■ 3


「よしオッケー。これで今度こそ大丈夫!」

ぱたりと携帯を閉じたなまえは、嬉しそうに笑うといそいそと笹塚の上に戻って来た。
「何見てたの?」
「ん? ああ、吸血初心者へのハウツーページ。絵もついててすっごくわかりやすかった」
……そんなものがあるのか、世の中ってのは広いものだな。
カルチャーショックを隠せない笹塚を気にする様子も無く、なまえはよいしょと吸血に向けて姿勢を整える。

「じゃあ……いただきます」

今までの力任せの噛み付きとは異なる、ちくりとした痛みが笹塚の首を痺れさせた。
なるほど……と、先ほどのなまえの言葉を思い出した笹塚は、一人得心していた。
確かに痛みは一瞬で、すぐに痛み自体は消え失せ……変わりに心地いいようなむず痒いような、不思議な感覚が広がり始める。

静かな部屋の中。さらにぼんやりと霧がかかったような頭の中に、ぴちゃぴちゃという音だけが響く。
溢れ出ているだろう血液を舐めとり、こくりこくりと喉を鳴らすなまえが、今一体どんな顔をしているのか。
それを見られないことが、一番残念だなとぼんやり思う。


  ***

どれくらい、そうしていただろう。
はぁぁとやたらに色っぽい声を上げてなまえが顔を上げたことにより、ようやく笹塚の頭からも霧が晴れる。
「ごちそうさまでしたー。あー美味しかったー。生き返ったー」
それはよかったと立ち上がりかけた笹塚だったが、すぐにぐらりと目眩を感じて尻餅をついてしまう。
「あ、だめだよ。献血一回分くらいはもらっちゃったし、ゆっくりしてないと」
慌てて台所へと消えたなまえが再び現れた時、その手には野菜ジュースが握られていた。


「どうだった? やっぱり、痛かった?」
鉄分と水分と栄養、歌うような言葉と共に手渡された野菜ジュースのストローを加えていると、不安そうな眼差しと目が合った。
「いや、別に。今回は確かに、痛いっていうより麻痺した感じだったし」
むしろなんだか、そういう具合に気持ちよくて……なんて感想は、さすがに言わなくてもいいだろう。
変わりに、先ほどより明らかに顔色も肌つやもよくなっているなまえに聞き返す。
「そっちこそ、どうだったの」
「え、何が?」
「俺の血。ちゃんと足りた?」
「うん。ありがとう! すっごく甘くて美味しかったし、すっごく元気出た!」
花が咲くような、という表現を思い浮かべてしまう程に幸せそうに笑うなまえに、笹塚の頬もつられて緩む。
「なら、よかった」

「でもやっぱり人から直接飲むのは難しいねー。一気に血が出ると溢れて飲み込みにくいし、なかなか上手く出来なくて焦っちゃったよ」
「ああ、そう言えばそんな感じだったな」
朧げな意識の中でも、最初の方のなまえがじっとしていなかった事くらいは覚えている。
「だから、血の量をうんと減らしてみてね。吹き出すんじゃなくて浮き出るくらいにして、その度に舐める事にしたら……これが大正解!」

私って頭いいと笑うなまえには悪いが、どう聞いてもそれは……吸血鬼にしては下手な飲み方だと思うのだが、実際どうなのだろうか。



(2014.10.07)



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