君という名の解答



「病んでいるのは自分だ」
 
注:六神将ガイパロディー


 ルークという生き物はこんなにも可愛いくて仕方がない。目に入れても痛くないというが本当に目に指を入れられても痛くなかったのは正直びっくりした。
 痛いと言うよりもルークが俺の目に興味を持ったという喜びの方が大きくて痛いというシグナルを関知しなかった。
 馬鹿なほどに愛おしくて溜まらない。何でこうなったのか分からないが俺はルークという生き物が好きなのだ。
 そうして甘やかして育ててきた。まるで角砂糖の様に甘いだけの言葉のみをルークに与え続けてきたのだ。
 世界は全て光で出来ているとか、そういった希望ばかりの言葉を並べ立てる事はしなかったが、それでも俺が必要だと思ったことのみを教えてきた。
 ルークの世界は狭い。それは俺が作り出した世界だ。
 箱庭を作ったのはファブレ公爵ではなく、俺。世界は箱庭で出来ている。
 さて、ここで話は変わるが美しい物だけを見続けたものと、汚いものだけを見続けたもの。どちらがより世界を愛おしいと感じる事ができるのだろうか。
 ルークとアッシュはまるで別のものをみている。
 それこそ、ルークの世界を構成するのは美しい物だ。綺麗な衣服、美しい絵画、巧妙なデザインをされている調度品、手を伸ばせば届く物全てが一流のものである(あまり興味はないようだが……)。
 またルークは空の美しさ、月の美しさも知っている。自然にあるものの美しさを知っている。自然になくともあの庭に咲く花の美しさは誰かが手入れをしてそう育てている美しさであると知っている。
 アッシュはルークとは全く別だ。美しい物も知っていたが、ヴァンに浚われてからは一転してしまった。寝屋にあてがわれた部屋は簡素な物で、ベッドは冷たく、着ている物も絹から粗悪な品へと変わった。
 花よ蝶よと上に立つ物として大切に育てられてきた坊ちゃんがこんな生活に耐えれるわけもなく、俺に一度愚痴をこぼしていたな。ああ、それでもプライドの高い坊ちゃんは文句をヴァンに言うことはないのだが。何せ自分で逃げたいと言ったのだから。
 そんなヴァンを師匠と慕う姿に俺は思わず吹き出しそうになったぜ。おおっと話が逸れたな。
 ここに来てからのアッシュといえば、特務騎士団長として任務にも就けさせられたわけだから自ら戦闘に立つ事もある。
 血まみれだよ。ぐちゃりという音に血のなま暖かさ。それらをずっと見ているわけだ。
 人って奴は汚くて仕方ないものなんだぜ。恐怖に脅えて漏らす奴。醜く地を這い、命乞いをする奴。仲間を見捨てて逃げ出す奴。
 それでだ、アッシュに聞いたんだ。世界についてどう思うと。
 奴は眉間に皺を寄せてこういったね。

「何がだ……?」
「お前は世界ってものが醜いものだと思わないのか?」

 綺麗だと言えば、偽善者だと思うだけだし、醜いと答えればどうでもいいと感じるだけだと思っていた。
 そうして、アッシュの言葉を片手をあごに当て待つ。すると、語られたものは自国への思いだった。
 ヴァンがアッシュを必要としていたから今は殺さなかったが、本当にうっかり剣を抜き腕の一本でも切り捨ててやろうかと思った。
 思い出すだけで吐き気が出る。あんなに汚いものを見ていてもまだ自国への愛国精神と人間への思いを抱けるものなのか。
 ふらふらと廊下をつたっていると、愛しい子供がかけてきた。

「おい、お前今までどこに行っていたんだよ!」

 ルークの姿を見つけて俺はほっと一息ついた。ああ、俺がいなくて寂しかったのかとわかりやすい反応をするルークに癒される。
 ルークの肩口に顔を埋めると、ばっ?!なんだよ!と言った怒声が聞こえるがただ恥ずかしいだけで本当に嫌がってはいないのだ。

「ああ、ルークただいま」

 そう俺が言うとルークがちっと僅かに舌打ちをし、「ふん」と答える。これがルークなりのお帰りなのだ。

「なあ、ルーク。世界についてどう思う?」

 肩口に顔を埋めたままそう聞く。

「はあ?何言いだしてんだ? お前」
「いいから……」

 ルークに答えるように催促すると、うーんと首を傾ける。

「世界なんて言われてもなぁ、よくわっかんねえや」

 さらりと頭をなでる。手が自然に動いてしまうが、ルークが俺の手を払うことはしない。
 常の事なので気にしてはいないのか、俺の愛撫にくすぐったそうに少しばかり身をよじるだけだ。

「何かあるだろう?」
「うーん……うーん……」

 そうして、ああ! という声が発せられた。

「俺、屋敷の中しか知らねぇし、世界なんてでかいもん分かんぬぇけど、ガイがいると何か楽しいな!」

 肩の力が思いっきり抜けた。それじゃあ俺の答えに答えてないだろうが。
 アッシュもどうように答えていなかったような気もするが、そこらは同じものだからなのだろうか。

「あのなぁ、ルーク」

 ルークの顔をみると大輪の花が咲いたかの様な笑顔を浮かべている。どうだ!これが答えだ!とでも言っているようだ。
 暫く――それでも一瞬だったが――見つめ、ルークの頭をぽんとなでてやる。
 箱庭で出来た世界に俺という存在は確かにあったのだ。それも一番の存在とも言える。
 愛おしい子供だ。被験者とは全く違う。育てたからとか、どう贔屓目にみなくてもルークが可愛くて仕方ない。
 美しい物で構成されたルーク。もし、ルークをアッシュの様な環境へと置いたらどうなるのだろうかと醜い感情がもたげる。
 手に置いて甘いだけの物で育てるのもいいが、奈落へと突き落とし俺に縋り尽かせてやりたい。
 醜い感情だ。そうなった時、箱庭の世界は俺だけの世界へと変わるのだろうか。
 俺の世界は醜く、同時に愛おしかった。

2007.2.14



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