とある夜のとある戯れ
「スレイ、ぎゅーっとさせてくださいませんか」
それは宿屋でのこと。久々に同室で休むことが出来た俺とおなまえは、ベッドに腰掛けて装備品の手入れをしていた……はずだった。突然目の前に現れたおなまえは、俺の前に立つやいなや、そう言い放つ。
「ぎゅーって、何?」
申し訳ないことに「さぱらん」状態で。その気持ちをそのまま伝えれば、彼は「えっ、ぎゅーっていったらぎゅーですよ」と、さも知っていて当然のように小首を傾げて答えを返してきた。
「牛の真似?」 「違います!真似して一体どうするんですか……」
当てずっぽうは外れる。アリーシャと初めて出会ったあの日の遺跡探検のときも、そういえばミクリオ相手に思いっきり外した記憶がある。……そう、階段なんてなかった。俺のカンは、当てたいときほど外れるものらしい。一体なんなんだろうか。それを思い出してちょっとだけ眉根が寄ってしまう。
「ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ」 「……め…ても」 「うん?」 「抱きしめてもいいですか、スレイ」
なんだ、抱きしめることか。初めからそう言ってくれればいいのに。ところで、紅玉髄の瞳がわずかに潤んでいるのは何でだろうか。恥ずかしかった……のかな?あまりおなまえは照れたりしないから、こうしてうろたえていたりするのはちょっと新鮮だ。だから彼が握ったままの主導権を、少しだけ自分で握りなおしてもいいかなとか、思ってしまう。
「もちろん!でも……」
俺は目の前のおなまえに抱きつく。自分から抱きつくものだとばかり思っていたようで、この結果は全く予想していなかったのだろう。彼は「えっ」とか「うわっ」とか、情けない声を上げながら対面のベッドへと共になだれ込んだ。
「今日は俺からぎゅーって、させて」
鼻先が触れ合う距離で見つめあいながら、俺はにっと笑う。おなまえの白い肌が一気に真っ赤になるのは本当に面白い。見開いた目を不機嫌そうに逸らしながら、俺の鎖骨辺りに顔を埋める。
「スレイの馬鹿、無自覚、天然、たらし、馬鹿」 「ちょっ、ひどいぞ!馬鹿2回も言った!」
一瞬の間をおいて、同じように笑った。おなまえの吐息がさわさわと首筋を辿って、こそばゆい。 どうかこの笑顔が、俺と離れても穢れることのありませんように。なんて。
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「寝ますか?」 「ご飯まだ」 「じゃあご飯お願いしてきます」 「武器の手入れ終わってない」 「手伝います」 「服の修繕」 「僕が終わらせます」 「み、みんなと作戦会議」 「何のですか」 「……おやつのレシピ整頓」 「終わっています」 「えっと……」 「はいはい。一人で寝ますよ」
(……ごめん) (分かっています。戯れであっても、穢れる真似は控えねばなりませんものね)
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