■ 2


「じゃ、じゃあ、噛むね!」

さあ吸えと言うようにフローリングにあぐらをかいた笹塚の上に、よいしょっとなまえが腰を落とした。
笹塚の裸の肩にぐるりと手が回されると、一気に二人の距離は無くなる。
裸の胸板にやわらかなふくらみを押し付けたなまえは、そのままそっと首へと唇を寄せる。
「……なまえ、ちょっと待って」
「え、どうしたの? あ、やっぱり嫌になった?」
「そうじゃなくて……あのさ、首を噛むのになんでこの体勢なの」
今の笹塚は、上半身を脱いだだけだ。なまえだって服を着ている。
だが……だからといってなぜ、よりにもよって、対面座位の姿勢をとるのだ。
思わずどきりとしてしまうじゃないか。焦る内心を隠して笹塚が言えば、なまえはあっさりと返す。
「後ろから噛まれるのって、捕まったみたいで怖くない? でもこれなら、嫌だったら押し退けられるでしょ」
つまりは、なまえなりに笹塚を気遣っての行動らしい。

伸し掛かる重みと、服越しに伝わる体温と、顔の横の頭から漂ってくるシャンプーの香りと、興奮の為か荒い息遣い。
それらは今から行われる「吸血」のためのものだが、むしろ全く別の行為を思い起こさせる。
複雑な思いを抱えながら、首筋にかかる吐息を受けて笹塚はそっと目を閉じた。

「痛かったら、言ってね」
「……やっぱり、痛いものなの?」
「え……どうだろう。多分、大丈夫だとは思うけど」
一度噛んでしまえば、唾液だか消化液だか、なんかそんなので痛みは感じなくなる筈だし。
「なんかそんな」「筈」って……自分の事を話しているとは到底思えない不明瞭さに、笹塚は一抹の不安を覚える。


  ***


……がぶり!
……がぶり……がぶり、がぶがぶ!

「なまえ、言いたくないけど……さすがに、そろそろ痛い」
感じるのは痛みばかりで、いつまで経っても麻痺がやってくる気配はない。
それどころか、皮膚に牙が刺さる気配も、血が抜き取られる感覚もない。
「あれーおかしいな。首に近づいたら犬歯が使える筈なのに……。ごめん、うーん、やり方が違うのかなぁ」
「……ちょっと聞きたいんだけど。こういう吸血って、何回くらいしてきたの?」
「やだなぁ。さっき言ったでしょ、これはあくまで緊急事態なんだって」
「ねえなまえ。もしかして……」
「そりゃ、初めてに決まってるじゃない。あ、でも、うんと子供のころに反射で一回したことが……あった……かも……?」
うーんと考え込む姿は可愛いものだが、生憎今はそれどころではない。
まさか、吸血鬼だと言った本人が吸血行為に慣れていないなど。一体どういうことだ。

「大丈夫! 初めてだけど、痛くしないように頑張るから! 優しくするから!」

初めての彼女にがっつく高校生男子のような台詞でなまえはフォローを試みるが、その言葉に笹塚の不安は一層濃くなる。
いやもう既に痛かったし。比較出来るような相手も当然ながら知らないけれど、きっとお前は下手なんだろうし。
そんな言葉を飲み込んで、色々諦めた笹塚はこう口にした。

「……もう一度、今度はゆっくりやってみなよ。焦らなくてもいいから」



(2014.10.05)



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