たん、たん、 ぱさ、ばさばさ、 「んー、」 静かな布の擦れる音に、うとうととまどろみに沈みかけていた意識が浮上する。 耳の近くで聞こえるそれが気になって、深知は視線を上に向けた。 「ん? どうかした?」 自身の枕にしている腕の持ち主は深知の視線に気づいたのか、深知の頭越しに見ていた本から目を離す。 いつもはレンズ越しの優しい眼差しが直に深知を、見つめた。 「音が、」 「音?」 きょとん、と首をかしげる悠我はなんのことを言っているのさっぱりのようで、深知は音の原因はなんなのかと周りをきょろきょろと見回した。 ぱさ、ぱぱぱぱ、ぱん、ぱささ 不規則に鳴るそれを探すが、一向に原因は見当たらず。 悠我が持っている本でもなさそうだ、髪が擦れる音でもない。 諦めようかと、再び目の前の彼に視線をもどすと、 「あ、」 「?」 「睫毛だ」 抱きしめられていた彼の腕の中から、彼の目元へと手を伸ばす。日本人には滅多に見ないアルビノ体質の悠我は睫毛さえも白い。 そんな白は、チョコレートブラウンの枕に擦れあの小さな音を紡ぎ出していたのだ。 「ごめん、うるさかった?」 「ううん、大丈夫。ちょっとだけ気になっただけだから」 「でも、せっかく寝ようとしてたのに」 「いいよ、それよりすごいね。擦れるくらい長いんだ」 「えー、そうかなぁ。普通じゃないの?」 悠我は腕枕にしていない方の手の親指でそっと深知の頬を撫でると、ゆっくり瞼へと口付けを落とす。 ちゅ、と仄かな甘音を残して離れる顔に、どこか宛のない恐怖が芽生えたのを彼女は少し不安に感じた。 「……食べられるかと思った」 「あはは、食べていいなら食べちゃうよ?」 「やだ、食べちゃダメ」 怖いからダメ、 そう呟いた少女に溢れ出る愛しみを想いながら、少し強引にその小さな頭を引き寄せる。 こつん、と音を立てた額と額。 「ねよっか」 白磁の肌と、濡れ羽の絹髪に指を絡めて、安心させるように体温を分けた。 まだ太陽が西に傾いたばかりだけれども、この温かさの中から逃れようとは誰も思わないだろう。 「また後で、深知」 「うん、おやすみ悠我くん」 その誘惑から逃れることは誰にもできない。 ------------- 深知はミシル 悠我はハルカと読みます。 深知は女子高生。 悠我は社会科教諭 prev|next |