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「初デート、じゃない?」



 なまえちゃんをデートに誘った。俺としては結構勇気のいる行動だった。連絡先を交換した時の雰囲気的に断られるだろうなという覚悟もしていた。しかし予想に反して、なまえちゃんからは嬉しい了承の返事が来たわけで。ここ数日の俺は、そりゃあもう浮かれ気分だった。先輩に「お前絶対何かいいことあったろ」と指摘される程度には分かりやすく。
 そんなこんなで、土曜日の午前十一時。なまえちゃんとの記念すべき初デートに相応しく、今日は快晴。季節は春を少し過ぎた五月中旬で、暑くもなく寒くもなく、心地良い風が吹く素晴らしい気候だ。
 俺は時間にルーズな方で、待ち合わせとなると時間ギリギリか、少し遅れるかも、ぐらいに到着することが多い。しかし何度も言うように、今日は意中の女の子であるなまえちゃんとの初デートの日だ。間違っても遅れるわけにはいかない。俺は珍しく、目覚ましが鳴るよりも早く布団から飛び起きた。
 仕事の時よりもきっちり髪をセット。白地のシャツに七分丈の黒ジャケット、ジーパンというシンプルなスタイルにしたのは、それなりに落ち着いた男に見えたらいいなという期待を込めつつ、無難な格好であれば嫌われはしないだろうという保守的な思考が働いたからだ。
 人は中身が大事だという戯言を聞いたことがあるが、俺は結局のところ第一印象は見た目が大事だと思う。失礼な話だが、俺はなまえちゃんの可愛さに一目惚れした。つまり、外見で好きか嫌いかを判断したということだ。勿論、その後の会話や空気を知ってより一層惹かれたことは間違いないが、最初は見た目から入ったわけである。
 となると、女性側だって少なからず見た目のチェックから入るのが当然だろう。第一印象がどうだったかは分からないが(身体を許してくれたということは完全にアウトだったわけではないと思いたい)、このデートでドン引きされるような事態だけは回避したい。そんな感情から選んだのがこの格好である。必死すぎると笑いたければ笑いやがれ。俺は大真面目なのだ。

 指定時間の十分前。俺にしては上出来すぎる時間に待ち合わせ場所に到着した。待ち合わせ場所は、連絡先を交換したところの最寄り駅。ショッピングモールが近くにあるし、電車に乗れば少し遠出もできる。初デートには打って付けだと思って選んだ場所だ。
 土曜日ということもあって、駅前は人が多い。俺は、どこで待ってたら分かりやすいかな、と考えながら、とりあえず花壇のレンガの縁に腰かける。待つのは嫌いじゃない。が、今日はあまり長い時間待っていられる気分ではなかった。時間が経てば経つほど、もしかしたらすっぽかされたのかも、という思考に陥ってしまうからだ。いや、まだ待ち合わせ時間にもなってないんだけど。それに、なまえちゃんがそういうことをするような子とは思えないし。兎に角、今はひたすら来ることを信じて待つしかない。
 携帯を取り出して画面をタップ。連絡はないから遅れるって感じはなさそう。でも待ち合わせ時間まで残り五分。もう着いて待ってるよって一言連絡しておこうかな。そう思って再度携帯の画面に指を滑らせた時だった。

「電気、くん?」
「へ、あ、なまえちゃん…!」

 澄んだソプラノ。いや、テノール? どっちでもいい。兎に角俺は、その澄んだ声の持ち主がなまえちゃんだということが伝えたかっただけなのだ。
 なまえちゃんの顔を見上げている俺は、さぞかしだらしない表情を浮かべていることだろう。引き締めたいのは山々なのだが、なまえちゃんがここに来てくれたという、ただそれだけのことで嬉しさが込み上げてきて、どうにも表情筋が上手く機能してくれないから、俺の頬は緩みっぱなしだ。自覚はある。

「ごめん、待たせちゃったね」
「俺も今来たとこだから」
「それ、結構待ってた人がよく言うセリフだよね」
「いやマジマジ! 五分ぐらいしか待ってない!」
「それならいいんだけど」

 俺は勢いよく立ち上がりながら本当のことを伝えた。しかしなまえちゃんは信じてくれたのかどうか微妙な反応だ。でも、まあいい。マイナスな印象を与えていないなら、何でもいい。
 なまえちゃんは白いブラウスに花柄のロングスカートという女の子らしいファッション。ブラウスがVネックだから鎖骨が綺麗に見えてグッとくるものがある。…などと思ってはいけない。今日は普通に、健全に、デートを楽しむことが目的なのだ。合コンの日のようなことは絶対に繰り返さないと心に誓っている。邪念を振り払え、俺。
 そんなことを思いながらも完全に煩悩は振り払えない。俺は無意識のうちに、その可愛らしい格好に心を奪われていた。が、「どこに行くか決めてるの?」と尋ねられて漸く我に帰る。そうだ、この日のために色々とリサーチしてきたじゃないか。

「とりあえずカフェでランチした後、買い物付き合って欲しいなーって」
「え」
「え?」

 なまえちゃんがあからさまに驚いた顔をしていて、俺の方が驚いた。俺、何か変なこと言ったっけ? もしかして買い物に付き合わされるのは嫌とか?俺はなまえちゃんの発した「え」の意味が分からずワタワタしてしまう。
 しかしここで機嫌を損ねて帰られてしまったら元も子もないのだから、ワタワタしている場合じゃない。俺は「買い物は別にしなくてもいいです。なまえちゃんのやりたいことに付き合います」と言うために口を開いた。が、言葉を発することはできなかった。先になまえちゃんが発言したからである。

「それだけでいいの?」
「へ? それだけって?」
「……ううん、何でもない。行こ。カフェってどこ?」

 数秒の間。そしてなまえちゃんの発言自体も気にはなったが、追求はしなかった。そういう雰囲気じゃなかったし、それほど気にすることでもないのかな、という結論に至ったからだ。
 俺は事前に調べておいた「デートにぴったりなオシャレなカフェ」のある方に向かって歩き出す。本当は「こっち」と先導するフリをしてナチュラルに手を繋いでしまいたい衝動に駆られたが、やめておいた。今日はひたすら誠実な男でいると決めたから。



「電気くん、こういうお店よく来るの?」

 カジュアルなイタリアンレストラン風のオシャレな店内。さすが、有名雑誌で紹介されているだけあって、雰囲気はバッチリ。味も美味しいしリーズナブルなお値段で、ここにして良かったとこっそり安心していたのも束の間。
 カルボナーラをくるくるとフォークに巻き付けながら投げ掛けられた質問に、俺は何と答えようか迷っていた。トマトクリームパスタをゆっくりと咀嚼することで時間稼ぎをしつつ考える。
 ここで「この日のためにめちゃくちゃリサーチしたんだよね!」と真実を述べたら気合いが入りすぎているとドン引きされそうで怖い。かと言って「まあね。よく来るよ」などと嘘を吐いたら、他にもそういう女の子がいるっぽい感じになってしまう。となるとここはやはり、無難に回答を濁すに限る。

「そんなには…」
「初めてではないってこと?」
「あー…いや、ここは初めて」
「他にもいいお店知ってるんだね」
「そうでもないけど」

 我ながら会話が下手くそすぎて、いっそ笑えるほどだった。
 嫌われたくない。必死すぎるカッコ悪い男だとも思われたくない。でもなまえちゃんは特別だと匂わせたいしできるだけ良い印象を与えたい。
 そんな矛盾塗れの願望によって引き起こされたのが下手くそすぎる会話である。なんか俺、すげーカッコ悪くね?

「この後、買い物行くんだっけ?」
「そのつもりだったけど…なまえちゃんがやりたいこととか行きたいとこがあるならそっち優先する」
「そういうのは全然なくて。でもなんていうか…」
「何?」

 お皿に残っているパスタを丁寧に集めながら言葉を濁すなまえちゃんに焦りを感じる。何かマイナスなことを言われるんじゃないだろうか。そんな空気を感じ取った俺は身構えた。

「思ってたのと違ったから」
「……期待に添えなくてごめん」
「あ、そういう意味じゃなくて」

 落ち込む俺になまえちゃんは衝撃的なことを言った。

「ちゃんとしたデートみたいだから、なんか変な感じだなって」
「…これ、デートじゃねぇの?」

 俺はデートのつもりで誘った。デートだと思って今までの時間を過ごしてきた。でもなまえちゃんはそう思っていなかったということなのか。だとしたら相当ショックだ。男女が二人きりでどこかに出かけるというのは、デートだと思っていた。が、そうとは限らないのだろうか。
 パスタを食べる手が止まる。なまえちゃんはそんな俺を見て追い討ちをかけるように言うのだ。

「デートって恋人同士がするものでしょ? 私達はそういう関係じゃないよね?」

 どうやら俺の片想いは、思っていた以上に前途多難らしい。


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