入部初日C
「ごめん夏美、私先に帰るから後頼む!!」
「え〜一緒に帰ろうよ春樹ちゃん」
「駄目だ。私が帰らないで誰が家事をするんだ」
春樹ちゃんが上着に腕を通しながら部室を出て行った。
部活が終わったのはもう19時近く、外は真っ暗だった。
街頭に照らされた桜がなんとも美しい。
姉の春樹にはその美しい桜を見るだけの心のゆとりが今ないのだろう。
私は着替えながらそう思った。
「おい、長女はどうした」
「春樹ちゃんならさっき走って帰ったよ。ご飯作んなきゃって。」
「…飯?何で長女が作ってんだ」
「…いろいろあるのよ。お坊ちゃまで俺様なあなたには到底わからないでしょうけどね。」
皮肉をこめてそう言い放つ。跡部景吾は自分が何を言われているのかわかっていないだろうが。
贅沢者にはわからないのよ、春樹ちゃんの事なんて。
絶対わかんないのよ。
「何だその顔は」
「別に。俺様野郎なんかに関係ない」
「…お前は長女が好きか?」
「あたりまえじゃない。だって姉よ?しかも四つ子。」
「仲良いのか、お前ら姉妹は」
「もちろん。生まれた時からずーっと一緒なんだから。あんた達なんか入れないほど仲いいなんだから!!!」
「………何で泣いてんだ」
「な、泣いて…なんか………っ」
ない、って言おうとしたのに全然言葉が出てこない。
その代わりに嗚咽ばかりが出てきてどうしようもなくなってしまった。
跡部景吾の気配で彼が困惑しているのがわかった。人前で…しかもこの男の前で泣くなんてみっともない。情けない。
私は春樹のように強くなれない。
いつの間にか遠くに行ってしまった春樹。一人で強くなってしまった春樹。
もう彼女が何を考え、自分達のせいでどれだけ彼女を苦しめているのかわからない。
何もできない自分が情けない。
自己嫌悪に陥っていると突然私の頭に何かが触れた。
「無理すんな。」
「うざい。気安く触らないで。」
「車で送ってってやる。」
「結構。私秋音達と帰るから」
「あいつらもまとめてに決まってんだろ」
「…何なのアンタ」
「景吾様だ」
自信満々にそう言った跡部景吾があまりにもアイツと被って私は目を逸らした。
結局私達は彼の車で家まで帰った。
その間、私は一言も喋らなかった。
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