寒さで顔を赤くしながら二人は昇る朝日に夢中になっていた。
思えば、この一年は色んな事がありすぎた。
雷門でサッカーする事を夢みて、やっと入部出来たと思ったら自由のサッカーは出来なくて。
自由なサッカーを取り戻したと思ったら今度はサッカーの存在自体が消されそうになって。
それでも、きっと皆がいたから、お互いの存在があったから乗り越える事が出来たのだ。
きっと、この先も沢山の困難があるだろう。
だけどお互いが傍にいる限り、どんな事があろうと乗り越えられる。
そんな気がするのだ。

「そういえば日の出に向かってお願い事言うと叶うんだっけ」
「え、そうなの?」

葵はハッとすると少し冷めたココアの缶を傍に置いて両手を合わせた。
天馬も葵の行動に少し驚きながらも葵に倣って両手を合わせた。

「…っよし」
「葵はなんてお願いしたの?」
「こーゆーのは他の人に言っちゃうと逆に叶わなくなるのよ」
「そうなの!?」
「そーなの。だから秘密」
「ちぇー」

葵の答えに天馬はつまらなさそうに唇を尖らせた。
葵はそんな子供っぽい天馬の仕草にクスクスと笑うと腰をあげた。

「葵?」
「ほら、もうすぐ時間だよ。行こ」
「――うん」

天馬は少し残念そうにしながらもちょっと笑うと立ち上がると葵の隣に立った。


――天馬にだけは、絶対教えてあげない

葵の願い事。
それは『これからもずっと天馬の事を応援出来ますように』。
それは天馬をこれからも私が支えなきゃという幼なじみならではのお節介と、もっと天馬の傍にいたいという恋する女の子の淡い恋心が込められた願い事。
だけど葵はこの想いが天馬に届く事をあまり願っていない。
何故なら今の葵にはこの距離がちょうどいいから。
葵はもう少しこのままでいる事を願っている。
しかし葵は天馬も同じような事を願っていた事は知らないのだ。

―――――――――――
なんてことない日常の一幕
title by 『ポケットに拳銃』

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