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「仕切り直し、かなあ」



 これはデートじゃない。そんな、恋人同士がするような甘ったるい名前のそれではないのだ。私は自分に何度もそう言い聞かせていた。
 白いブラウスに花柄のロングスカート。はしゃぎすぎている感じを出さず、かといって適当すぎるわけでもない無難なコーディネート。首元が大きめに空いたVネックをチョイスしたのは、少しぐらい露出していた方がその後の展開に持っていきやすいかなあと思ったからだ。
 そう、私達は恋人じゃない。たぶん、セフレ。もしかしたらフレンドでもないかもしれない。それぐらいの希薄な関係。だから私は、そういうつもりで過ごしていた。まるで、深入りしすぎて自分が傷付くことから逃げるみたいに。
 それなのに彼ときたら、カフェでランチを一緒に食べた後で買い物に付き合ってほしい、なんて健全すぎるプランを提供してきたものだから、私は驚きを通り越して呆れてしまった。しかも挙げ句の果てには「デートじゃねぇの?」などと言い出す始末。全く手に負えない。
 もしかしたらそういうムードを作り上げることで気分を高めようという魂胆なのだろうか。確かに「デート」と思うと気持ちはふわりと浮き上がるけれど、現実を目の当たりにするとその落差にヘコんでしまうから、やっぱり私は「デート」とは思わない方が良いと思った。これも自己防衛だ。

 さて、カフェで「デート」についての会話をしてからというもの、彼は明らかに元気をなくしていた。私の勘違い…だと思いたいのは山々なのだけれど、彼が思っていた以上に分かりやすい性格をしているものだから、勘違いで済ますことができず困っている。
 捨てられた子犬のよう、と言えば、今の彼の様子が想像しやすいだろうか。もしも彼の頭に犬の耳があったら間違いなくしょんぼり伏せられているだろうと思わせるほど、テンションが下がっていることがありありと分かる。
 それを鬱陶しいと思わずに可愛いと思っている私は、きっと、否、確実に、彼に好意を抱いてしまっている。そんなこと分かっているのだ。だから私は、セフレでもいいと妥協している。そして、一生懸命、自分が傷付かないように努力している。それを彼は分かっていない。

「電気くん」
「んー?」
「買い物は…?」
「よく考えたら、なまえちゃんを無理矢理付き合わせてまで行く必要ないかなーって思って」

 私達はショッピングモールとは反対方向、つまり待ち合わせ場所の方に向かって歩いていた。合流して、ランチを食べて、たったそれだけのことしかしていないものだから、まだ昼の一時にもなっていない。そんな、太陽が元気に活動している真っ最中の時間帯に、買い物ではないとしたら彼はどこへ行くつもりなのだろうか。ていうか私、買い物に付き合うのが嫌だなんて一言も言ってないんだけど。

「買い物に付き合うの、嫌じゃないよ」
「うん、ありがと」
「無理してるわけでも、気を遣ってるわけでもないからね」
「うん」

 変な誤解をされるのは嫌だったから、これでも少し勇気を振り絞ってきちんと気持ちを伝えたというのに、彼の返事はどこかふわふわしていて、心ここに在らず、といった様子。私の言葉は信じられない、もしくは何を言われようと興味がない。そんな感じ。
 そうだよね。私達、心まで繋がる必要ないもんね。自分で自分に言い聞かせた言葉で、胸がぎゅっと締め付けられる。でも、突然元気がなくなったら心配になるし、さっきみたいに笑ってくれないかなって思っちゃうじゃん。
 彼が「デート」という響きにこだわる理由はよく分からない。私が、今日のこれは「デート」ではない、と言ったからといって元気をなくしている理由も。その部分だけを切り取ってみたら、まるで彼は私と「デート」というものがしたかった、あるいは、しているつもりだった、ということになりそうだけれど、まさかそんな都合の良い展開にはならないだろう。
 そうこうしているうちに駅まで辿り着いた私達は、改札口のすぐ近くで足を止めた。ほんの少しだけ前を歩いていた彼がこちらを向く。色素の薄い茶色い瞳はどこか物憂げに私を見つめていて、先ほどとは違う胸の痛みを感じた。目が、逸らせない。まるでそういう“個性”を発動させているみたいだ。

「帰る?」
「えっ、もう?」
「なんか俺が一方的すぎた感じするし」
「…私が、今日のこれはデートじゃない、って言ったからそんな風に思ってるの?」
「なまえちゃんは優しいから俺の相手をしてくれてたんだと思うけど、優しさで付き合ってくれてるだけなんだって思ったら、正直、傷付いたっていうか」

 傷付いた。そう言った時の彼の顔は少し歪んでいて、確かに傷付いているのかもしれなかった。けれど、彼と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に、私だって傷付いている。現在進行形で。
 私が優しい? だからお情けで相手をしてあげている? そんな風に思われるなんて心外だ。私は私の意思で彼と一緒に過ごそうと決めた。彼のためじゃない。私のためにそうすることを決めたのだ。たとえその関係がどれだけ浅ましいものであっても構わない。そこまで決意して今日を迎えた。
 それなのに彼ときたら、そんな私の気持ちを無にするようなことをさらりと言ってのけただけでなく、ご丁寧に「傷付く」という言葉まで添えてくれたではないか。俺は本気なのに、みたいな言い方をして、悲劇のヒロインならぬ悲劇のヒーローみたいに立ち振る舞って、本物のヒーローが聞いて呆れる。
 私は彼を睨みつけるように見つめ返した。その視線の鋭さを感じて、漸く彼は自分がまずいことを言ってしまったということに気付いたようだけれど、もう遅い。こっちだって傷付いたのだ。今日はもう、本当に何の相手もしてやらない。セフレだけど、実はちゃんと可愛い下着だって着けてきたけど、セックスなんかするもんか。

「私は、自分が嫌だと思ってる人と二人で出かけてあげるほど優しい女じゃない」
「え、」
「ちゃんとそれなりに覚悟してきたのに」
「覚悟って、」
「帰る」
「ちょ、ま、なまえちゃん、待って!」

 先に「帰る?」と提案してきたのは彼のくせに、いざ私が帰ろうとすると手を掴んでくるとは一体何事だ。矛盾している。けれどもその手を振り払えないのは、彼の力が強いからじゃなく、私に彼を拒絶するつもりがないからだ。私も大概、矛盾している。
 できるだけ不機嫌さを露わにして「何?」と問いかけてみれば、彼は再び「待って」と同じセリフを繰り返した。待って、どうするのだろう。こんなギスギスした空気で、これから一体何をどう修復するというのだろう。そもそも、修復するほどの関係でもないくせに。

「ごめん。俺、今日すげー楽しみにしてて」
「…うん」
「昼飯の店もめちゃくちゃ調べたし」
「そうなの?」
「でもそこまで気合い入れてんのってカッコ悪いじゃん?」
「……そんなことないと思うけど」

 もう逃げるように帰るつもりはなかった。その考えは彼にも何となく伝わったのだろう。掴まれていた手が離される。彼に背を向けかけていた私はゆっくりと向き直り、話し合いの姿勢を表した。

「私のために調べてくれたのは、普通に、嬉しい」
「マジで?」
「うん」
「引いてない?」
「うん」
「デートだって浮かれてたのに?」
「それは…」

 それは引くというより、戸惑ったというか、狼狽えたというか、意味が分からなかったというか。何と言うのが適切か分からず言い淀んでいる私を見て、彼は居た堪れなくなったのか、「いいです、俺が浮かれすぎてました、引かれても仕方ないです、ごめんなさい」と強引に会話を終了させた。私、引いたとは一言も言ってないんだけどな。
 やや喧嘩越しになっていた数分前より些か空気は軽くなったような気がするけれど、それでも元通りというわけにはいかない。これからどうするべきか。悩み始めるより先に「あのさ、」と声をかけられた私は、顔を上げたことによって、またもや茶色い瞳に捕らわれた。

「デート、しませんか」
「……いいよ」

 断ることなんてできなかった。そんな、縋り付くような、懇願するような目で見つめられたら、私じゃなくとも断ることはできなかったと思う。これからの時間は、「デート」。だからってそれまでと大きく何かが変わるわけじゃない。それでも私達にとっては、大切な違いだった。
 ねぇ電気くん。さっき私が言ったこと覚えてる? デートは恋人同士がするものだって、そう言ったよね? 私達はこれから恋人になるのかな。なれるのかな。それを確認できるほどの勇気は、私にはなかった。


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