「先生」 彩り豊かな色紙をばらまいた廊下で、教師なら誰もが振り向く言葉を口にした。 「先生」 聞こえなかったのか、彼は一度もこちらを向かないで床の紙を拾い続けている。ひらひらと開いた窓から入る風に揺れる色を集めるのは……。 「楠原先生ってかっこいいよねー」 「えー、私ゆっちーの方が好み」 「でも湯浅先生って結婚してるんでしょ?」 「へ? ナニソレ初耳なんだけど!」 普通の女子高生の会話。隣のクラスの女の子達は、体育館のギャラリーからバスケコートを見下ろしていた。教職員チームとして活躍している先生達の品定めをしている最中だ。コートを駆け回る先生達自身は真剣にボールを追うのに、周りの生徒はそんな彼らをどこか見世物のように見つめている。 深知も、その中のひとり。観客としてこのギャラリーに存在していた。スロープに肘をつき、眼下に広がる試合風景を見つめるフリをするだけ。それが今の彼女が最低限にするべきことだった。 「誰あの人。知ってる?」 「え? どこ?」 「ほら、今さっきステージ近くの扉から入ってきた紺ジャージの。何あれ、色抜いてんの?」 再び耳に入ってきた女の子達の言葉を追い、ちらりとステージ側を見た。 学校指定の紺色よりも深い青はすぐに見つかる。だが、それよりも目をひいたのは……。 「あぁ、水占先生ね。あれ地毛なんだって」 みなうら。その人の髪は周りの人間とは大きく違った。 簡単に言うなれば、糸。 ミルクを流し込んだように柔らかく波打つ白髪は、黒髪や茶髪に慣れた日本人の目には奇異に映った。また、髪だけでなく肌もどことなく青白い。彼の近くにいる男子生徒と見比べてみれば一目瞭然だった。 「あんな先生いたっけ?」 「先月産休とった先生の代わりに来たんだって。元々中等部にいたらしいよ」 「へー……でもさ」 流れてくる情報は、男性教師の容姿と共に一つの記憶として脳内に刻まれる。 「全部真っ白って気持ち悪い」 突き放すような言葉。白色に対する嫌悪。 けれど紺色の袖から覗く白い肌は、遠目から見て恐ろしいほど美しく映えていた。 使い慣れた机。スクールバックに埋めていた顔を上げて、未だに覚醒しない頭で深知は時計を見た。針は最終下校時刻十五分前を指している。もう少しで見回りの教師がくるはずだ。 夢をみていた気がしたが、固まっていた体の痛みが酷くて深知は思い出すのをやめた。軽い鞄を持って教室を出た。 今日の授業は午前で終わった。だからなのか校舎の中に生徒はおらず、深知の上靴の音がひたすら響くだけだった。 友人たちにはやく帰っていいと言ったのは深知だ。一緒に残ろうかと申し出てくれたのはとても嬉しかったが、貴重な半日の休みを奪うことはしたくなかった。そしてなにより、深知は誰もいない空間を望んでいたから。 階段を降りきって曲がり角。バサバサっと紙が落ちる音がして、 prev|next |