恐怖の始まり


《合宿か》

「あぁ。悪くねぇだろ。」

《随分急な話だな》

「前から決まってはいたんだけどな。細かい詳細が決まってなくてな。もうすぐ長期休暇だしどうだ、青学も参加するだろ?まぁ拒否権なんざねぇがな」

《だろうな。そういうと思っていた。青学は参加だ。》

「あぁ。じゃあ後はFAXで送らせるからそれを見ろ。じゃあな」


俺は電話を切った。
携帯から目を離すと夏美が仕事をしているのが見える。いつものハツラツとした雰囲気とは正反対で、夏美の周りだけ温度が低い。

心配になって声を掛けようと俺は夏美に近づいた。
その瞬間夏美の体はグラリと揺れ、そのままコートへ落下していった。


「夏美…!!!」


俺は走って夏美に駆け寄り体を抱きかかえた。恐ろしく冷たくて手を離してしまいそうになった。この炎天下で何故こいつの体はこんなに冷えてしまっているのだろう。
俺の熱を分けるようにきつく夏美を抱いた。


「夏美!!おい夏美!!返事しやがれ!!」


何度呼びかけても反応はなかった。熱中症だろうか。
集まってきた部員たちの間を抜けて俺は夏美を抱えて部室へ走った。冷蔵庫から適当にアイス枕と氷を取り出して夏美に与えようと思った。

しかしあの体の冷たさを思い出して俺は手を止めた。
俺達の後を追いかけてきた冬香によってその二つは取り上げられ夏美の処置に当てられた。


「夏美ちゃんの体が冷たくてびっくりするのは分かるけど、そんなにちんたらしてる場合じゃないのよ」

「わ、悪い…」

「跡部君、夏美ちゃんがちゃんと起きるまで傍離れないでね。多分十分おき位で起きたりその辺徘徊したり脱走したりするから。絶対目を離さないで。わかった?」


俺は肯定の返事をするほかなかった。 
いつもの冬香の雰囲気(向日の言葉を借りるなら雪ウサギのよう)とは打って変わって、強制的に相手を自分の支配下におさめんとする恐怖に俺は身震いした。

俺は夏美の眠るベッドの傍に座った。

何がこいつをこんなにしているのだろう。その何かは俺によってどうにかしてやれることなのか?


「夏美…お前は何を抱えてる?」


返事はない。
それを分かっていて俺は様々な事を話した。

夏美達が転校する前の俺の事。
転校してきた夏美達のおかげで俺は毎日が充実していると感じられる事。
これからの事。


「…夏美?」


話の最中無反応だった夏美が目をゆっくりと開けた。
するとゆっくり起き上がりベッドから出ようとした。冬香が言っていたのはこれか…?


「夏美まだ寝てろ」

「………」

「夏美…?」


さっきと同じく反応がない。
夏美の腕をつかんでベッドに戻そうとしたが、俺の手は勢い良く振りほどかれた。


「夏美…!!」

「離して。私は和博君の所に行くの…」

「カズヒロ…?」

「和博君、どこ…和博君」

「夏美!!?」



夏美はその場に崩れ落ちた。
床に崩れ落ちた夏美の体を抱え、俺はベッドに横にさせた。

この後俺は何度かこれを繰り返した。
その度に夏美は俺の知らない人になっていって俺は怖くて怖くて仕方がなかった。


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