■ 3(end)


「こんばんは。えへへ、びっくりしたでしょ」

てっきり子供たちだと思って扉を開けた派出須は、そのまま見事に固まった。

え、え、ええっと。えっと、えっと、とりあえず、あれ、ええっと。
すっかり混乱している派出須は、意味をなさない声を上げるだけで精一杯だ。
そんな挙動不審な青年を前にしたなまえは期待通りだと一層楽しそうに笑う。
「ねえ。もしよかったら、玄関まで入らせてもらってもいい? さすがにこの格好で外にいるのは、ちょっと恥ずかしいと言いますか……」
その言葉に改めてなまえの格好へ目をやってしまった派出須は、あまりの姿にくらりと目眩を覚える。
確かにこんな格好のまま外で、それも廊下で立ち話などもってのほかだ。煩く響く動悸の中でなんとか結論を見つけた青年は、大きく開けたドアの内側で必死の思いで頷きを繰り返した。


なまえの格好はナース服だった。ただし専門職のそれとは異なるあくまで"衣装"としての見た目を重視するデザインは、ところどころに赤が使われていて、更に血痕までレイアウトされている。
随分と短いスカート丈だったり細部に配置されているレースだったりと、本来の看護服と比べるとリアリティやストイックさには欠けるものの……なまえに非常によく似合っていた。

「ちょっと派出須くん。笑うでも呆れるでもいいけど、一言くらい言ってもらわないと。さすがの私としても完全スルーは居た堪れないと言うかね……」

無言で凝視していたことに気が付いた派出須は慌てて首を振る。
──笑うとか呆れるなんてとんでもない!
「ご、ごめん! まさかなまえさんだと──しかもそんな格好だなんて思ってなくて……あの、その、そういうのも……似合うね」
「わあ、ありがとう。よかったー、つい調子に乗って着ちゃったけど、こういうのは一度でも我に返っちゃうともう駄目だね。ドアの前で何回深呼吸したことか」

ようやく緊張が緩んだとへにゃりと笑うなまえの顔が、あまりにもくだけたものだったから。彼女に気を許されているのだと自覚してしまい、派出須の心臓がまた大きくどきりと跳ね上がる。
そんな派出須の心を知ってか知らずか、すっかり緊張が解けたらしいなまえは改めてその衣装を見せつけるように背筋を伸ばし……にやりと笑った。

「さあ、じゃあ仕切り直して……。派出須くん、『Trick or Treat?』」


  ***


なまえの姿にドキドキしながらも、じゃあお菓子を……とキッチンを振り返った派出須の動きはけれどもそこでぴたりと止まった。
今この部屋には、お菓子どころか──渡せるようなもの自体が何もない。

「あ、あの、なまえさん? もしお菓子が無かったらどうしたらいいのかな?」
「『Trick or Treat』よ。『お菓子』を渡せないなら、『悪戯』を受け入れるしかないんじゃない?」

"悪霊"は手ぶらでは帰らないからねぇ。なまえが静かにヒールを脱ぐ。
律儀に「お邪魔します」と一声かけた血まみれナースは、ゆっくりと派出須に続く廊下を歩き始めた。


途方に暮れた顔をする派出須とは対象に、なまえはにやにやと笑っている。
まるで、こうなることをわかっていたかのように。


……あれ?
ふと、閃くものがあった。
もっともこの思いつきが当たっていても外れていても、現状には何の変わりもないのだけど。


「ねえなまえさん、その衣装って……どこから……」





『ハロウィンの楽しさがわからんとは、人生の大部分を損しているぞ』

三途川千歳の哄笑が聞こえた気がした。



(2014.10.09)(つまりは全て、三途川先生の愛ある『悪戯』)



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