瞳に映るのは貴方(途中)



「見てみろよ。これすげえ綺麗な色じゃねえ?」

 俺は前を歩いていたアッシュの服を引っ張る。
 ケセドニアの露天できらきらと光ったガラス玉を見つけた。母上のお土産にしたら喜ぶんじゃないか? なんてそう思った。
 こんな露天で売っている物なんて金額にしたらたかがしれているのだが、俺が自由にできる金額なんてたかがしれている。たかが同士でちょうど良いとも思うのだが、男としては少し情けない。それと母上に渡すものとしては貧相すぎるのだが、以前その辺に咲いていた花を持っていったら凄く喜ばれたのだ。あの時の母上の顔が脳裏に浮かび俺は笑顔がほころんだ。
 アッシュも母上に何度か視察の際に土産物を買っていた。でも、俺と同じ額を貰っている割にアッシュが買う物はどれも一流っぽいんだよな。一体何の差だというのだろうか。
 それでも、今回のこの品は家にある装飾品で目が肥えていた俺から見てもなかなかいいんじゃないか、って思った。ガラス玉の中がくり抜いてあり、丁寧な細工をされている。また、それはカットの違いからか何色かの色を放っていた。

「なあアッシュ…これ母上の土産にしないか」

 ガラス玉を手に取り太陽の光に透かす。少し角度をかえてやると光の屈折が変わり色に変化が起こった。
 ふんとアッシュが鼻でため息をつき一度目を伏せる。
 好きにしたらいいと取って良いのか、こんな物を渡す気かと取るのか、どちらの意味で解釈するのか俺には判断がつかなかった。
 ─ここにナタリアなりガイが居てくれたら少しは違うのに…。本当にわかりにくい奴だなぁ。
 ふっとそのまま先に行ってしまおうとするアッシュをまた服を引っ張り呼び止める。

「ほら、これ赤とか黄色に変わるんだぜ」

 アッシュにも見せてやろうとアッシュの頭上へとガラス玉を持っていく。肩へと腕を回し二人でみれるようにしたらアッシュがパシンと俺の腕を払いのけた。
 一瞬だったが、俺は何が起こったのか分からず全ての動きを止めてしまった。呼吸も心臓の脈も止まった気がしたのだ。アッシュからのこういった扱いを受けるのは久々だったという事もあってか少しショックを受けた。アッシュはこの露天に来てから俺とは一度も視線を合わせていない。

「…なんだよ。ただ一緒に見ようとしただけじゃないか」

 アッシュが不快になった理由が分からず、また何故腕を払われたのか俺には理解できなかった。アッシュの顔色を伺うがアッシュは背を向けているので表情が全くわからない。

「色…」

 アッシュがぽつりと呟いた。

「色がわかんねえんだよ…!」

 アッシュがこちらを振り返り思いっきり眉間にシワを寄せた状態で俺に言い放った。
 あ、初めて視線があった。なんて思うよりも、アッシュの顔の怖さに俺はびくりと体を震わせた。見慣れている物とはいえ、やっぱり怖いって思ってしまう。
 アッシュをまた怒らせると分かっていてもアッシュの言った訳がわからず俺は首をかしげた。




 劣化している俺の方が正常だなんて、おかしな話だ。

「アッシュ…」

 俺はアッシュの瞳をまっすぐと見つめる。
 この翡翠色をした瞳も、この夕日よりも紅い─それこそ“鮮血の”と呼ばれるに相応しい紅─もアッシュは感じることが出来ないのかと思うと俺は少し勿体なく思った。

「回線…開いてくれよ」

 アッシュの顔を両の手で包み込む。にこりと笑ったのだが上手く笑えていただろうか。
 アッシュはプライドが高いから、俺がアッシュのことを哀れんでいると思いないだろうかと不安になる。ただ、俺は残念に思っただけなのである。
 この空も、この目の前に広がる世界も、何もかもが白と黒の世界だなんて…アッシュはどう思っているんだろう。



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