■ 5(end)


静かな部屋に、ぴちゃぴちゃと何かを舐め取る音だけが響いている。

初めての吸血行為から、もう何回目だろうかと笹塚はぼんやりと考えていた。
結局、「機構」が復活して血液の安定供給が再開しても、なまえは笹塚からの吸血を続けていた。
より正しく言えば、笹塚が望んだのだ。どこの誰だかわからないような血の提供者に、嫉妬したと言っても間違いではなかった。


  ***


「どうせ要るのなら、また俺のを飲めばいいじゃない」

何気ない風を装って笹塚が口にした申し出に、けれどもなまえは盛大に首を振った。
「いやいや、あれは本当に非常事態だったからだし。それに、あの時ですら笹塚さんに頼むか他に行くか、凄く悩んだもん!」
「……え、それ聞いてないけど。っていうか何、浮気ってこと?」
「え……ち、違う! その……そっち系の知り合いに頼み込んで、奥さんとか恋人からちょっともらう、みたいな……とにかく、浮気じゃない!」
「ふぅん……じゃあまあ、それはそれでいいけど」
そう。仮定の話ならべつにいい。事実としてなまえは笹塚を選んだのだから。拒絶に怯えながらも、それでも笹塚を頼ったのだ。

「まあでも、生で食べるものなら何だって新鮮な方がいいだろうし」
「だ、か、ら。笹塚さんから吸わせてもらう気は、無いんだって」
「いいじゃん。なまえだって俺の血、美味いって言ってたし」
笹塚としてはもっともな理屈を口にしているつもりだったが、なまえはそうは思わなかったらしい。心底呆れたと、大きな溜息が返される。
「あのねぇ。常にぶっちぎりで血が足りてなさそうな人が、何言ってんのよ。そういうことはね、献血出来て初めて言える言葉なんだから」
AB型のRh-にも関わらず、献血を断られる。実は密かに気にしていることでもあったので、さすがの笹塚としてもカチンとくる。
「……なるほど、わかった。じゃあ今から献血してくる」
「……やめなさいって。余計な手間とストレスを受ける、職員さんの方が気の毒だから」
「じゃあ、献血の代わりになまえにやる」

そんな平行線をたどるやり取りは、あまりの頑固さに根負けしたなまえが折れた事により、ようやく終了したのだった。


  ***


ベッドサイドに腰掛ける笹塚の上に、なまえが乗る。
笹塚の方は血を吸われる事への恐れも怯えも不安もすっかり無いというのに、相変わらずなまえはこの対面座位での吸血を好んだ。
この体勢に加えて、吸血中の甘い感覚である。ともすれば、大いに下半身への働きかけられるのだが……残念ながら事後は貧血でそれどころではない。
吸血行為を終えたなまえを押し倒す為のベッドではなく、給血行為を終えた笹塚がそのまま休む為のベッドだった。

「じゃあ、あの、いただきます」

声に続いて、ちくりとした刺激が首にやってくる。
その僅かな痛みはすぐに消え、次にやってくるのはふわりとした心地よさである。
半ば無意識の中で、笹塚の手は知らずになまえの頭を撫で、背中を撫で、抱きしめていく。
「あの手が凄く好きだから。だから、この体勢がいいの」
ある時なまえに言われたことで、ようやく笹塚は夢見心地の自分が何をしているかを知った。

さすがにそろそろ吸血行為に慣れてもいいだろうに、なまえは相変わらず下手だった。
少なくとも、映画やマンガで得た知識としての吸血シーンのどれよりも、なまえの吸血行為はもどかしいように笹塚には思えた。
なにせ、溢れてくる血液の量に口が追いつかず、咽せるなんて間抜けなことになっている吸血シーンになど、初めて遭遇した。
まあ、それでも。傷から流れ出る……というより浮き出る程の少量の血液を、ゆっくりと丁寧に舐め上げていた最初から比べれば、随分と上達してはいるか。

「ふぅ、満足満足。ごちそうさまでした」

嬉しそうに笑うなまえを、今度こそ意識した上でしっかりと抱きしめた笹塚は、そのままばたりとベッドに倒れ込んだ。



(2014.10.09)



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