L'espoir dispersé | ナノ




谷底に広がる森で Ceyu:Yuxum


「ここは、風が集まる場所ですね」

デゼルの接近を感じたのか、独り言のように呟いた青年の背では、吹き上げる風によってふわふわと外套がたなびいている。しかし、醸し出すゆるやかな見た目とは裏腹に、その背には鋭い気配を漂わせていた。

「また、お会いしましたね。……デゼル殿」

森を眺めていた目線を外し振り返った男は、口元だけ微笑んでいた。
お久しぶりです。そう言った男の雰囲気は、かつてデゼルが……ロゼが、霊峰で対峙した男とよく似ている。鋭い気配も、その裏で漂わせている柔和な雰囲気も、どこか異郷を思わせる謎の霊力も。

「お前は、何者だ」
「僕ですか?おなまえと申します。以前霊峰の麓でお会いしたではありませんか。まあ……色々ありまして、転生したとでも言うべきでしょうか」

道化師のように大げさな口調と、身振り手振り。余裕ともとれる彼の態度に、思わず得物を構えた。
"転生"だと彼は言う。だが、それなりに長い年月を生きてきたデゼルですら、記憶を持って生まれ変わるなど聞いたことがない。
だが、導師と共に歩む陪神であることは真実だろう。導師の傍らに立っていた彼は、共に在る者の繋がりに満ちた霊力を感じたからだ。

「それにしても。ロゼという少女……不思議ですよね」

警戒するこちらを無視し、独り言のように語りだす。

「あれだけの霊応力がありながら、天族の存在を否定し続ける……何があったのでしょう」

楽しげに細められた赤い視線が、デゼルの髪に隠れた目と交差する。嫌な奴だ、と直感で感じた。

「……それもいずれ分かりますね、今は戻りましょうか」

不意に彼が纏っていた気配が穏やかなものに変わる。草を踏みしめる音、デゼルの横を通過する際の風が動く音、デゼルにはすべてがわざとらしく聞こえた。まるで、わざわざ音を聞かせているように。



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アジト初到達後のヴァーグラン森林にて

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