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 ぼくのわたしの、すきなひと




「おなまえ先生、好きです」

目の前でショートヘアの少女が、ばっと頭を下げるのを、僕はただぼんやりと見ていた。

その発端は今から5分ほど前。仕事を片付けた後、家庭科室でいつも通りに作業をしていた僕は、突然入ってきた女子生徒にそう告げられた。男性の僕から見ても、彼女は可愛らしい方だろう。きっとクラスの男の子には好かれているような、いい子だ。けれど、僕から見れば彼女は生徒。僕から彼女への好意があるかはさておき、立場の違いからしても断る他に選択肢がなかった。

「ごめんなさい、僕にはその言葉、まだまだ早いようです」

上手く笑えているだろうか、彼女は結果をわかっていたように唇をかみ締めて、一言謝って部屋を飛び出していった。僕一人になった室内はシン、と静まり返る。付き合ってはいけないという規則はない。だが、彼女に何かあれば間違いなく僕の責任になる。その責任を負えるほど僕は大人ではない。それに、僕には。

「おなまえ先生」

また、誰かが僕を訪ねてくる。今日はやけに、一人にさせてもらえない。顔を上げて振り返れば、そこにはライラ学園長の姿が。エプロンに隠された左胸が、一瞬ずきりと痛む。

「先程、生徒が教室を飛び出してきたのが気になりまして」
「ああ、すみません……」

訳を簡潔に話せば、学園長は微笑ましそうに目を細めた。青春ですわね、彼女にとっては。と告げて。

「おなまえ先生には、誰か好きな方が?」

学園長は教卓の前の椅子に、まるで蝶が止まるように腰掛けた。全ての所作が優雅で、僕には到底届かない存在だ、などと思ってしまう。そして、無論あなたですなどと言えるわけもなく、ただぼんやりと「そうですね」と答えた。先程の彼女の件ではないが、立場が違いすぎる。なんて一方通行なんだろうなぁ、と。
すると、不意に視野が暗くなる。ぼんやりとしていたから気づくのが遅れてしまったが、慌てる視界で何とかピントを合わせる。少し身体を退かせて、やっと目の前のモノにピントが合う。が、今度はその正体に驚いてしまい、背後にあった黒板に強かに頭を打ちつけた。影はライラ学園長そのもので、目の前にあったのは彼女の顔だった。丸眼鏡のレンズ越しに、コバルトブルーの目と目が合う。

「そうですか……。ではきっと、私は片思いですわね」

その言葉の意味を全く理解が出来ないまま、学園長はふわふわと白衣を靡かせながら教室から消えてしまった。どうして、学園長が片思いになる必要があったのか、どうしてその言葉が出たのか。学園長のそれが全く片思いでなかったことを理解したのが、布団に包まり夢うつつに浸っているときだったなんて。





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