Best My position



 西に向かって飛んでいる為にゴーグルをつけ、日光をなるべく遮断する。朝焼けと夕焼けはオイラ達パイロットに取っては気をつけなければならないものであり、天敵にも近いものがある。
 操縦席の隣の席がほぼ定位置になっているアッシュを盗み見ると、頬を付き、どこか遠くを見ている様だった。視線は空を彷徨っており何か考え事をしているらしい。以前よりも考え事をしている時が多くなっていた。
 アッシュは考え事をすると目を伏せる傾向がある。睫毛による陰がさし、どこか儚さを感じさせる。
 また、アッシュの燃える様な深紅の毛は日にあたり、柔らかな色に変化していた。だからだろうか、夕日の光も相まって、まるでこの光の中に消えてしまいそうだ。見惚れてしまう程にそんな危うげな美しさを湛えていた。
そして、何かが違う様な、そんな違和感をギンジは感じていたのだが、それは気のせいではなさそうだった。
 激しい感情をぶつけていたアッシュだったが、最近は少なくなった。ルークとアッシュの確執は根強く、僅かな変化があるとはいえ其れが直ぐに覆るとは限らない。
だが、ギンジは時折ルークをうらやましく思っていた。アッシュからの真っ直ぐな、それも、憎み、恨み、辛み、そんな感情を向けられる事が羨ましいと感じるのだ。
 そんな負の感情も与えられる事が羨ましいと思うのだから当然のごとくギンジはアッシュへと好意を寄せていた。
 それなりにアッシュには、懇意とまでは行かずともある程度は親しくしてもらっているし、会話もする。
 だが、ふと思ってしまうのだ。もっと、言葉が、表情が、感情が、欲しいと。
 ある種激しい感情を持っているのとは裏腹にギンジからアッシュに思いを告げることはなかった。
――昔から、そうなんだよなぁ……。
 アッシュには幸せになって貰えればとも思うが現実的に難しい問題だ。
 アッシュとルーク。被験者とレプリカ。奪われたもの、知らずして奪ったもの。
 ギンジは細かなことを聞いているわけではないので大体でしか理解してはいなかったが、複雑な問題であるということは理解していた。
 特にアッシュは何を語るわけではないので、ノワールに一部を聞き、町へと買い出しに行ったついでに図書館で本をちらりと読んだだけだった。
 そんな僅かな情報しか持ち得てはいなかったが、ギンジには十分なことに思える。
 この前のアッシュとルーク、二人のやり取りを知っているだけに複雑な思いを抱えていた。
 ルークが身をひき、アッシュが公爵家へと戻っても確執は残る。またアッシュが今のままでいいというわけにもいかない。
 二人が二人一緒にいれればいいのに。
 だが、それはアッシュ、ルークの気持ち共に蹴りをつけなければならない。どちらかが、どうぞと譲って終わりにできない。だからこそルークとアッシュは共にいれないのだ。
 アッシュも元の居場所に戻るのに躊躇しているのだろう。
大円満に終わる事が出来たらそれは素晴らしいことなのだろうけれども、きっとそれは実現することは叶わない。
 ギンジは預言めいた事を確信していた。
――ルークさんのこともそうだけれども、きっとアッシュさんの幸せの中にはヴァンさんのことも含まれているんだろう。参った。オイラには荷が重すぎるし、何も出来やしないじゃないか。
 そもそも、自分が今ここにいるのは何故なのか。そんな事まで考えだす始末である。
 ルークに命を助けられたギンジだが、今このアルビオールを動かしているのはアッシュの為であり、ルーク達の機体はギンジの妹であるノエルが操縦をしている。
 不思議なもので、ルーク達のパイロットをしていてもきっとここまでの感情は持たないと思う。それでこそ、気になるで終わりだったはずだ。
 アッシュの存在がここまでギンジの中で大きくなったのは一体なんなのだろうか。
 ギンジの視線に感づいたのか、アッシュがこちらへ視線をやってきた。
 いきなりの事だったので、ギンジは心臓の鼓動が一気にはねあがる。僅かな時間ではあったが見つめていたのを気が付かれたのではないのかとドキリとした。
「ギンジ」
 アッシュが呆れた様に呟いた。
 まさか何か知らぬまに粗相でもしてしまったのだろうか。ギンジは体が僅かに強ばり、不安感に襲われる。
「あ、……」
 ギンジがアッシュに声をかけようとしたときだ。後頭部に痛みを感じた。痛みに思わず声が漏れる。
「どこみて操縦しているんだい。ちゃんと前みて飛びな!」
この痛みの原因はノワールだったらしい。ちらりと見やると拳を握っているのでぐーで殴られたのだと分かる。
アッシュがギンジの名を呟いたのはこの事らしい。前を早く向け。そういう事だったのだ。ため息をつき額に手を当てているのを見るのは何度目だろうか。
脇見運転は危険かもしれないが、有る程度ならそれほど心配しなくてもいいのに、とノワールに直接言えないために一人胸の中でごちる。
「は、あはは……すみませんノワールさん」
「全くあんたと来たら、気が付けばよそ見をしているじゃないか。それは無意識の事なのかい?」
「ギンジの旦那はアッシュの旦那が気になるようでげすね」
 きっと彼らは気が付いているのだろう。オイラの視線の意味も感情も。だが、彼らはオイラのその感情には深く入っては来ない。ただアッシュに気が付かれない程度、それこそオイラの羞恥心を燻る程度に弄るだけだ。
 元々こんな感情をアッシュさんに抱くとは思ってもみなかったので、戸惑いもあったし、自身への嫌悪感もあった。気になるという僅かな感情が大きくなりすぎて昇華してしまったのだ。好きなのだと。
 だからだろう。彼らからのこのようなやり取りは少々安心さえ覚えるときがある。
 オイラがアッシュさんに対して好意を持っていることを許してくれている気がするのだ。それはオイラの感情にとってはとても有り難いことだった。
「大丈夫ですよ。きちんと前だけを向いて飛びますから」
先ほどまでの解答とも言えない様な言葉で濁すと、ふとその言葉が、いやに重い言葉に思えてしまった。
前だけを向いて飛ぶ。それがオイラの出来ることだ。裏を返せば飛ぶことしか出来ない。
 ギンジの胸の中に暗い影が落ちた。



 降り立った草原は既に闇に抱かれており、焚き火の火が辺りを照らしていた。
 ノワール達が買い出しに行った今はアッシュとギンジの二人だけである。
「オイラが作りますね」
 焚き火に枝をくべ、鍋に火をかける。簡易食だから楽に済む。この状態では随分とわびしい食事だが、ノワール達が夕食の材料を買って具材を追加すれば、それなりになるので固形型の簡易食料は重宝している。
 封を開け鍋へ躊躇なく全て入れた。赤い色が交じっている。ちょっとした連想させる些細な事ですら顔が綻ぶあたり自分は末期であると自覚する。
意外にもアッシュさんはニンジンが嫌いな様で、よそる時にアッシュさんの分だけニンジンが入らないようにしなければならない。
 多少入っていても無言で食べているみたいではあるが、わずかに眉間に皺が寄っているのでやはり苦手なのだろう。
「ギンジ、お前、いや……」
 アッシュから話しかけられた事により、ギンジは鍋元から離れ、アッシュの隣の方へと移動した。
「何ですか? アッシュさん」
「アルビオールから降りてもいいんだぞ」
 突如告げられた言葉にギンジは金槌で頭を打たれたかの衝撃を喰らう。
 飛ぶことしか出来ないオイラのそれすら否定するのかと思わず血の気がひいた。
 剣を持つことも出来なければ、譜術を使えるわけではない。ノワールの様に情報収集能力に優れているわけでもないし、ギンジが出来ることはただ飛ぶ技術を持っていて、譜業に対する知識、メンテナンス、数計算、それだけだった。
 だからこそだ。夕刻に感じた無力感。アッシュに対して何も出来ないんじゃないかと思ったあの絶望感。
 今のオイラから飛ぶことを取り上げて仕舞われては、それこそ終いだ。
 第一オイラはオイラの役目を果たせない。
「これからの事を考えるとお前達を巻き込む訳にはいかねえんだよ」
 ギンジは普段のおっとりとした雰囲気を捨て去り、強気にアッシュへと返した。
「既に巻き込まれてるから大丈夫です。第一アッシュさんに参号機の操縦ができるんですか」
「……何とでもなる」
 その間がアッシュさんらしい。僅かだが動揺を含んでいるので、オイラがそう答えるとは思わなかったんだろう。
 アルビオールを手で示し、ギンジは不適な笑みを見せた。
「こいつだけはオイラの仕事です。最後までアッシュさんを乗せてこいつを飛ばします。というより飛ばさせてやって下さい」
 ギンジは考えていたネガティブさを既に前向きに受け止め、自分なりの答えを出していた。だからこそ、こればかりは譲れないのだ。
「飛行機雲って知っていますか?」
 先ほどまでの熱意を帯びた調子から一転、静かな調子でアッシュへと問いかける。
「いや」
 アッシュはその名を聞くのも初めてだったのだろう。全く思い当たらないようだった。
 確かに、コクピットに乗っていれば見ることはないものだ。
「アルビオールの後ろに空気の渦ができて、部分的に気圧と気温が下がり、水分が冷やされる事で起こる現象なんですけどね。アルビオールにまるで帯みたいに雲がついてくるんです」
 左手をアルビオールとし、右手を雲にみたてながらアッシュにわかりやすいよう説明をする。
「オイラはきっとあれだと思うんですよ。オイラみたいなのは着いていくだけなんです。メインのものがなければ何もできない。ただそこにあるだけなんですよ。けどね、アッシュさん、オイラはそれがオイラの役目で決められてる事柄だと思うんです。貴方について行く事が、なんていうか宿命みたいに感じちゃってるんですよね」
 アッシュはただ黙ってギンジの話を聞いていた。ギンジにはそれを嬉く感じ、話を続けることにした。といっても続きはノワール達に遮られることとなるのだが。
 話しに夢中になりすぎてしまっていた様だ。側に来ているのに全然気が付かなかった。
「大量、大量。やっぱり夜は動きやすいねえ」
「本領が発揮できる時でげすねー」
「おや、どうしたんだい? 二人で縮こまっちゃって。ほら、アッシュ。あんたの好きなチキンもとってきたよ」
 体を丸めるように話し込んでいたからだろう。ノワールに指摘され、背筋を僅かばかり伸ばした。
 ヨークが袋から鶏肉を取り出し、豪快にも手でちぎり鍋へと入れている。
 ああ、そんなに入れなくても出汁はとれているのに……。
 ギンジは先ほどまでの会話がなんだか木っ端図下しくなり、平静を装った。
「アッシュさん頑張りましょう」
 あと少しだ。あと少しというところまで来ているのだ。それで、それで。
 ギンジはちらりとアッシュを見、そうして立ち上がった。座っていた為に付いた埃を祓う。
 きっとオイラの思いは伝わらない。伝えられない。だってオイラはそこにあるだけなんだ。アッシュさんの側に入れればそれでいい。
 ノワール達の様にアッシュに頼まれ何かをするわけではなく、ただ移動する場所を聞きアルビオールを飛ばすだけのオイラだけれども、それがオイラの役目であるとそう信じている。そして、このアルビオール参号機のパイロットで良かったと思う。最後までアッシュさんの側にいれるのだから。役に立てる、それが嬉しい。
 きっとオイラは思いも告げられないけれども、それでもオイラは幸せだ。
 ギンジは穏やかな表情をしていた。そうして、アッシュの耳元で呟いた。
「操縦席だけは譲りません」



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