L'espoir dispersé | ナノ




Où est-ce qu'il est?.un


共に旅すると決まれば即決行、といきたかったのだが、おなまえが目覚めたのは夜だったため、もう一晩泊まっていくことになった。ベッドの中に入りスレイ達から話を聞けば、今ちょうどこの街で探し人をしているらしい。この地の"加護"というものを復活させるにあたり、天族の存在を心から信じ、敬うものが必要で、その時に話題に上がったのがブルーノ司祭、という人だそうだ。とても真面目に仕事をしている者で信頼に厚く、是非この者に任せたいということのようだ。
どこの世界でも私利私欲に動く為政者や聖職者は多い。その中できちんと真面目に、身を粉にして祈りを捧げる存在というのは稀有なものだろう。
翌朝。改めて外に出ると、朝の街は快晴であるにもかかわらず、どこか淀んでいる。僅かに霞がかかったような、そんな空気だ。さて、ブルーノ司祭を探さなくてはならない。

「アリーシャ殿、容姿の特徴を聞いてもよろしいですか?」
「ああ、そうだな……。眼鏡をかけていて、少し年を召している。見ればすぐに分かると思う」

早速手分けして歩き出すも、そもそも眼鏡の司祭に会わない。アリーシャの言うとおり、見れば分かるというのはそういうことだろう。聖堂にはいないとなれば、その近隣から探していくべきということになり、まずは聖堂から南東にある階段のあたりで見渡す。
だが、霞がかっているせいでとてもじゃないが眼鏡の有無を識別できない。確実なのは己の足で歩いて調査、といったところだろう。土地勘が一切ないため、おなまえはアリーシャと共に行動する事になった。

「あれは……」

霞む視界の端、町の片隅。うずくまるようにしている何かは、どう見ても人ではない。例えるならば、そう。憑魔、だ。思わず体勢を構えるが、右側から静止するように手が伸びる。

「おなまえ、駄目だ」

ふるふると首を横に振り、アリーシャは硬い表情そのままに、横を通り過ぎていく。おなまえもその背を追うが、憑魔からの視線が突き刺さり続けているのを感じる。今だ背後に視線を感じながら、路地の階段を上り踊り場へ。家々によって視線が遮られ、ようやく一息。

「アリーシャ殿。先程の、憑魔では?」
「民衆の目には、あれは子供に見えている」

視線を落としながら、アリーシャは呟くように言った。子供が穢れに飲まれ、堕ちた姿。だが霊応力のない一般市民にとって彼らは露天商の子供にすぎない。自分達から見て敵であるからといって槍を向ければ、道を歩む騎士によってお縄頂戴というわけだ。襲われない限り放っておくほかない、ということだろう。
先程の憑魔、確かにこちらを見ていたのは確かだが、敵意をむき出しにしたり、殺意を向けてきているわけではなかった。手を出す必要性は、今のところないだろう。

「アリーシャ!おなまえ!」

少し静まり返ってしまった踊り場に、明るい声が日差しのように差し込んでくる。階段の下から、踊り場にいる二人に呼びかけてきたのはスレイ。ミクリオとライラもその後ろにいる。踊り場の角にもたれかかるようにして、おなまえは二人の会話を聞きながら辺りを見渡す。

「そちらはどうだった?」
「オレたちが探したほうにもいなかったよ。あとはこの辺りだけ、かな?」

スレイ達が見にいっていた聖堂横の通路にはいなかったらしい。その後、報告も兼ねアリーシャたちを追って街の南側に行き、同じ通路を通ってここにやってきたということらしい。つまり、いるとすればこの階段の北側、もしくは外縁水道区になる。

「では、このあたりを探そう」

ミクリオの提案のもと、一同は階段を上る。すると手すりの向こう側、住居との間から、会話が聞こえてきた。

「この土地を守護せし天族よ。かの者の願いを聞き届けたまえ……」

男性の声。この言葉だけでも十分わかる。司祭だろう。問題は眼鏡の有無だ。なんとか見ようとするのだが、霞んでいる。かけているような気もするのだが……と一同が思っていると、会話相手の女性が「ブルーノ様」と、確かに言ったのだ。

「案外近かったな……」
「そ、そのようだな。遠回りだったか」
「しっ。今はお取り込み中のようです。お静かに」

盗み聞きするつもりは無いのだが、少しだけ手すりの陰に隠れて、彼と話す機会を伺う事にした。

「……おかげで息子の足も大分よくなりました」
「いえいえ、貴女が真摯に祈りを捧げ続けたからこそですよ。これからも純粋な気持ちを忘れずに、祈りと息子さんの看護を――」

なるほど、司祭はアリーシャが聞き及んでいた通り、信心深い人物のようだ。
しかし、話途中にもかかわらず、女性は突然小さな袋のようなものを取りだし、捧ぐように彼に渡そうとする。司祭はそれが何かをすぐに悟ったのだろう。口調を僅かに強めて、不要だと言い切った。女性は、顔を上げない。必死の様子で、司祭にその袋を渡そうとする。

「私は気付いたのです!タダの祈祷は天族への非礼だと、見返りだけを求める邪な祈りだと!」

信心深いのは、司祭だけではないようだった。目に見えず、感じる事もできない天族を信じ、敬うことが出来ている。司祭は、突然出された袋に、その行動に戸惑い、誰かに言われたのかと問う。
恐らく、彼女のような言動をする者が極端に少ないのだろう、そう聞きたくなってしまうのも分らなくはない。女性は、ただ小さな声で「誰か……というわけではない」と呟いた。そんな彼女を見て司祭はただ困ったように、

「息子さんの治療にはお金がかかるでしょうから、息子さんのために」

と。それは彼の心からの気持ちなのだろう。貴族でもない、ただ一介の平民である彼女は、稼ぎ手が働けないだけでなく、その稼ぎ手の治療費をまかなっていかなくてはならないのだ。司祭に、聖堂に捧げるようなお金があるならば、息子の治療に当てたほうがいいというその意見は、至極真っ当なものであり、しかし彼女の主張も真っ当であった。

「誰も彼もが言うんです!息子の怪我は、タダで天族に祈った罰だと!」

最中、ライラの顔を覗き見ると、複雑そうな表情をしていた。直接の原因でないにしろ、この地の加護が失われている原因が、天族への不敬が原因だとすれば、加護による恩恵がないせいで怪我をした可能性も、否定できない。
そして、彼女の心を苛ませているもう一つの原因が、彼女と司祭の間にやましい事柄があるのではといった、嫌がらせに近いようなものだという。彼女は縋るように司祭に詰め寄った。

「……どうかお願いです、私たちを助けると思って、お納め下さい」
「……わかりました、貴女と息子さんのお気持ちとして、ありがたく頂戴します」

さすがの司祭もここまで言われて拒む気をなくしたのか、浮かない表情で小袋を受け取った。対して女性は、受け取ってもらえたという気持ちで肩の荷が下りたのか、先程とは一転し、嬉しそうな声音でお礼を述べて去っていった。
残された司祭はというと、見ていて気の毒になるほどに沈んだ表情で右手の袋を眺め、あてもないようなぼんやりとした口調で、酒でも買うかと呟いた。
司祭に話しかけるなら今だ、とスレイとアリーシャが飛び出していく。ミクリオとライラは、いつの間にかスレイの内(導師と契約を結んだ天族は、導師の身体そのものを"器"として身を宿す事ができるのだという)に戻っており、おなまえは遅れて二人を追いかけた。







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