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帰宅した派出須が普段通りにぼんやりと時間を過ごしていると、ピンポーンとチャイムが鳴らされた。

新聞の勧誘も、牛乳の勧誘も、宗教の勧誘も、まずは話を聞こうと目を合わせた途端なぜかみな慌てて帰ると言いだしてそれきりになっている。
隣近所の部屋に引っ越しの様子もなかったし、家賃だって滞っていないし、宅配便にも心当たりが無い。ならば一人暮らしのこの部屋に他に訪れる人間など……まあ、当然いないわけで。
住所を知っている者だって、保証人になってくれた三途川先生くらいなものだ。しかも、今まで一度も来訪は無かった。
さて、ならばこれは一体誰だろう。部屋を間違えているのだろうか、と数ある可能性を考え始めたところで、再びチャイムが鳴らされる。
「はい、はい! 今開けます!」

「せーの、『トリック オア トリート!』」
ガチャリと開けたドアの先には、可愛い可愛い教え子たちがいた。
少年たちの姿を認めた派出須の目が、大きく大きく見開かれる。
「さあ先生、お菓子をくれよ!」
「つーか、ここじゃ目立つし。なあ先生、ちょっと玄関借りるな」
胴体部分がカボチャになった服を着た美作が、にかりと笑って手を差し出す。
その横では、黒いマントを羽織った藤が確認もそこそこに一歩を踏み踏み出した。
「……」
「えっと……アシタバ君……?」
「……」
「……それは……ミイラ男……なのかい?」
「……」
包帯でぐるぐる巻きで肌が全く見えない最後の一人は、派出須の言葉に頷きを返す。
一応目の部分に隙間は確認出来るし、呼吸も出来ているようなので問題はないだろう。
だが、なぜそうなってしまったのか。
「ああ。こいつの場合、残ってたのがミイラ男とナース服の二択だったんだよ」
視線に気付いた藤がそっと補足する。
「なあ先生、さっさと菓子くれねぇと。でないと俺たち、なんかすんげーイタズラしちゃうぜ?」
にやりと笑った美作の言葉にようやく趣旨を思い出した派出須は、慌てて部屋の中へと戻った。
「えっと、お菓子お菓子。えーっと……」
「なんだよ先生。菓子の一つも常備してねぇのかよ」
ごそごそと棚をひっくり返す教師の背中に教え子たちは呆れを隠しきれなかった。


「これ、本当は週明けから、保健室に置こうと思ってたんだけど……」
ようやく戻って来た派出須が、満面の笑みで差し出したのは数種類の昆布飴だった。
明らかに期待していない風だった少年たちも、さすがにその袋を見て頬を引きつらせる。
自宅用ならまだしも保健室用に……つまり、利用者である中学生が喜ぶと思って用意したのが昆布飴。絶望的なセンスである。
「つーか……まさか本当にこれしかないわけ……?」
「え、足りないかい? ああ、じゃあそうだ。確かサバ缶とコーン缶もあったと思うから持ってくるね」

うちの奴らでも、もうちょっと気の利いたものを選ぶぞ。
藤がげんなりと口に出した言葉の意味が、派出須に伝わる事は無かった。


  ***


結果的に多くの(おおよそ世間のハロウィンの認識とはほど遠い)戦利品を抱えることになった少年たちは笑顔で帰って行った。
まあ、内一人は相変わらず言葉を発しないどころか表情も見えなかったのだけれど。
この後どうするのと聞いた答えこそ濁されたものの、楽しんでいるようならなによりだ。
先ほどまでの賑やかさを思い出し、派出須の口には微笑みが浮かぶ。
「まさか、うちに来てくれるなんて」
可愛い可愛い教え子たちが、ハロウィンの訪問先に選んでくれたのだ。
これが嬉しくないわけが無い。
「今日来るって知ってたら、もっと色々用意していたのになぁ」

それにしても、こんなにハロウィンが浸透してただなんて。
そうだ、来年は保健室にカボチャを飾ってみようか。ベッドの上にモビールを吊ってみるのもいいかもしれない。
保健便りのイラストもハロウィン仕様にしてみれば、今年の紅葉のイラストより華やかになってより多くの目に留まるだろうか。


ピンポーン


来年の構想を練ることに夢中になりかけていた派出須の意識は、またも鳴ったチャイムにより呼び戻される。
なんだろう。また来客だろうか。とはいえ、こう来客が続くことなど滅多に……そこまで考えてある可能性に辿り着く。
「さては、何か忘れ物をしたのかな。それとも、途中で袋が破れてしまったとか……ああ、それは大変だ」


「おまたせ。どうしたの………って、え、ええ!?」

「『Trick or Treat?』」

扉の向こうには、予想だにしない人物が立っていた。



(2014.10.09)



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