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 ゴールデンウィーク真っ只中ということもあり、いつにもまして東京駅はひとでごった返していた。
 臨也ならぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ光景だろうが、静雄は混雑している場所は好きではない。
 ひとに揉まれながら移動し、見つけた柱に寄りかかって荷物の確認をする。
 財布。ケータイ。ICカード。送られてきた新幹線のチケット。
 必要なものはしっかりとバックの中にしまわれていた。これだけあれば、何かあっても現地で調達すればどうにかなるだろう。
 新幹線の発車時刻まで、まだ時間がある。とはいえ、どこか飲食店に入り暇を潰すほどはない。
 ──乗り場の近くまで移動しておくか。
 柱から背中を離し歩き出すも、数歩もいかないうちに誰かに肩を掴まれた。道でも訊きたいのだろうかと思い振り返るが、その予想は外れる。
「やあ、静雄」
「あ……? って、新羅? それにセルティまで……どうしたんだ? こんなところで」
 思ってもみなかった場所での再会に、サングラスの内側で眉を押し上げる。
 新羅はいつも通りの、にこにこと感情の読めない笑みを浮かべている。顔のないセルティのほうがわかりやすいくらいだ。
「わたしたちもこれから旅行に行くところでね。僕たちが東京を出る日と、静雄の出発日が偶然重なったってわけ。そうでもなければセルティをこんな人目につく場所に連れてくるわけないだろう? 誰がセルティを狙う悪い虫になるかわからないからね」
 セルティが軽快に惚気る新羅の脇腹を肘で小突く。新羅は、口では「痛いよセルティ」などとのたまっているが、口元が緩みきっている。実に嬉しそうだ。
「いやぁそれにしても、よかったよ見つけられて。この辺にいるだろうなとは思っていたんだけど、この人混みだろ? 見つけられないかと思ったよ」
『静雄は背が高いからな。遠くからでもわかったよ』
 セルティが新羅からもらったというPDAに文字を打ち、こちらに掲げる。
 今となっては文字を使ったこの会話方法にもすっかり慣れたが、ケータイの文字入力ですら上手く打てない静雄は、よくここまで上手に機械を扱えるものだと未だに感心する。
「あー……なんか悪いな、探させちまったみたいで。ていうか、なんで俺がここにいるって知ってたんだ?」
『この前、ルリちゃんがうちに来てな。幽平くんの恋人の。その時に静雄がしばらく池袋を離れるっていう話を聞いたんだ』
「それで、静雄がたまたま僕たちと同じ日に出立するって知ってね。それなら挨拶くらいしておこうと思ってさ」
 そういうことだったのかと得心がいく。幽とは先日、地図アプリの使い方を教えてもらうのに会ったばかりだった。
 ふと、ふたりの肩越しにチラチラとひとの視線を感じ、首ごと横を向く。目が合った観光客風の男は、うつむいてそそくさと通り過ぎていった。
 ──ああ、セルティは目立つからな。
 黒のライダースーツに、猫をかたどったような黄色のヘルメット。なにも知らない人間からすれば、仮装だと思われてもおかしくはない。
 その隣に、駅だというのに白衣を着こんだ眼鏡の男。人目を引くのも頷ける。
「それにしても静雄、これから旅行だっていうのにその格好はないんじゃない? すごく悪目立ちしてるよ」
「あ? これ、俺のせいだったのか? だとしても、堂々と白衣着て街中歩いてるお前にだけは言われたくねえよ。服準備する時間もなかったから、たくさんあるやつ持ってきたんだよ」
 ほんとうは他にもバーテン服を選んだ理由があったのだが、静雄はあえて語らなかった。
 まあまあ、とセルティが手振りで割って入り、新羅の肩にポンと手を乗せる。
 静雄にはその仕草の意味がさっぱりわからなかったが、新羅はそれだけで理解したらしい。頷き、こちらに向き直る。
「静雄も知っての通り、臨也は俺の数少ない友人でね。まあ、君たちのことだから平穏無事なんて程遠いいだろうし、色々あると思うけどさ。臨也を頼むよ」
「別に、よろしく頼まれる気はねえよ」
「まあそう言わずにさ。これ」
 おもむろに、ゴソゴソと白衣のポケットを漁りだす。取り出されたのは折りたたまれたメモ用紙だった。目の前に突きつけられた手から、黙って用紙を受け取る。
「なんだ、これ」
「俺の携帯番号が書いてあるから、臨也に渡してほしいんだ。あいつ、メールアドレスも電話番号も変えたみたいで、こっちからは一切連絡取る手段がなくてね」
 新羅はやや眉を下げたまま笑う。憤慨しているというより、寂しさを滲ませているような表情だ。
『静雄。わたしは臨也をよろしくとは言わないが……その、なんだ。無事に会えるといいな』
 PADの画面をこちらに突きつけながら、ぽりぽりとヘルメットの側面をかく。セルティらしい見送りの言葉に、静雄は僅かに頬を緩ませた。
 今日、静雄は憧れであった平穏な生活を、自ら完全に手放す。
 このまま平穏な暮らしを続けていれば、静雄の好みの女性が現れるかもしれない。例えば歳上で、落ち着いていて、黒のロングヘアーが似合う女性。
 でもそれは、臨也ではない。
 静雄が平穏を手放すのに、それ以上の理由はいらなかった。



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