■ メレオロンの場合 1


一面に広がる山々は、いずれも鮮やかな赤とわずかに混じる緑で覆われていた。
空の青さと雲の白さと相まって、なんとも不思議な光景を作り出している。


いいところに連れてってあげる。
そう言ったなまえが指したのは、地図の左上部に小さく小さく描かれた島国だった。

「この国は行く度に違う顔をしていて面白いのよ。どのシーズンもそれぞれに綺麗なんだけど、私は今頃が一番好きなのよねー」


木や石といった自然のもので作られている家屋も、土の匂いがする街並みも、とにかく国のあちこちに独特の空気が漂っている。
ここ数ヶ月、東ゴルドー共和国を数倍発展させたような国々を見てきたメレオロンには、その空気は懐かしく感じられた。
もっとも、反射的にそう思っただけだ。実際は建築物にしろ土の匂いにしろ、NGLのそれらよりも遥かに洗練されたものであることにすぐに気がつく。

「さあ、ここからは車に乗って観光しつつ、のんびり宿に向かうとしましょうか」
「車……か。なんつーか、あっさり通り過ぎちまうのが勿体ない気もするんだが……宿ってのはそんなに遠いのか?」
メレオロンにしては珍しい反応に、なまえは笑みを深くする。
「そう思うなら、きっと楽しめるって。なんせ、この街の『車』は面白いから」


  ***


これが「車」だよと紹介されたのは、メレオロンの知識にあるどんな「車」とも違うものだった。

ソファに二つの車輪と屋根がついたような不思議な座席で構成されたこの「車」を曳くのは、なんとただの人間だという。
「ね、面白いでしょ。これならゆっくり回れるし、案内もつくし、おまけに小回りも融通も効くの。ロマンと利便性を兼ね備えた、優れた観光手段よねー」
見たまんま人力車って言うのよと続けられるなまえの解説も、メレオロンの耳には入ってこない。
珍妙な乗り物をまじまじと見つめれば、運転手(車夫と呼ぶのだと後ほど教わった)に愛想よく頭を下げられ更に戸惑う。
「……こんなんに、二人で乗って大丈夫なのか?」
運転手は多少は鍛えているようだが、どう見たって一般人だ。そして、俺らはハンターと「蟻」だ。
体力も筋力も自分たちの方があるわけだし、あえて他人を煩わせる必要などないだろう。
そう思って耳打ちしたにもかかわらず、返ってきたのは「やだなぁ、私そんなに重くないって」というどこまでも能天気な声で脱力する。
おまけにそんななまえに合わせて、元気な声で任せてくださいと促されては、もうこれ以上渋るわけにはいかない。
先に乗り込んだなまえと運転手に勧められるまま、車両に足をかける。

こうして、メレオロンの人生初である人力車体験が幕を開けた。



(2014.10.25)



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