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「頑張るって難しいわ」



 あの日のあれは、結果的にデート…になったのだろうか。俺にはなまえちゃんの思考が全く読めないままだった。

 ランチの後、俺はあからさまに超絶ヘコんでいた。なまえちゃんも、俺のヘコみようには絶対気付いていたと思う。というか、もはや「気付いてください、俺めちゃくちゃヘコんでます」って感じだったといっても過言ではない。だからなまえちゃんは俺を気遣うような声をかけてきたのだろう。
 それなのに俺ときたら、折角なまえちゃんが気を遣ってくれたというのに、あまりにもストレートすぎる言葉を吐き出して嫌な気分にさせてしまった。
 なまえちゃんの「これはデートじゃない発言」が、なまえちゃんの気持ちを気遣えなくなるぐらいショックだったと言えばそれまでだが、意中の女の子の気分を害させたままさよならなんてダメだと我に返ることができたのは、救いだったと思う。
 正直に浮かれ気分だったことを打ち明けてしまったから引かれた可能性は大いにあるが、「デート」の申し出を断られなかっただけマシだと考えるしかない。きちんと「デート」になりきれていたのかは分からないが、とりあえずウィンドウショッピングをすることはできたし、最近巷で話題のタピオカミルクティーの行列に並んでいる間も普通に会話することができたのは大きな収穫だったと言えよう。
 ただ、少し早めの夜ご飯を食べた後で「今度こそ、そろそろ帰ろっか」と言った時のなまえちゃんの表情が驚きの色を表していた気がするのだが、それはなぜだろうか。大人にしては随分と早い解散時刻だったから「もう帰るの?」と思われたのかもしれない。俺だって、せめて夜景なんかを見て良い雰囲気になってから「デート」を締め括りたかった。
 しかし、仕方がなかったのだ。時刻が遅くなればなるほど、深層心理の中で夜のあれやこれやを意識し始めてしまって、なんならいい雰囲気になったらこのままホテルとか俺の部屋に連れ込めるんじゃないかって、最低な考え方をしてしまいそうな自分がいたから。いい雰囲気にはなりたかった。けれど、いい雰囲気になったらいけなかった。だから、あれで良かったのだと思う。
 そういえば訊きそびれてしまったが、なまえちゃんは何を覚悟して来たのだろう。「ちゃんと覚悟してきたのに」って、あの時なまえちゃんは確かにそう言った。それは聞き間違いじゃないと言い切れる。しかし、俺なんかとのデートで覚悟しなければならないことってなんだろう。デートが終わった日の夜、俺はそのことについて悶々と悩み続けていたが、答えには辿り着けぬまま眠りに落ちていた。



「で、どう思う?」
「どう思う? って訊かれても…」

 デートの翌々日の月曜日。夜八時。仕事終わりに高校時代からの友人の家に押し掛けたらひどくうざったそうな顔をされたが、「帰れ」と言わずに招き入れてくれるあたりイイヤツだよなあと思う。
 その家の主である瀬呂範太は、冷蔵庫から取り出したビールを飲みながら俺の一方的な相談を一通り聞き終わった後、あからさまに困り顔をして見せた。事細かに説明したつもりだが、何か不明なところがあっただろうか。それとも俺の相談内容はそんなに答えようのないほど難しいものだったのだろうか。
 瀬呂は学生時代から、結構色んなヤツの相談に乗っているイメージがあった。俺は勿論のこと、切島、緑谷、女子達からも簡単な相談を持ち掛けられていたような気がする。
 ひどい言葉を投げつけられることはまずないし、親身になって話を聞いてくれる。だらだらと説教染みたことを言うことはなく、確信めいたことだけをずばっと言ってくれる。そういうところが、相談役に適しているのだと思う。

「上鳴はその…なまえちゃんだっけ?」
「瀬呂はみょうじさんって呼べよ!」
「分かった分かった。で、上鳴はなんでそのみょうじさんに、好きです付き合ってください、って伝えてねぇの?」
「始まりがあんなんだったから、今好きですって伝えたら絶対に身体目的だと思われるっしょ? 俺は本気でなまえちゃんと付き合いたいと思ってるわけ。告白するタイミングがめっちゃ重要なんですよ。お分かり?」
「それは分かるけど…気持ちを伝えた上で誠意を見せるってのはダメなの?」

 ほら。こうして的確にアドバイスをしてくれるから、昔からつい頼ってしまうのだ。恋愛経験もそこそこ豊富で、現在付き合い始めて半年が経ったという彼女持ちの男の言葉は、説得力があった。
 瀬呂の言うことは分かる。先に気持ちを伝えてしまって「返事は今じゃなくていいから俺の本気を見ててくれ!」とカッコいいことを言ってみたいという気持ちがないわけでもない。
 が、もしそれでデートの誘いすら受けてもらえなくなったらどうする? チャンスすら与えてもらえず失恋してしまうかもしれない。そんな事態だけはどうしても避けたかった。
 今までの女の子だったら「それでもいっか」と思っていたかもしれないが、今回は違う。なまえちゃんはどうやっても落としたい、俺が人生で初めて本気で好きになった女の子なのだ。なんで、とか、どうして、とか、そういうことは説明できない。身体の関係から始まったことによる責任感みたいなものを感じているんじゃないかと思われてもおかしくないだろう。
 しかし、何度も言う。俺はなまえちゃんのことを本気で好きだと思っている。それは揺るぎようのない事実だ。だからこそ、今俺はこんなにも必死になっている。どうやったらなまえちゃんの気持ちを射止めることができるか。瀬呂先生に教えを乞うているのだ。

「そもそもさ、最初にホテルに行ったのって向こうから誘ってきたからじゃん? みょうじさんも少しは上鳴に気があると思うけどなあ」
「あれはお互い酒の勢いとその場の雰囲気に流されただけだって…たぶん」
「じゃあ上鳴はみょうじさんのことを、他の合コン参加者とでもホテルに行けるような子だと思ってるってこと?」
「それはない! そういう子じゃない! …と思う…」
「上鳴だって、みょうじさん以外の子に誘われても行かなかっただろ?」
「それは……分かんねーけど」
「おい。そこはしっかり断るって言えよ」

 割とマジのチョップをされて頭がぐらぐらした。が、確かに瀬呂の言う通りだ。なまえちゃんのことが本気で好きだと主張しているくせに、他の女の子に迫られたら断りきれないかもしれないと思っているなんて、これじゃあ「本気」が聞いて呆れる。
 俺は押しに弱い。これはたぶん悪いところだ。ちょっとでも甘い言葉を投げかけられて、少し色っぽい誘惑をされてしまったら、ころりとそちらに転がって行ってしまう。据え膳食わぬは男の恥、とはよく言ったもので、少しでも自分に気があるならいいじゃないか、とすぐに飛びついてしまうのだ。
 この性格のせいで、歴代の彼女との関係はあまり長続きしたことがない。幸いにも仕事でハニートラップに引っかかったことはないが、いつか引っかかりそうだなと思っている時点で、俺は結構なダメ人間だ。きちんと自覚はできている。が、改められないのが更に問題だ。

「本気なら応援はする。けど、それならそれでしっかりしろよ」
「分かってるって」
「とりあえず、嫌がられない程度にデート繰り返してみれば? だんだん距離縮まってくるかもしんねーし」
「はぁ…心折れそう」

 センスのいいお洒落な机に項垂れる俺に「まあ頑張れ」と、あまり心のこもっていない感じのエールを送ってきた瀬呂が、ぐびりとビールを喉の奥に流し込む音が聞こえた。自分は彼女と順風満帆だから他人事だと思っているのだろう。まあ他人事なんだけど。
 「頑張るっていつまでだよ」と心の中で呟きはしたものの、声には出さなかった。だってそんなの、なまえちゃんと付き合えるまでかこっぴどくフラれるまでのどちらかしか選択肢はないのだから。


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