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「………そんな所で何してんの日吉」
「…苗字に追い出された」
「そりゃまたどうして…」
「部室入ったら苗字が着替えてただけだ」
「ラッキースケベかぁ…」
「うるせえ」
「それより、さっき宍戸さん部室入ったみたいなんだ。名前ちゃん何もされてないと良いけど」
「何かはされてんだろうな、きっと」
「うん…俺のせいで」
「お前のせいじゃないだろ。守ってやれない俺達にも責任はある」
部屋の中から「入って良いよ」と苗字の声が聞こえた。怒っているのかこっちを見ようとはしなかった。一言詫びると「別に怒ってないよ」と不満そうに言われた。怒ってんじゃねえか。変態だの助平だの散々言われた俺に対しての謝罪はないのかと思いもしたが、その考えは苗字の不自然に片方だけ腫れた頬を見てどこかへ行った。
「どうした、その顔」
「んー…転んだ?」
「聞くな」
目も赤く腫れている。泣いたのだろう、また俺達のいない所で一人きりで。苗字をこうさせたのは俺達だけど、やっぱり悔しかった。
「…宍戸さんにやられたんでしょ名前ちゃん」
「………」
「俺が宍戸さんを煽ったからだね。ごめん名前ちゃん、痛いよね」
「長太郎…謝らなきゃいけないのはわたしだよ。ごめん。大好きな宍戸先輩をこんなにして…。ダブルスも…組めなくなった…」
「名前ちゃんのせいじゃないよ」
俯いたまま顔をあげようとしない苗字。困ったように俺に鳳が視線を向けてきた。
「………鳳、樺地もういいだろ」
「…やるのか?」
「これ以上俺達のいないところで苗字に何かされるのは堪んねえからな」
「ちょ、ちょっと待って何するの…。あんまり変なことしたら日吉達巻き込まれ…わぷっ!!」
話が読めない苗字を樺地が肩に担いで黙らせた。“変な事”をしにいく準備はもう整っている。俺達三人以外にも、テニス部の二学年と西園寺を始めとする協力な助っ人達。苗字には何も言っていない。そのため、状況が掴めないのは当然っちゃ当然だ。
「樺地降ろして!!おーろーせー!!!!日吉!!!」
「ちょっと黙ってろ苗字。別に悪い事しようってわけじゃねえ。宣戦布告しに行くだけだ」
「ダメだよ!!そんな事したら日吉達まで!!降ろせ樺地!!降ろせ降ろせ!!!」
「だ、だめ…暴れると…落ちる……」
「落とせ!!」
「苗字」
大暴れする苗字を担ぐ樺地がいい加減可哀想になってきた。女相手に力づくってわけにもいかないし、だからと言って離す訳にもいかない。俺は担がれている苗字に目線を合わせて名前を呼んだ。
「お前がなんて言おうと俺達はあの人たちの所へ行く。お前のためだけじゃねえよ。俺達のためだ。」
「……日吉達の?」
「そうだ。今のあの人たち阿保みたいに惚けてるだろ。その目覚まさない状態で勝ったって実力じゃねえよ。だから俺達はお前を守る。これ以上あの人たちに何もされないように。それからお前の無実を証明するんだ。俺達三人だけじゃない。西園寺達も協力してくれた。」
「………私、何も聞いてない」
「ごめんね名前ちゃん。秘密にしようと思ってた訳じゃないんだよ。」
自分だけ蚊帳の外だった事に拗ね始めた苗字を鳳が宥める。それでもまだ納得いっていないのは、俺達の事が心配だからなんだろう。
「苗字、受け入れろ。その代わり俺達も約束する」
「約束?」
「ケガしない。何かされそうになったら逃げるし、無駄に挑発もしない。これでどうだ。」
「………絶対守って」
「あぁ。」
「もしケガなんてしたら急所蹴り百回だから」
隣で鳳が「うわぁ…」と呟いて青ざめた。その仕打ちはあまりにも酷いが苗字ならやりかねない。それがまた俺達の顔を青くさせるのだが。そんな事知る由もない苗字が「逃げないから降ろして」と要求し樺地はその通りに苗字を地面に降ろした。
「行くぞ」
俺は苗字の手を引いた。
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