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 待ちに待った脱出の機会は、それから五回静雄と寝起きを共にしてから訪れる。
 前日静雄が明日は忙しくなるかもと口にしたのを、臨也は聞き逃さなかった。静雄の前ではまだ身体が痛むような素振りを続けていたが、その実多少の無理が利くくらいに傷は回復していたのだ。筋肉も体力も大幅に落ちてしまったが、それでも一般人よりは早く走れるだろう。過信というよりは、妥当な計算の結果だ。決行するならば今日だと臨也は覚悟を決めた。
 静雄がばたばたと忙しなく準備をしてこの部屋をあとにしてから、十分な時間が経った。窓の木板は相変わらず頑丈に固定されており、外れそうにない。やはり脱出口は、静雄の見張っている可能性のある玄関のドアしかなさそうだ。
 さすがにこの真っ白い恰好で外に出るわけにもいかず、臨也は仕方なく静雄の部屋着を漁り適当な薄いブルーの長袖のシャツとベージュの長ズボンに着替える。皮膚をできるだけ隠したかった。外出着にしてはだらしがないが、近くのコンビニに行くだけならば不自然ではないだろう。本当なら自身の服を着たかったのだが、見つけ出すことができなかった。もしかしたらとっくに処分されていたのかもしれない。
 着替え途中にシャツにピアスが引っかかりチリッと痛む。あまりに長いこと付けられていたために、すっかり失念していた事実にショックを隠せない。これは忌まわしい生活の象徴だというのに。
 臨也はむしり取るようにピアスと首輪を外しゴミ箱に放り込み、ふうっと一つ深呼吸をする。ようやく人間に戻れたような気がした。
 これでいつでも外に出ることができる。ついに準備は整った。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して喉を潤し、気持ちを落ち着ける。焦ってもいい結果は訪れない。臨也はベッドに腰掛け興奮が醒めるのを待った。大丈夫だ、なんの問題もない、全てうまくいくと自己暗示をかける。ようやく心臓の鼓動が緩やかになると、臨也はベッドから立ち上がった。
 玄関のドアの前まで忍び寄って外の音を観察するも、人の熱は感じられない。臨也はあえて音を立てて靴棚を漁る。近くに静雄がいるならば、この時点で臨也は壁にめり込んでいるだろう。臨也が無事であるということは、静雄にとって今日は昨日独りごちていたように忙しい日であるはずだ。しばらく屈んで外を窺っていたがいたが、人がやってくるような様子もない。臨也は一気にドアを開けた。
 階段を下りる時間すら無駄にできず、臨也は目の前の手すりを掴んでひとっ飛びに地面に着地する。静雄が追ってくる気配はない。臨也は飛び降りた衝撃をぐんと活かし、前へ前へと駆けていく。
 念願の外であったが、それを味わっている余裕など微塵もなかった。コンビニでもなんでもいい、とにかく少しでも早く人のいる所を目指して臨也は走る。久々の運動に心臓がばくばくと悲鳴を上げ、筋肉が引き攣るが構ってなどいられない。
 大通りのような人の目のある場所に出るか、何かの店に入ることができればこちらのものだ。人混みに紛れて身を隠すことも、タクシーを呼んで助けを求めることもできる。そこまで辿り着けさえすれば選ぶほどに手段はあるのだ。それらの安全な場所に着くまでは、たとえ静雄の姿が見えなくとも全力で走り抜ける。ここが東京のどこかを確認している暇などないが、それでも東京ならばどこにでも人は溢れ返っているものだ。さすがの静雄も、人前で無体を働くことはできないだろう。だが運が悪いのか、部屋を飛び出してからなかなか人間とすれ違うことはない。
 一抹の不安が臨也の胸をよぎるも、次の角を曲がるとすぐにコンビニは見つかった。勝った。これであの狂気の孕んだ部屋から逃げ出せる。飛び上がりたいくらいの喜びと荒い呼吸を押し殺し、徐々に走るスピードを緩めていく。
 傍目から見ても不自然のない程度に呼吸を整えて、自動ドアを通り抜ける。店の中に客はほとんどいなかった。できるだけ弱々しく、レジにいる店員に用意してあったセリフを口にする。
「あの、すみません。携帯を忘れてしまって、電話をお借りすることはできないでしょうか。……すこし具合が悪くて」
 申し訳なさそうに眉を下げて頼み込むと、アルバイトらしき店員が確認のためにバックヤードへと消えていく。はやく、はやく。こうしている間に静雄が、臨也の脱出に気がついてしまうかもしれない。その前に誰にでもいい、とにかく連絡を取らねば。身を焦がす思いで店員を待つ。
 突然背後からぽんと肩に手をかけられ、臨也の身体が大袈裟に跳ねる。後ろに立っていたのは、臨也が逃れていたその張本人だった。
「しず、ちゃ……」
「臨也くんよお。手前は本当に懲りねえみてえだなあ」
 どうして、なぜ。その単語ばかりが臨也の頭をぐるぐると回った。混乱する頭で、何かしらの騒ぎを起こしてしまおうと解決策を導き出す。そうすれば少なからず人の注目を集めるし、場合によっては警察も来る。臨也が大声を出そうとした次の瞬間、びりびりとした鋭い電撃が走り全身の力が抜けた。
「ぐ……!?」
 臨也の足は自身の体重を支えきれずにカクンと折れて、静雄の胸に倒れこんだ。油断した。まさか、静雄がスタンガンを使うなんて。客の一人が異変に気付いてこちらを見つめるも、静雄が臨也に何かしたとは考えなかったようだ。
「すんません、こいつ体調悪いみたいで」
 静雄がそれだけ言うと、客も納得したように興味をなくし買い物に戻る。違うのだと、臨也は叫びたかった。誰でもいいから助けてくれと客に視線を送り続けるも、関わり合いになりたくないというオーラが醸し出されている。
 絶望の淵に追いやられたが、そこで臨也が尋ねたアルバイトの店員がようやく戻ってきた。臨也がなんとか異常を知らせようともがくも、静雄はそれを強かに押さえつけて人当たりのいい顔で店員に適当に断りを入れる。静雄の言葉を否定して助けを求めたいのに、舌が痺れて呻き声以外が出せない。
 ぐったりとした臨也を見て奥から出てきた店長だと思わしき人物が、救急車を呼ぼうかと提案をした。一縷の望みが差し込み、臨也は藁にも縋る思いで店員を見つめる。しかし当然、心の声など他人に聞こえるわけもない。店員の問いに静雄は爽やかな声で答えた。
「大丈夫っす、こいつ元から身体が弱くって。友人がかかりつけの医者なんで、そいつんとこ連れてきますから」
 な、大丈夫だよなと明るい声で肯定することを強要される。臨也は首を横に振りたかったが、静雄の笑顔に見つめられ無理に微笑む。静雄の芝居はとても自然だった。そうしてあとを濁すことなく、臨也を抱えコンビニから立ち去ったのだ。
 監禁場所に着くまで静雄は無言だった。それが却って臨也の恐怖心を煽る。これからどのような仕打ちを受けるのか想像もしたくないが、きっと臨也にとって死ぬよりよりずっと酷いことをされるのだろう。
 外界から隔離された部屋の鍵を閉めると、静雄はようやく口を開く。
「首輪、外しちまったのか。苦しかったか?」
 穏やかな口調だった。まだ痺れの残る臨也の身体を、ベッドにそっと横たえる。そして静雄は臨也の上へと覆いかぶさり、首輪の真似をするように両手を臨也の首にかけた。以前首を絞められた時とは目つきが違う。殺されると、逃げなければと思うのだが、命の危機に震える身体は思い通りにならない。静雄は笑顔のままゆっくりと臨也の首を締め上げていく。
「……っ! ……!」
 血がどくどくと脈打って、外圧に抵抗しているのがわかる。酸素が足りなくなり静雄の手を引きはがそうと引っかいたが、力で静雄に敵うわけがなかった。視界に白がちらついて、どんどん大きくなっていく。
 先ほどまではあれほど怯えていたのに、いざ死を目の前にすると、臨也の心は非常に穏やかだった。これでようやく終わるのだと、臨也は身体から力を抜き目を閉じる。それなのにあと少しというところで、静雄はぱっと両手を離した。
「……っはあ! げほっごほっ……はあっ、はっ……」
 どうしてと、あと少しで死ねたのにと非難めいた視線を送る。静雄は相変わらず、貼りつけたような笑顔のままだ。
「……なあ、ピアスはどうしたんだ?」
 臨也の右の耳の、膜が張ったしこりをくにくにといじる。質問に答える余裕など臨也にはなく、乱れた呼吸を整えるので精一杯だった。
「外すなって、言ったよな?」
 耳元で静雄に囁かれ、すでに首から手を離されたはずなのに呼吸を制限された錯覚に陥る。酸素を求めて気管が鳴った。
「臨也。最初に話したこと覚えてるか」
 なんのことかわからずに、臨也は靄のかかったレンズ越しに静雄を見つめ返す。臨也が質問の意図を理解していないとわかると、静雄は優しく左の耳たぶを撫でた。瞬間全てを悟り、臨也の身体は氷のように血の気が引いて固まる。
「やめ……!」
 叫んだつもりだったのに、口から出たのはか細い声だった。どうしてこの身体は、思い通りに動いてくれないのだろう。臨也はぎゅっと身を竦めることしかできなかった。静雄は震える臨也の耳に手をかける。その手にはいつの間にかピアッサーが握られていた。
「手前が悪い」
 バチンと空気が破裂した音が響いて左耳に穴が開く。臨也はふっふっと浅く息を吐き出して、鋭い痛みに耐える。だがそれだけでは静雄は止まらなかった。
「なあ、こことかどうだ?」
 静雄はピアスを開けたばかりの耳の、しなやかな軟骨に触れた。他にも穴を開けるつもりだと知って、臨也の身体は小刻みに震える。
 静雄は軟骨から手を離し、今度はカチカチと歯を鳴らす臨也の口に手を突っ込んで、赤い舌を引っ張り出した。苦しさに眉が寄る。臨也の苦しげな表情を見て、静雄はふわりと微笑んだ。
「舌もいいよな」
 このようなところに、穴が開く。想像しただけで、臨也は胃からせり上がってくるものを感じた。舌を引っ込めようにも、静雄がしっかりと掴んでいるからどうしようもできない。舌が乾いてきたところでようやく静雄は手を離す。だが静雄は、舌よりもずっとひどい箇所に手を置いた。
「知ってたか、こんなとこにも開けられるんだぜ」
 静雄の手が服の上から、臨也の乳首と性器に順に触れる。止めなければと思のに、声が喉に張り付いて言葉がでない。静雄の目は本気だ。
「どこがいい?」
「あ……ごめ……な、さ……」
「そんな言葉訊いてねえよ。なあ、どこがいいって」
 子どものように無邪気に尋ねられるも、臨也は恐怖で答えることができない。ただ力なく首を振り、静雄が許してくれるのを願うしかなかった。
「まあでも、ちゃんと謝ったからな。今回はここにしといてやるよ」
 静雄ははじめに触れた、軟骨の上部をピアッサーの間に挟み込んだ。そうして容赦なく臨也の骨を貫き、穴を開けた。耳たぶとは比べもにならない痛みに臨也は思わず悲鳴を上げ、きつく目を閉じる。
「ああ、綺麗だ」
 静雄は恍惚とした表情を浮かべ、何度もピアスを撫でる。静雄は不意に臨也から離れ、ごそごそと紙袋を漁りだした。
「なんか手前見てると、ムラムラしてきちまった」
 恐ろしいことさらりと言ってのけ、そうだと静雄は児童のようにはしゃいだ声を出す。すっかり臨也の恐怖の対象となった紙袋から取り出されたのは、真っ赤な太い蝋燭だった。


「ッ! ーーふう!」
 真っ暗な部屋の壁に、ゆらゆらと炎が揺らめいている。静雄は床に敷いたレジャーシートの上で謝罪の言葉を繰り返す臨也の衣類を全て剥ぎ取ると、全身にたっぷりとローションを塗りたくった。満遍なくローションを塗り終えた静雄は、臨也に四つん這いになることを強要する。
 手足を拘束されているわけでもないのに、臨也の身体は恐怖という縄に縛られ不自由だった。何度謝っても静雄はやめる気はないようで、臨也はこれ以上静雄を怒らせないように指示通りの体勢をとる。壁に反射する光と静雄の影の動きから、臨也の背中に蝋燭が近づけられたのがわかった。
「ああ! つ、う……! はっ、は……」
 蝋の熱さで臨也が崩れ落ちそうになると、静雄は以前そうしたように激しく尻を叩いて咎めた。それだけでなく気まぐれに開けたばかりのピアスを強く引っ張りっては、ぐりぐりと刺激する。熱い。痛い。臨也の思考を占めるのは、この二つだけだった。
 ぽたぽたと蝋が落とされ、臨也の背中を焼いていく。蝋が不規則に臨也の背中や尻に落ちるたびに、臨也は言葉にならない悲鳴をあげて身体を跳ねさせた。何度もシートの上に倒れかけ、ガクガクと震える臨也の手足にはもうろくな力も入っていない。半分意識を飛ばしながらも、ただただこれ以上酷くされないようにの一心で、どうにかこの体勢を保ち続ける。
 一通り臨也の背中に蝋を垂らして満足したのか静雄は燭台に蝋燭を置いて、臨也をレジャーシートの敷いた床に寝かせた。ようやく倒れこむことを許されて、臨也は必死に呼吸を整える。背中に張り付いた蝋がシートに擦れて突っ張り痛み、目の焦点が合わずに視界がぼやける。だが静雄はそれだけでよしとしなかった。脱力した臨也の身体を仰向けにして、再び蝋燭を手にする。
 臨也は終わらぬ責め苦から逃れようともがくも、指一本身すらまともに動かせない。身も心もすっかりぼろぼろだった。静雄は見せつけるように蝋燭を傾けて、臨也の腹に蝋を垂らす。
「あああ! あっふ、あ、あ……!」
 自らの身体が紅く染まり、空気に触れて蝋が固まっていく。先ほどまでは見えないことによる恐怖だったが、今度は見えるからこそ怖かった。部屋が真っ暗なため、身体に炎が近いのがよくわかる。これ以上近づけられたら、肉が焼け爛れてしまう。
 臨也の恐怖を煽るように、静雄は臨也の皮膚の表面ギリギリに炎を寄せて移動させる。そうして狙いを決めたのか、静雄は臨也の身体から蝋燭を離して赤の雫を垂らす。雫が落とされたのは乳首だった。
「いやっいやっ……うあああああ! ああッあー!」
 大きな反応を返した臨也に、静雄が口元を綻ばせたのが炎に浮かぶ。肌が見えなくなるまで集中的に蝋を落とされ、薄い呼吸に合わせて肋骨が浮き上がる。静雄は形のいい肋骨の一本一本に、なぞるように雫をこぼしていく。熱の塊が皮膚に付着する度に、身体の筋肉が痙攣を起こす。
 静雄は臨也の上半身を赤に染め上げて、次いで太ももに熱を落とした。風呂場で静雄が指摘した、傷跡になりきれていないあの部分だ。
「あああーー! いた、い! あつい!」
 大きく跳ねた臨也の反応を見て、静雄はしばらくその傷跡を覆い隠すように蝋を垂らし続ける。蝋の層が厚くなり臨也の反応が薄くなってきたところで再び腹へと戻り、静雄はこの生活で自ら臨也につけた痣を狙って蝋を垂らす。
「っあ! ……は、あう! あ、あ……はっ……く、う……」
 痣を赤で塗り終えた静雄は、次に皮膚の薄い場所を責め始めた。浮き上がる鎖骨の窪みを埋め、臍の穴を塞ぎ、膝小僧をマッチの頭のように赤で塗り固めて、そして足の甲へ真赤なヒールを履かせるように蝋を垂らしていく。蝋が固まるたびに皮膚がつっぱり、臨也の身体の可動範囲が狭まった。
「ぐっ……あ、あ……! は、はああっ……や、や……ああ!」
 静雄は足の甲から再び上へと順に蝋燭を傾けて、そして臍の下まで進んで止まった。静雄がどこを標的にしたのか察し、臨也は掠れた声で懇願する。
「や……だ、やだ、そこは……!」
「暴れると変なとこ落ちちまうかもなあ」
 静雄は弾かれたように暴れた臨也を、無慈悲な言葉で脅す。暴れたと言っても、拳一つ分腕の位置を変えただけの抵抗にしかならなかった。
 冷酷にも静雄は、恐怖で身体を震わせる臨也の茂みに蝋を落としていく。敏感な皮膚を焼く熱さに、打ち上げられた魚のようにビクビクと全身が跳ねる。静雄は赦しを請う臨也を無視して、非情にも臨也が一番恐れていたことをした。
「ああーーッ! あぐッうあああ! ア、ああああ!」
 臨也の敏感な性器に、静雄は躊躇なく蝋を垂らしていく。チカチカと視界に白が弾けて、あまりの熱さにふっと意識が遠ざかる。しかし気絶するなど許さないと言わんばかりに、静雄は臨也のそこに蝋燭を垂らし続けた。髪を振り乱しやめてくれと訴えるも、静雄は楽しそうにするだけだ。臨也は自分が泣いていることにすら気づけなかった。
 いつまでこの折檻が続くのだろう。いつここから逃げ出せるのだろう。このような生活が続くくらいなら、先ほど首を絞め殺されていたほうが幸せだった。
「その顔、めちゃくちゃそそる」
 静雄は臨也の苦しむ様子を見て、一層興奮したように舌舐めずりをする。臨也は責め苦が緩められている隙にはっ、はっと必死に息をして酸素を取り込んだ。
「もう、ころ……してよ……」
 静雄は絞り出すように臨也が発したその言葉を聞いた途端、表情を消した。そして余計な口を利くなと言わんばかりに、静雄は浅い呼吸を続ける臨也の口に蝋燭を突っ込んだ。
「ーーッ!? んんーー! んー!」
 臨也は恐怖で目を見開いた。目の前で揺れる炎にさらに恐怖心が煽られる。蝋燭の長さは、明らかに初めと比べて短くなっていた。このペースでいけば、あと数十分も経たないうちに火が臨也の口の中に到達するだろう。いや、その前に何かの弾みで大きく動きでもしたら、顔が焼けるのは一目瞭然だった。
「ああ、そうだ。そのまま咥えて離すなよ」
 臨也の唇が紅く染め上げられるほど、蝋燭は短くなっていく。特別皮膚の薄い唇は、他の場所より敏感に熱を伝えた。このままでは火が。熱さと恐怖で臨也の顔が歪む。許してくれと静雄を焦点の合わない瞳で見つめ続けるも、こちらの視線に気づいていないはずなどないのに臨也の口から蝋燭を抜こうとはしなかった。
 それどころか静雄は楽しむように、臨也の身体のあちこちで固まった燭をぺりぺりと剥がし始める。
「んんう! んー! んーー!」
 ローションのおかげで比較的簡単に蝋は剥がれていくが、それは一々臨也を刺激した。静雄は時折皮膚ごと剥がしていくのではと思うくらいに、無理に蝋を剥がす。その度に身体は嫌でも大きく揺れ、反動で炎が臨也の目の前で激しさを増す。
 臨也がほんの少し刺激に反応を返しただけで、蝋は落下地点を変える。その一粒が臨也の鼻の穴を塞いだ。息が苦しい。このままでは焼かれる前に、窒息してしまう。静雄は確かに臨也の状況を把握しているのに、それでも蝋を剥がす手を緩めなかった。大きな蝋をあらかた剥がし終えた静雄は、臨也の性器の周辺の蝋に手をかける。
「んぐうっ……! むうー! んんうーー!」
 強引に剥かれた蝋とともに、ぶちぶちと周辺の毛が抜けたのがわかった。痛みに耐えるため歯をくいしばって蝋燭を噛み砕きそうになり、臨也は慌てて口の力を緩めた。
 そしてついに、静雄の手が性器にのばされる。わざと爪を立てて蝋を剥がされて、臨也は大きく呻いた。しかしその刺激に浅ましくも、臨也の性器は大きさを増した。自身の身体にまで裏切られたような気がして、臨也の瞳からはぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。ここに臨也の味方など存在しないのだ。
「んう!? んン! んんんッ」
 敏感な皮膚を覆う全ての蝋を剥がすと、静雄は臨也の性器を上下に扱いた。何もしなくとも痛むというのに、乱暴にそこを擦られヒリヒリと火傷に体液がしみる。臨也がそれを嫌がって反射的に首を振ると、かなり短くなった蝋燭が揺れて火が顔を掠め赤が飛び散った。静雄はやめるどころか扱くペースを上げていく。どうにか耐えようと腹に力を入れ踏ん張るも、静雄は次々と弱い裏筋や先端を容赦なく刺激した。
「っん! んんうッ! ふうーー!」
 耐えた甲斐なく、臨也は簡単に達してしまう。視界が点滅し、このまま気絶してしまったら、火が、と思うも臨也はとっくに限界だった。あまりのショックに、臨也は抗う間もなく気を失った。


 目を覚ますと、臨也はベッドの上にいた。朝食の匂いがする。どうやら丸一日眠っていたようだ。前回と同様に身体は綺麗に拭かれ、背面の蝋燭も剥ぎ取られていたがそれでも凄惨な有様だった。
 起き上がる気力も体力もなく視線を横にやり腕を見遣ると、薄っすらとした赤が至る所に歪な形を描いている。治りかけていた太ももの傷に触れると、ふっくらとミミズ腫れになっているのがわかった。
 皮膚の薄い、特に唇などは見なくともわかるほどに腫れ上がっている。意識を取り戻した臨也の顔を見て静雄は、タコみてえと嘲るように笑う。いつものように言い返す気になど、到底なれなかった。
 反応の薄い臨也につまらなそうにした静雄は、臨也に濃厚なキスを落とす。火傷して腫れた唇を執拗に舐めてビクビクと震える臨也を楽しんだあと、静雄は力の抜けた手に氷を握らせ冷やしておくように指示をした。臨也も早く治したかったので、逆らうことなく氷を唇に当てる。初めこそは氷の溶けた水すらも染みたが、だんだんとその冷たさに痛覚もなくなり痺れが強くなって、臨也は他の火傷に氷を添えた。
 渡した大きめの氷が溶けて全てが水になると、静雄は風呂場まで臨也を引きずりシャワーを浴びせる。あまりにもぼうっとしすぎて、気づいたら臨也はタオルで身体を拭かれていた。風呂場での出来事はほとんど記憶になかったが、火傷にボディーソープがしみたのはなんとなく覚えている。水分が臨也の身体からタオルへと全て移っても、静雄は臨也に服を纏うことを許さなかった。
「逃げようとした罰だ。それならさすがに外に出ようなんて思わねえだろ?」
 そうして臨也は裸のままベッドへ寝かされた。服の入っているところには南京錠がつけられており、何もないこの状況であれを解錠するのは無理そうだ。それ以前にこのボロボロの身体では、まともに立ち続けることすらかなわなかった。いつのまにか外したはずの右耳のピアスと首輪が、再びはめられていたことに今になって気づく。
 静雄が家を出て行ていくと緊張の糸が切れたようで、臨也はすぐに眠りについた。数日前までは眠ることがとても困難だったのに、夢の世界は臨也の唯一の避難場所へと変わっていく。
 夢の中での臨也は活力に満ちていた。いつものように静雄を挑発し激昂させ追いかけさせるように仕向けて、臨也は得意のパルクールで池袋を駆け回るのだ。知り合いがあきれた顔でほどほどにしておけと声を投げかけ、臨也はそれに笑顔で応える。
 そのような夢を臨也はそれから、何度も何度も繰り返し見ることとなる。夢から覚めてしまったときの喪失感が臨也を余計に苦しませたが、それでも夢を見続けることをやめられなかった。


 いつもなら眠りが浅いため人の気配ですぐに目を覚ますのだが、疲れ切っていた臨也は静雄が帰ってきたことに気づかなかった。
 身体に人の手を感じて、臨也は反射的に飛び起きる。痛めつけられた身体が軋む。夢は終わりだ。現実の静雄が帰ってきてしまった。
「そんなにビビんなよ」
 静雄は面白そうに笑う。臨也はどのような反応をしていいのかわからず目を伏せた。調理された食物の匂いが鼻腔をくすぐる。
「飯の準備もできてるぞ」
 静雄が帰ってきてからも、かなりの間眠っていたらしい。だが一度眠ったくらいでは傷は癒えない。あらゆる箇所が痛み、むしろ痛まないところを探すほうが困難だった。
 腹など全く空いていなかったが、痛む身体を引きずるようにのろのろとベッドから起き上がる。どのようなことが静雄の癇に障って、折檻されるかわからない。テーブルの前に座って、臨也はようやく自分が裸であることを思い出す。静雄は服をきちっと着込んでいるのに、臨也だけが裸であるということが立場の差をはっきりと表していた。
 静雄が臨也の口に料理を運んでいくも、味覚が鈍っているのか味を感じることができない。味のない料理は苦痛でしかなったが、できる限りの料理を胃に落としていく。それでもやはり、用意された全てを食べきることはできなかった。
 肉体的な疲労もあったが、明らかに精神的なものが原因の大半を占めているのは明白だ。もう食べれないとゆるゆると首を振ると、静雄は仕方なさそうに臨也の分の料理も平らげていく。その間も臨也はおとなしくテーブルの前に座り続け、静雄の食事に付き合った。
 臨也は逃げ出したことをひどく後悔する。それから臨也の思考は大きく変わっていった。逃げなければこれほど酷い目に遭うこともなかったと、自分を責めるようになったのだ。
 そして静雄は恐怖の象徴へと確定し、静雄と目が合う度、身体を触れられる度、ビクッと反射的に臨也の肩が跳ねるようになってしまった。すると静雄はおかしそうに声をあげて笑うのだ。その笑顔が怖い。視線が怖い。手が怖い。言葉を口にするのが怖い。
 臨也は自分が、どのようなアイデンティティーを抱えて生きてきた忘れてしまっていた。そうなるとみるみるうちに神経が衰弱していく。弱りきった臨也を見つめ、無口な臨也なら愛せるのだと静雄は言った。黙っていれば怒鳴られない。殴られることもない。そう学んだ臨也の口数は大きく減っていった。


 静雄の作った夕飯を残した翌日、初めて臨也が捕まった日を除いてこれまで静雄がでかけている時は拘束具をつけられなかったが、その日は静雄がこれから家を出るという時になって、思い出したように臨也の足首に枷をつけベッドに繋いだ。昨日ご飯を残した罰だった。この鎖の長さではトイレに行けないと、臨也は不安に顔を曇らせる。
「そんな心配そうな顔すんな。これとこれ置いといてやるからよ」
 サイドテーブルに置かれたのは、介護用のおむつと口の大きなガラス瓶だった。臨也は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。静雄はもう、臨也のことを人間だと思っていないのだろうか。飼っている何かだとでも思っているのだろうか。だからこのような仕打ちを平然とできるのだろうか。
「どっちでもいいけどよ、漏れる前にちゃんとしろよ。ベッド汚したら面倒だからな」
 それは暗にベッドを汚したら仕置きだいう意図が隠されているのを、臨也は正確に汲み取った。静雄が部屋を去ってからしばらくの間、呆然とその二つを見つめ続ける。人としての尊厳が大きく傷つけれ、そもそも人というものがどのようなものであったか臨也は思い出せずにいた。少なくともこのように、排泄を制限される生き物ではないはずだ。
 静雄は六時間後には帰ってくると言ったが、時計もないこの部屋では何時間経ったのか知ることはできない。寝てやり過ごしてしまおうとベッドに横になったが、一度目を覚ましてしまうともう寝付けなかった。まだ大丈夫だ、問題ない。水分だってほとんどとっていないのだから。そうは思いつつも、あと何時間待てばいいのだろうと不安で胸が押し潰されそうになる。
 それから少し経って、僅かではあるが尿意を感じたことに臨也は絶望した。することがなにもないこの部屋では、目の前にある感覚を嫌でも意識させられる。あれからかなりの時間が経ったのだからもうすぐだと自分を励ますも、一向に静雄は帰ってこない。
 一度尿意を意識してしまうともうだめだった。トイレに行きたくて仕方がない。何度か足を突っ張って枷を外そうとしたが、当然その程度で外れるわけもない。サイドテーブルに置かれた二つが、臨也を誘惑して苦しめた。
 これに出してしまえば楽になる。だがそれは、辛うじて残っている臨也の人間としての誇りを完全に砕くものだ。それだけは避けたいと、内腿を擦り合わせて尿意を誤魔化す。わずかに気を緩めた途端ほんの少し先端が湿ってそれだけでは間に合わなくなり、臨也は服の上から両手で股を押さえつけた。このままでは漏れてしまう。この歳で、漏らすなど。尿意を我慢しすぎて、臨也の皮膚には鳥肌が立ちはじめていた。
 ベッドの上で漏らしてしまったら罰を受ける。しかしこの二つを選べばそうはならないだろうし、今すぐにでも楽になれる。二つを天秤にかけて臨也の心が大きく揺れ、サイドテーブルへと手を伸ばしかけた時、玄関のドアが開らく音が響いた。静雄が帰ってきたのだ。
「シズちゃん……!」
 静雄を呼ぶ声は、隠しようもなく震えていた。静雄の胸に両手で縋りつき、涙声で懇願する。
「おねがい、外してはやく、いやだ、漏れちゃう……!」
「今まで我慢してたのか」
 驚いたように静雄は目を瞠った。必死にこくこくと頷く。なりふり構ってなどいられなかった。
「お願い、お願いはやく……!」
 静雄は臨也の要望通りに足枷を外し、いつもと同じように臨也の手を引いてトイレへと連れて行く。ゆったりとしたペースがもどかしかった。
「う、んんあ!」
 静雄の目があったが、便器を前にして恥もプライドも消し飛んだ。火傷のあとがヒリヒリと痛むのも気にせずに溜まっていたものを吐き出して、臨也ははあっと息を吐いた。
「よく我慢できたな」
 静雄は褒めるように臨也の頭を優しく撫でる。様々な感情が入り乱れて涙腺が決壊した。自分でもどうして泣いているのかわからぬまま、静雄に腕を引かれ素直に身を委ねた。気持ちがいい。どうせ逃げられないのならば、もうこのままでもいいのではないかと目を閉じる。
 それから臨也は一切の抵抗をやめた。抵抗すると殴られる。それなら殴られないほうがいい。逃げようとする意思も、とうに消えかかっている。逃げても無駄だと、どうせ連れ戻されて酷いことをされると、いつしか諦めてしまっていた。全てがどうでもよくなってしまったのだ。
 ここ数日で口数は極端に減り、何もない空間をぼんやりと眺めている時間が増えた。静雄に監禁されてから、何日経ったのだろうか。数えることはとっくにやめていた。どうせ正しい答えもみつからない。
 静雄に従順でさえいればご飯も与えられるし、風呂に入ることもできる。ならばこのままでも別段不便なこともない。日もささない、音もないこの環境は臨也の精神を確実に蝕んでいた。


 いつものように食事の準備ができたからと静雄にテーブルの前に座るように言われ、ベッドから立ち上がる。今まで座っていたのに急に立ち上がったから、臨也の身体は貧血を起こしふらっと不安定になってしまう。まずいと思ったが、傾く身体は臨也の意志ではどうにもならなかった。それに静雄が気づき、ぱっと腕を伸ばして倒れかけた臨也を支える。
「ありがとう」
 このままでは倒れるところだったと、静雄に笑いかけた。臨也の表情を見て、静雄は驚いたような顔をする。
「……臨也?」
「なあに?」
 なんだか思うように舌が回らない。以前はもう少しテキパキ話していたような気がしたが、立ちくらみを起こしたせいだろうか。だがその理由もどうでもいいことだ。難しいことは極力考えたくなかった。考えてもどうせ答えなど見つからない。
「いや、なんでもねえんだ」
 何かを誤魔化すように静雄は笑ったが、それが何なのかを考えようとは思えなかった。
 静雄は何事もなかったかのように、臨也の口へ料理を運んでいく。食事のタイミングも、すっかり息をするようなものになっていた。この日からだろうか、静雄が臨也に優しくなったのは。いやきっと、もともと静雄は優しかったのだ。
 思い出せば、臨也が悪いことをしなければ静雄は手を上げなかった。殴られたのも、ひどいことをされたのも、臨也が何かいけないことをしてしまっていたからなのだろう。
 静雄は臨也の身の回りの世話を嫌がらずにしてくれるし、時には土産だとアイスを買ってきてくれたこともある。臨也が意地を張っていたから、静雄の優しさに今まで気づけなかったのだろうと結論づける。こうして臨也は少しずつ無意識のうちに、静雄を疑う気持ちを心の奥へとしまいこんでいった。


 静雄の温かさを自覚して以来、臨也が夢の世界に逃避することはもうなくなった。夢の世界の静雄より優しい静雄が、現実に臨也の隣にいるからだ。
 静雄は一日の終わりに、外であった出来事を臨也に話してくれる。今日はアパートの外に猫がいたんだとか、ここへ帰る前にどこからか美味しそうな夕食の匂いがしたのだとか、些細なことであったがそれは臨也の楽しみであった。そして臨也は外に出れない代わりに、夢であった出来事を静雄に話すのだ。
「今日もね、シズちゃんの夢を見たんだ。……シズちゃん、俺を見ただけで物を投げるんだよ。なんにも悪いことしてないのに。……こわかった」
 そうして俯くと、静雄はそれはひどいなと臨也を優しく抱きしめる。この瞬間に臨也は、嫌な夢から解放されるのだ。
 臨也は静雄の腕の中にいるから、静雄がどのような顔をして臨也を抱きしめているのか知らなかった。
 しかしいくら静雄がいるからとはいえ、ここで一人でいるのは寂しすぎる。静雄が仕事に行き一人になると、臨也を孤独という恐怖が襲う。わがままだとはわかっていたが、静雄が少しでもこの部屋にいてくれるようにと仕事に行くのを引き留めるようになった。静雄はその度に困ったような顔をする。静雄を困らせたくなどなかったが、すっかり癖づいてしまっていた。
「シズちゃん、行っちゃうの?」
「ああ、すぐ帰ってくるからよ」
「やだ、行かないで。行っちゃやだ」
 静雄の腕にしがみついて駄々をこねる臨也を、宥めるようにくしゃくしゃと静雄の手が撫でる。仕事前のこの撫で方が、臨也は好きでなかった。どんなに優しくされても、静雄が仕事に行くことをやめないとわかっていたからだ。
「今日はよ、いつもより早く帰ってくっから。そんで前に臨也が欲しがってた物も買ってきてやるからよ」
「まえ……?」
「帰ってきてからのお楽しみだ。いい子で待てるな?」
 その問いに臨也は嫌々ながらもこくんと頷く。臨也に欲しいものなど何もなかったが、それでも静雄の帰りがいつもより早いということが嬉しかった。
 まだかまだかと静雄の帰りを待つ。今日は早く帰ってくると言っていたからもう少しだろうと、静雄が出て行ってからひたすらに同じことを考えていた。玄関のドアノブがガチャリと回される。静雄が帰ってきた音だと臨也は玄関に駆けていく。
「おかえりシズちゃん」
 臨也はぎゅっと静雄の胸に抱きつく。臨也より高い体温が心地よい。静雄の温もりに触れ、臨也は自分以外の命の鼓動を感じて安心した。肺が静雄の匂いで満たされていく。
「ああ、ただいま」
 静雄の顔がほんの少し悲しげに笑う。最近の静雄はよくこのような笑い方をする。どうしてこのような顔をするのかわからなかったが、静雄が悲しそうな顔をするのを見るのは臨也も辛かった。
「シズちゃん、どこか痛いの?」
「いや?……どうしてだ?」
「痛い顔、してたよ」
 すると静雄は、ますます辛そうに眉を下げる。静雄は嘘をつくのが下手だ。すぐに表情に出てしまう。
「なんでもねえよ。それより臨也、欲しがってたもん買ってきたぞ」
 以前までの臨也なら静雄が話をすり替えたのに気づけただろうが、今の臨也にはそのような思慮深さは失われていた。言われた言葉を素直にそのままのみ込み、臨也のために静雄が何かを買ってきてくれたということに重点を置く。
「化粧水? とかはよくわかんねえから店員のおすすめにしたぞ。体に塗るやつと入浴剤は、俺の好きな匂いにしたけどよ」
「うれしい、ありがとう」
 静雄の好きな匂いにしたということは、静雄が臨也に触れる機会が多くなるということだと考え喜んだ。大きな骨ばった手で頭を撫でられる。やはり静雄の手は気持ちがいい。
「風呂上がりにつけてやっからよ、楽しみにしとけ」
 静雄に微笑みかけられ、臨也も同じように頬を綻ばせ大きく首を縦に振る。静雄に身を任すことに違和感など感じなくなっていた。
「なあ臨也。その前にシてもいいか?」
「うん、いいよ」
 何をと具体的な主語はなかったが、臨也は静雄の言いたいことを正しく理解する。臨也が頷いたのを確認した静雄は、臨也を抱えてベッドまで運びゆっくりと降ろした。そして優しいキスを落とされる。臨也もそれに応えようと、慣れないながらも舌を絡ませた。
「んっんう、ふあ……」
 静雄に愛され続けた身体は、キスだけで簡単に高まっていく。頭までぐずぐずに溶けてしまいそうだった。縋るように静雄の首に腕をまわす。キスで臨也の力がくてんと抜けたところで、静雄は一つ一つ丁寧にシャツのボタンを外し臨也の衣類を全て脱がせた。臨也を脱がせ終えると今度は自らの服を脱ぎ落とし、もう一度臨也に覆いかぶさる。静雄は臨也を食べるように白い身体のあちこちに印をつけて、同時に臨也の性器を刺激していく。
「はあ、ん……! あ、きもち、い、あん! きもちい、しずちゃ……!」
「……臨也」
 与えられる快感に酔いしれていた臨也は、静雄が苦しげに眉を寄せたことに気づかなかった。つま先から脳天までを、ピリピリとした刺激が走る。静雄は臨也の後ろを手際よく慣らし、早急に昂りを押し付けた。
「臨也、挿れるぞ」
「う、んっ……ああ!」
 静雄の大きなものが、臨也の中に入ってくる。静雄からあえかな声が漏れた。大きすぎて腹が少し苦しいが、臨也は静雄の動きに合わせていいところに当たるように自らも腰をくねらす。
「あっあっ、しずちゃ、しうちゃん……!」
 静雄の名前を呼びながら、臨也は達した。中で静雄が脈打って、どくどくと熱いものを吐き出される。静雄も絶頂を迎えたことに安心して、臨也はゆるりと瞳を閉じた。しかしポタリと臨也の頬に何かが落ちたのを感じ、再びゆるりと瞼を押し上げる。
「シズちゃん、泣いてるの……?」
「臨也……」
「大丈夫だよシズちゃん。俺がいるから」
力の入らぬ手で静雄の頬を撫でると、静雄はきつく臨也を抱きしめる。臨也も静雄の背に手を回し、あやすようにポンポンと叩く。静雄は声を出さずに涙を流し、臨也を抱きしめ続けた。


 度々静雄が寂しそうな顔をするようになってからある日突然、静雄にこのようなことを尋ねられた。
「なあ臨也、外に出たいか?」
「そと……?」
「新羅とか門田とかよ。会いたいか?」
「うん……」
 外。そう言われるもすぐにピンとこなかった。よく夢で見る場所だ。あの場所に行きたいかと言われたら、それはきっと行きたいのだと思うし、名前を出された人物達に会いたいかと言われればやはり会いたいのだろう。
 だが以前ほど、外に対する渇望や希求は薄らいでいる。日に日に外の世界に対する興味や関心を抱くことが難しくなっていたことはなんとなく気づいていたが、物事を考えること自体が非常に億劫だった。それに静雄がいれば、臨也はそれで十分だったのだ。曖昧な反応をする臨也に、そうかと頷き静雄は微笑む。
「もうちょっとしたらな、出してやっからよ」
 その言葉に臨也は微かに期待した一方で、計り知れない不安を感じた。ここを出るとき、静雄は一緒なのだろうか。それとも静雄にとって、臨也はもう必要なくなってしまったのだろうか。答えを知るのが怖くて、臨也は静雄に尋ねることができなかった。




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