「どうして夏は、何も降らないんですかね」 雨粒がフロントガラスを打つ中、助手席から外を眺める深知はぽつりと呟いた。 「どういうこと?」 ハンドルを握りながら、小さな音を拾った悠我は深知に呟きの意味を問いかけた。 あともう少しで八月も終わる。だが、今はゲリラ豪雨は容赦なく町を襲っている最中だ。アスファルトの町で、落ちた水はどこへ逃げようかとさ迷っている最中だというのに。 深知は外を見つめたまま、しばらく黙っていた。 「これからの秋は、枯葉が上から落ちてきます。冬には雪が降りてくるじゃないですか。春なら、桜が舞うのに。夏だけ何もないじゃないですか」 「雨は降るけど、」 「特別がほしいんです」 悠我はあまり夏が好きではなかった。日差しが強いからだ。 先天的色素欠乏症。通称アルビノと呼ばれる症状を持った患者は、紫外線による皮膚癌の発病率は常人の比ではない。 悠我は今日まで長袖以外で屋外に出たことはなかったし、常に日傘やUV-Aカットのサングラスや眼鏡を常備している。光を直に見ることは出来なかったし、幼いころはよく目にも日焼けをしたものだ。 普通ではない。 「水占先生は、特別はほしくないんですか」 赤信号の間。深知は覗き込むようにして悠我の表情を伺っていた。 「特別は……」 もうじゅうぶんかな。そう答えようとしてやめた。悠我が持っているのは特別ではなく、特異。 「……先生?」 白い肌は見慣れている筈なのに、黒いハンドルに浮かぶ両手を切り落としてしまいたい。そんな衝動に駆られた。 だが、すぐにそれは大きく響く音によって霧散する。 「雷だ」 「けっこう音が大きかったね。案外近くに落ちるかも」 雨脚が弱まりはじめた。真っ黒な雲を駆け抜ける稲妻が際立つ。 深知の住むマンションがすぐ近くに見えた。 「ありがとうございました」 エントランスに続くロータリーで、深知はいつもと同じ言葉を言った。 「気をつけて、戸締りはきちんとするんだよ」 このマンションが全部屋オートロックであることを知りながらも、彼もいつもと同じ言葉を言った。 いつも通りなら「さようなら、また学校で」と続く筈だった。 「はるかせんせい」 普段でなら、けっして呼ぶことない呼び方で、深知は悠我の名を呼んだ。 「夏の特別、見つけてください。先生がいらなくなったら、私がもらうので」 ひらりと、紺色のスカートが舞う。 「見つけたら、教えてくださいね」 紺色のセーラーは、誰よりも彼女の白さを引き立てていた。 ---------- マーロンデュラテの二人です。引退詐欺後の作品。 1、2は深知側から、3は悠我側から。 名字が決められなくて締め切りギリギリまで筆が進まず。一応決まってよかった。 でも深知の名字が文章の中に一回も出てこない……。 二人のフルネーム↓ 乙守 深知(おともり みしる) 水占 悠我(みなうら はるか) 部誌に載せたときは一回も読み仮名ふらなかったから、わからなかったと思う。 申し訳ない。 今回はオマケ無しってことで! prev|next |