illumina



 それは水の中にいるかのようだった。ゆらゆらと揺れる。視界に映る物はなく、ただ光だけの世界。
 熱いわけでも冷たいわけでもない。強いて言うなら温かい、そんな世界だった。
 胎児のように身を丸め、揺れる。心地よいとその揺れに身を任せるが、一揺れする度に砂のように俺の中から何かが流れ出た。
 ただ、赤だけが俺の中にあった。凄まじいほどの鮮烈な赤。
 それだけは逃すまいと俺は自身を抱きしめるかのようにし、よりいっそう縮こまった。
 これはアッシュだ。アッシュが俺の中にいるのだ。
 ローレライを解放した俺が今いるとすれば、それは音譜帯の中か、果てまた別のところなのか。
 ディバイディングラインに乗れば第七音素の固まりである俺も上へといけるだろうが、本当にここはどこなのだろうか。ローレライの中という事も考えられる。
 色々と思考するのだが、眠気にも似た感覚に襲われ次第に考えるといった事を忘れてしまう。
 記憶すらも曖昧になってしまう世界で感じたことは、恐怖、恐怖、恐怖。
 そういえば、ローレライを解放した時にはアッシュを抱きかかえていたはずだ。アッシュの体は一体どうしたのだろうか。
 腕を伸ばすが空しくも空をきるだけで終った。強すぎる光は目を瞑っても、瞑らなくても関係はないらしい。何も見えないのだから、手探りでアッシュの肉体を探す。
 俺はどうして忘れてしまたのだろうか。
 この手に掴んだアッシュの体を何故離してしまったのか。
 そして、また恐怖。
 アッシュだけは忘れてはならないのだ。
 また体を抱きしめ手に力を込める。すると、ちりりといった痛みが腕に走り、まだ感覚はあるのだと安堵した。
 アッシュが生きられる方法を俺は知っていた。この肉体にアッシュの魂があるのだから俺が肉体から出てやればいいのだ。肉体の譲歩。受け渡し。それで済む話じゃないか。
 だからこそ、ここにいるのだ。全てが第七音素でできたこの場所に。
 ああ、そうだ。そうだった。ここは第七音素で満たされた空間なのだ。一切の余計なものが取り払われ、俺とアッシュが融合する為にローレライが作り出してくれた空間。
 別の物質が混じってしまえば其れは俺でもアッシュでもなくなってしまう。
 だからこそ完全同位体である俺とアッシュ、そしてローレライが生み出した空間が必要なのだ。

(危なくそれすらも忘れてしまうところだった)

 のうのうと生きている俺。早くしなければ俺の音素乖離が進み全てを忘れてしまう。いや、それだけではない。アッシュ諸共消えてしまうのだ。
 周りが第七音素だけで構成されているので流れ出た分の音素を取り込み、保っているギリギリの状態。
 ああ、流れ出ていると思ったのは俺の音素か。と自身に起きていたこの不思議な感覚の要因がわかり納得をした。
 決断をしなければならなかった。俺かアッシュか。
 生きたい、死にたくない。
 それでもアッシュを見殺しにできるほど俺は利己的でもなく、アッシュのことを嫌ってもいなかった。
 むしろ気になる存在であった。とても大切な俺のオリジナル。
 こいつの為だったら、俺が消えるのも厭わないと思った時もあった。多分その時は自分の責任とかそういうのもあったのだと思うけれども、それでもアッシュを生かさないとといった思いも確かにあったのだ。
 何でこんなにも俺という存在は情けないのだろうか。対極するものを選べずにいる。
 生きたいと思う、同時に生かしたいと思う。
 選べなかった。どちらも俺が望んで止まない物なのだ。
 けれども選ばなければならないのだ。そうでなければ二人とも消えてしまう。
 俺だけじゃ音素量が足りず肉体が滅びるだけだ。アッシュを喰わない限りは存在が消えてしまう。
 ぞくりとした。恐ろしい考えに皮膚がざわめく。

(まるで化け物だ)

 多くのレプリカの命を喰らって、そして俺は被験体までをも喰らい、そうして生き残る。俺が生きるという事はそういうことなのだ。
 何と恐ろしい行為だろう。完全同位体であるが故にできる事だった。
 アッシュを喰らい俺の物とする。失った音素はアッシュから奪い補うのだ。そうしてまで生き残りたいのか。
 それならば早くアッシュに肉体を渡してしまえと焦る。
 もしかしたら、今俺が生きているという事は無意識のうちにアッシュから足りない音素を奪い取っているのではないか。
 周りが音素で満たされている所為でどれが俺の音素でアッシュの音素なのか空間の音素なのかも分からない。
 ああ、駄目だ。気がついてしまった。
 一抹の不安を取り除くためには俺はもう肉体を手放すしかないのだ。
 アッシュから奪い取った物を考えると俺は最後にアッシュに全て返してやりたいと思った。
 名前も、姿も、全てアッシュに返そう。
 そうして時々で良いからアッシュが俺の事を思い返してくれれば満足なのだ。
 違う。そうだ。嫌だ。それしかないんだ。
 矛盾した思いに冴えなまれ俺は頭をかかえた。
 姿も、名前も、全部返すよ。そうして、俺のことを思い出して俺を認識して欲しい。
 鏡に映った時でも良い、名前を呼ばれた時でも何でも良い。そうした時にアッシュという人生は俺という人生に変わるのだ。
 なんて自己中心的な考えであり、醜い感情なのだろう。

(最悪だ)

 肉体を手放したらどうなるのだろうか。
 アッシュ……助けて。どうしたらいい? どうしたら俺という生き物は綺麗に終われる?
 アッシュは俺と違って頭が良いから、きっと二人で生き残れる事も考えられるんだろうけれど、俺は……。
 助けて、助けて、助けて、誰でも良い、助けて。俺達が二人で生きられる方法を誰か教えて。
 神に祈りを捧げた事もあった。願いを止めることはできなかった。けれども、そんなものは何一つ無かった。神なんてものはないのだ。
 それでも、神と呼べる存在を人がローレライと呼ぶのならば、ローレライよ、助けて。
 悲痛にも似た祈りは届いたのだろうか。












           白い光と赤だけが其処にあった



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