無理が祟ってA
「―――春樹ちゃんッ!!!」
部活中だった。
休憩時間になって、私たちはドリンクとタオルを部員たちに配っている所だった。
どうしても跡部景吾の所に行きたくなかった私は、春樹ちゃんに跡部景吾の分のドリンクとタオルを渡してもらうことにした。
春樹ちゃんが跡部景吾の所まで行った瞬間、春樹ちゃんの膝が折れて体が地面に崩れ落ちた。
間一髪で跡部景吾が春樹ちゃんの体を支え、顔を地面に打ち付ける事はなかったのが幸いだ。
「春樹!?」
「春樹ちゃんッ!!!」
倒れた春樹ちゃんを抱きかかえて跡部景吾は部室に向かった。
私と滝君と秋音達は走って彼を追いかけた。
部室のベッドに寝かされた春樹ちゃんの顔は真っ青だった。握った手はとても冷たくて死んでしまうんじゃないかと思った。怖かった。
「春樹ちゃん…」
涙が出てきたのか、視界が歪む。
冬香はもうしゃくりあげて泣いている。
ちょっと春樹ちゃん…貴方のせいで妹泣いてるんだけど…?私も涙が止まらないんだけど…?
でも春樹ちゃんが倒れたのはきっと私達のせいだ。
朝練のために早く起きて家事をして。
放課後の部活を遅くまでやり。
夜遅くまで勉強をして家事をして。
真面目な春樹ちゃんの事だ。授業中の居眠りなんてしてないんだろう。
「ごめんね…春樹ちゃんごめん…。」
謝罪の言葉しか出ない。
跡部景吾はすでに部室からいなくなっていた。
「春樹ちゃん、夏美ちゃん、私部活戻る。二人の分も私やるからここにいていいよ。冬香行こう」
「…うん」
続いて秋音と冬香も部室からいなくなった。
ここにいるのは寝ている春樹ちゃんと滝君と私だけ。
「親御さん呼んで早退させたほうが良いかもしれないね」
「…いないわ」
「仕事?」
「うん」
「そう…。ひとつ聞いても良いかな」
「何?」
「春樹は何を隠してるの」
「…どういう意味」
「時々春樹の笑顔に違和感を感じるんだ。春樹が君達といる時は特に。」
「どうしてそんな事が知りたいの」
「春樹が好きだからだよ。春樹の事をもっと知りたいんだ。春樹は自分の事話してくれないから。」
「そうだね…春樹ちゃん、あんまり自分の事話さないね。でもね、春樹ちゃんのデリケートな部分は知ってても滝君達に私達からは話せない。
だけどきっとその話は春樹ちゃんが話すよりももっともっと優しくて悲しい話。
だから少しだけ。きっと春樹ちゃんは自分を責める形で話してしまうから、少しだけ私達の気持ちも交えて簡単に話すね。」
「ありがとう」
「ひとつ約束して。この話を聞いても、春樹ちゃんの話を聞いても絶対に嫌いにならないであげて。上辺だけでもいいから仲良くしてあげて。」
「上辺じゃないよ。俺は本当に春樹が好きなんだ」
「…そう言って春樹ちゃんを裏切った人がたくさんいたんだよ」
「え…?」
「何でもない。ちょっと待ってて冬香呼んでくるから」
私は冬香を呼びに私は部室を出た。
秋音は何故冬香が呼ばれたのかを察し、冬香は自分が呼ばれた事を知っていたかのように部室に向かって歩いてきていた。
「春樹ちゃんの事でしょう、夏美ちゃん」
「…うん」
「滝君の気持ちは本当だよ。本当に春樹ちゃんの事好きみたい。でもね、今まで春樹ちゃんの過去を知りたいって言ってた人だって皆春樹ちゃんの事本当に好きだったよ。
だから今回もどうなるかわからない。お父さんの事言った瞬間気持ちの揺らぎが見えたらすぐに辞めさせるから。
そして一生春樹ちゃんに近づかせない。」
「…冬香頼むね。私じゃわからないから」
「うん、任せて」
私は冬香と一緒に部室に入った。
中では滝君が春樹ちゃんの手を握っていた。
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