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「あーあ、よかったぁ。笹塚さんが逃げないでくれて」
二人でソファに座っていると、言葉と共にこつんとなまえの頭が笹塚の方に倒れてくる。

あんな風に言ってはみたものの、本当はずっと不安で……嫌われたり怖がられたりしたら、どうしようかと思ってた。
その声が震えていることに気づいてしまった笹塚は、そっとなまえの肩に腕を回した後、意識して強く引き寄せる。
「ずっと、隠しとくつもりだった?」
「……だって、普通なら信じないでしょう?」
私が吸血鬼です、なんて。
困ったように言われて、改めて考えてみる。なるほど、それもそうだとすぐに納得した。「普通」なら、相手の正気を疑うだろう。
今日の自分が意外とすんなりと受け入れられたというは、人間離れした連中との縁が何故か絶えない仕事での経験が大きい。
ちなみに、その「人間離れした連中」の筆頭はもちろんあの助手である「魔人」である。

歌で人間の脳を揺らして行動や思考を操る「人間」だとか、植物や水を自在に操る「人間」だとか、鋼かつ底なしの胃袋を持つ「人間」だとか。
それに比べてなまえの場合は、血を吸ったからといって、羽が生えるわけでも蝙蝠になるわけでも、それどころか何か特殊能力が使える事も無いらしい。
長い年月に渡り人との婚姻によって薄まった血は、なまえくらいの代では年に数回、他者の血液を必要とする程度にしか作用しないのだという。
前述の「魔人」や「人間」に比べれば、なまえの方がずっと、笹塚の知る「人間」の条件を満たしている。


「次は、いつ頃そうなりそうなの?」
なまえが言うには、著しい体調不良と言うかたちで身体は血液の必要性を訴えかけるという。
食物からどれほど栄養を接種しても、どれだけ休んでも、血を口にしないと治まらない不調。
最初は目眩や軽い疲労感から始まるそれは、放置しておくと極度の衰弱や死に繋がることもあるらしい。
何の気無しに尋ねたつもりが、なまえには違うように受け取れられたようで、慌てた声が返される。
「まあ、三ヶ月くらい先かと思うけど……大丈夫! その頃には『機構』も機能してるだろうし、笹塚さんからもらうのは今回だけだよ」
「……ああそうか。いつもそこから血をもらってたんだっけ」

人に噛み付いた事の無い吸血鬼。
そんな彼女がどうやって今まで生きていたのかというと、それはつまりその「機構」のおかげだった。
今を生きる吸血鬼の為に作られたその「機構」は、各地域に拠点を構え、各々の需要に応じて血液を供給することを主目的としながら、
婚姻などによって吸血の相手を固定した者の登録や、やんちゃが過ぎる「キレた吸血鬼」への指導なども行い秩序を守っていたという。
なまえの元にも、本来なら二週間前には今期の血液瓶が届いていた筈なのだが……不幸な事に、その直前に東京をあの災害が襲った。
もっとも、魔人や女子高生探偵からの話を聞いていた笹塚にとって、それは「天災」とは到底呼べないテロだったのが。
正直、それを聞いて苦々しく思った。まさかなまえのところにまで、奴らの一件が影響を与えていたとは。


「ねえ、いつも飲んでた血液って、どんなのだったの?」
不意に、そんなことを尋ねてみたくなった。
別に、犯罪の匂いを感じた等ではなかったのだが……責められていると感じたのか、なまえはびくりと身を硬くしてしまう。
「えーっと。牛乳瓶みたいに一回分が入って配送されるだけで、誰の血かとかはわかんなかったけど……」
「ふぅん。……美味しかった?」
「え、ええ。まあ。そりゃあそこそこ美味しかったけど……えっと、本当に、突然どうしたの」
不安そうに見上げる視線に、怯えさせてしまったなとすまなく思った笹塚は、その頬に軽く口づけて悪戯めいた顔で笑いかける。

「別に。ただ……俺の血より美味しかったって言われたら、癪だなぁって思っただけ」



(2014.10.09)



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