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 Casual days



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天族にはそもそも、結婚などという風習は無いらしい。もちろん、人のように愛し合う天族もいる。が、種族上子供が成せない天族にとって、結婚という儀式は不必要である。それをわかっているのに僕の手の平にあるのは、紺色の、僅かに起毛した小さな入れ物に収まるリング。渡したいという強い思いが高じて、思わず買ってしまったのだ。

「はぁ……」

ため息が出てしまう。渡したところで、受け取ってもらえるか。このリングはあるべき場所に収まってくれるのか。それが不安で、ついため息が出る。左手の薬指の、約束。人だけに伝わる約束。添い遂げて欲しいという願いをこめたシルバーのリングは、ただ夕日を反射して、きらりと輝くだけ。

「渡せたら、いいんですけどね……」


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おなまえは、澄み切った湖に沈んでいく。深く深く沈んでいるにも関わらず、湖面から差し込む太陽の光は途絶える事がない。光がカーテンを形成しているように、水中を揺蕩っている。酸欠で薄れゆく意識の中、見慣れた男性の姿が、世界に映りこむ。男性は口を動かした。何を言っているかは理解できなかったが、その口から空気が零れることはなかった。
驚愕したままの表情が面白かったのだろうか、クスッと笑った彼はいつも通りの食えない表情で、手を差し伸べてくる。

「ようやくこちら側に来ましたね。皆、あなたを待っていますよ、おなまえ」

今度ははっきり、その声が聞こえた。ああ、懐かしい。とうに忘れたと思っていたその声は、鼓膜を揺らして古い記憶を揺り起こしてくる。
何であなたが。その言葉は、泡となって湖面に昇っていく。だが、酸欠であるのに、不思議と苦しくはなかった。空気が入り込むように、澄んだ水が肺に流れ込む。まるで魚になったみたいだ。水底には、かつての仲間たちがいた。若かりし頃の姿のまま、いや、恐らくは僕の記憶の中にある、最も焼き付いた記憶の姿を持った、彼らがいた。
彼らに会いたい。その思いで水底に潜ろうとすると、右腕が湖面に向かって引っ張られる。先に飾りのついた細い糸のようなものが二の腕にきつく絡みついて、上へ、上へ。糸を意識したとたん、肺が水を押し出そうとする。苦しい、苦しい、息がしたい。助けを求めるように湖底の方を向くと、複雑な顔をした彼と目が合う。やれやれ、と口が動いたような気が、した。
『あなたの声を聞けるのは、もう少し後のようですね』
右腕を引っ張られながらも、水底にいる彼の声は明瞭に響いてきた。残念そうなその声は、久方振りに遠い昔を思い起こさせる。まもなく水面だった。70年ぶりにみた想い人の顔を、少しだけ目に焼き付けて、天を仰ぐ。


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「ぼ、僕が料理を失敗するだなんて……」

おなまえの手には綺麗なおやつが。どこが失敗したかなど分からないのだが、彼は頭を抱えて落ち込んでいる。

「一体何を失敗したんだ?」

ミクリオが尋ねると、どうやら塩と砂糖を間違えてしまったようだった。昨日買出しに行き、容器へ補充したのがスレイとロゼ。おそらく両方とも空だった為に、入れるほうを間違えたのだろう。それに気付かず普段どおり容器で判別してしまったために、調味料間違いおやつが生産されてしまった、ということらしい。

「もう自分の記憶が信じられません、いっそ記憶喪失に…」

杖槍片手に呟くその姿は鬼気迫るものがあったため、急遽デゼルとザビーダが出動し止めたものの、半泣きになって抵抗するその様はなんだか哀愁すら感じさせるものがあった。この日を境に、それぞれの容器に「砂糖」「塩」と書かれることになるのである。


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お題:診断メーカー(意外な一面を妄想するためのお題出してみったー)より『あまりの失態を犯し記憶喪失になりたいと頭を抱える男主』


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 Attention↓























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豊旗雲が棚引く青空と青い海に包まれるように位置するアイフリードの狩り場には、今でも未知なる移籍を求めて探検家が訪れている。
海を見下ろす断崖絶壁、ここにおなまえが訪れるのは久方ぶりだった。400年近く経ち、憑魔も大分減ってきたこの世界は、天族がひとりでふらつくのも容易い。青い空の下、この青い海で、無邪気に遊べる時代が来たらいいなぁ、とおなまえはずっと想い続けている。大きな影をはらんだ導師と、その更に影を歩み続けた従士と、仲間たちで。
叶わない夢なんてないと信じながら過ごしてきた時間は、もう400年だ。天族の慣わしに従って、少しずつ少しずつ衣替えをした衣服は随所に白が散りばめられている。
この場所で"エドナの花"も、虹色の"蛾"も、世代を変えて命をつなげている。しかし、導師の命を、血をつなぐことはできない。導師が次の導師につなぐのは、心。己の夢を忘れず、当たり前に胡座をかかず、純粋で穢れのない、信念の貫かれた、清らかな心を。

「おなまえ、そろそろ行こー!」

遠くでおなまえを呼ぶ声が聞こえる。海風を受けていた毛先を揺らしながら振り返り、片手をあげて合図する。それでも尚、声の主は何度も呼びかけて来るものだから、おなまえはつい可笑しくなってしまい笑みがこぼれた。

「聞こえていますよ」

さあ、彼の望んだとおり「人と天族が共存する世界へ」頑張りましょうか、導師様。


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終末論。
――人々が困窮に、諍いに苦しむ時代。その原因や帰趨を、神や絶対者の審判や未来での救済に求めるのは、どの文化でも必ず見られることである――
導師、スレイ。終末論の中で湧き上がった期待は、彼に課せられてしまった。民衆は過度ともいえるほどの期待を彼に寄せる。長雨を晴らし、疫病を治し、戦で勝利を導いた。民衆から見て人ならざる圧倒的な力は、彼を神格化するに容易く、かつて大陸各地で盛んに行われていた導師「信仰」へと繋がる。
一つの歴史が終わりを迎えるとき。一人の人物が死を迎えるとき。大切な人の死後を考えるとき。再び現世へと舞い戻る転生を願うとき。おなまえは墓標を静かに撫でた。おなまえの眼下に広がるのは、広大な花畑。かつて穢れに満ちた玉座があったその場所は、いまや千紫万紅に彩られている。
終末論の中で、世界の光となり続けた彼は静かに眠り、蒼穹のような青に包まれながら目覚めの時を待つ。


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昔、昔のお話です。導師スレイと旅をしていた天族の一人で、おなまえという天族がいました。心優しく、導師と従士を影ながら支える、そよ風のような天族です。
とある日天族おなまえは、導師たちの心を守るために、彼らにとって大切なとある方を助けようとしました。ですが、おなまえの奮闘むなしく、それは叶いませんでした。かの者はあまりに強かったのです。おなまえ様の力では、捕われた命を助けることができず、おなまえ様はそのまま常しえの闇に飲み込まれ、亡くなってしまったとされています。
その無念を抱えた魂は、今も導師スレイの眠る場所で、導師に許しを乞うている……。故に、ここカムラン一帯には、常にそよ風が吹いているのだそうです。


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元の世界に戻る術は、大きな穢れによって捻じ曲がった世界線を直すこと。カースランド島にいた二人は、時同じくして戻っていっただろう。そして、もう一人の時の旅人も。どうか、元の世界でも幸せに。……なんてエゴなのだろうと思う。彼の世界には、もう守る人も隣にいる人も、誰もいないのに。

「ごめんな、おなまえ」



『制動装置 再起動します』

普段どおり起動を行う。普段どおり身体を起こす。だが、全ての数値は正常値だというのに、どこか体が重い。髪に、色が足りない気がする。10年前に記憶の整頓は終わっているのに、どうして長い夢を見ていた気分なのだろう。僕は、どうして一人ではない気分なのだろう。

どうして、寂しいと思うのだろう。


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「其は白か。其は黒か。汝へと問うは其の刃」

背後から杖槍を構え、歩み寄るおなまえ。その声に呼応するように、どこかでパキ、と音がした。そして、その音を追いかけるように、凄まじい冷気が辺りを駆け抜けていく。

「汝は白、汝は黒。我は白、我は黒」

憑魔を中心に、氷の檻が形成される。内面には巨大な針。さしずめ、拷問器具のような。

「答えはなく、応えはない」

檻の蓋が閉まる。

フロージア・メイデン

憑魔に、幾本もの氷の針が突き刺さった。

「…おやすみなさい」

殺すしかないなら、手を汚すなら、僕しかいない。彼女も正論だった。しかしそれを許すわけにも、憑魔である彼女を放置することも出来ない。だから、どちらかの正義がどちらかを消すしかない。僕は正義という白を纏った黒である。せめて、この世界で穢れることのない僕が、その命と業を背負う。


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「……最後まで弱気だなんて、すみません……」

スレイは喋らなくていいなんて言うけれど、嫌だった。もっともっと話したい。皆のことを、僕が最期にたくさん言葉を交わした存在にしたい。このまま終わるなんて、本当は嫌。世界が霞んで揺らぐ視界。頬に流れるは、何だろうか。

「もっと、みなさんと……笑い…たか……」


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お題:診断メーカー(きみとお別れったー)より「もっと、君と笑いたかったな……」



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