嫉み、妬む



今日が勝負の日。

7:15

バイトが終わり、ロッカーから鞄を出して走る。
リヴァイさん、もう仕事は終わってるはず。
信号を待つ間、ポケットからスマホを取りだしてリヴァイさんに電波を送る。

『リヴァイさん、今バイト終わりました!
 着替えたらすぐそちらに向かいます!』

信号機が青色になると同時に、送信する。
再び小走りで家に向かっている途中、ポケットから小さな振動を感じた。
画面を開けば、そこにはリヴァイさんからの電波が伝わっていた。

『悪い、急に会議が入った。
 遅くなるかもしれねぇから家にいろ。
 終わればまた連絡する。』

ふと足が止まった。
そのまま、がくりと崩れ落ちた。

チョコ、たくさん作っちゃった。
あぁ…想いを伝えようと決心したのに。

地面に座り込んだまま、スマホを片手で操作していく。
やっぱりダメだ、運が悪い。
うるうると涙が溜まって、画面がよく見えなかった。

********************

『分かりました。頑張って下さい!
 おれのことは気にしないで下さい。
 また今度にしましょう。』

送られてきたメールには、あからさまに元気を無くしたエレンの姿が思い浮かんだ。
2月の大会議。
まさかこんなにも早く、それも急にあるとは誰も思いはしないだろう。
休憩時間の終わりと共に、会議が始まった。

その内容は、相変わらず俺には何も関係のないものだった。
下層の豚共が業績の悪さをデフレのせいにするためのうんざりな会議。
会議の内容を聞こうとしても、エレンのことが頭から離れない。
チッ、と舌打ちをして、エルヴィンに声をかけた。

「なぁ、俺がここにいる意味はあるか?」

「リヴァイ、君は幹部だろう。下を育てるのが幹部の仕事だ。少し我慢しなさい。」

「ふん…じゃあてめぇら、さっさと終わらせろ。ここにいる全員が各々の予定を持っているんだ。分かるな。」

今にも敬礼が聞こえてきそうなほどにはりつめた空気の中、各々が簡潔に己の業績について発表した。


9:30

帰路の途中でエレンにメールを送る。
今から帰ること。遅くなって悪かったこと。今から家に来れないかということ。
こんな夜に呼び出すくらいなら行ったほうがいいかと思うが、俺はエレンの家がどこなのかを知らない。
いつもエレンは俺の家まで来ていた。
それなのに、俺は一度も行ったことがない。
脳裏であいつの笑顔が霞めるたびに胸が苦しくなる。
いつからこんな感情を抱くようになったのだろう。
隣にいるだけで心から安心できる存在。
何度も心臓の奥に断りもなく入り込んで、容赦なく揺さぶりをかける。

自分だけのものにしたい。
自分の色に染めたい。
もうどこにも行かせたくない。
自分の部屋に監禁して、俺以外見られなくしてやりたい。

痛いほどに自分の中でエレンの存在が大きくなっている。
そう自覚したのは、つい最近のことでは無かった。
はぁ、と一度ため息をついて玄関を開ける。
スーツを脱ぎ、スウェットに腕を通しながら、バッグの中のわざとらしい甘い匂いに顔をしかめた。
そういえばコレをたくさんの女社員に押し付けられた気がする。
中身は全てチョコレートだ。
良かれと思って渡すのは別に悪くないが、俺がチョコをあまり好いていないと言うことも考えてほしい。
こんなに貰っては邪魔なだけだと、処分するためにテーブルの上に一纏めにした。

コーヒーを淹れ、ソファーで一服をする。
片手にはスマホ。
返信の来ないメールにイライラしながらテレビをつける。
一通り流してみるが、くだらないとすぐに消した。

********************

リヴァイさんからメールがきて、急いで支度を整える。
作ったチョコを鞄に入れて、家を飛び出した。
さっきの道を、リヴァイさんの家に向かって走る。
早く会いたい。
諦めかけたけど、やっぱり今日じゃなきゃダメなんだ。
今日しかない。
息を整えながらインターホンを押して、彼の声を待つ。
びっくりした様子で『エレン?』と呼ぶその声に、愛しさを感じた。

ガチャっ、と開いた扉の先には、リヴァイさんの姿。
ずっと会いたかった。きゅう…と胸を締め付ける。
お邪魔します、と言って靴を脱ぐ。
今日は悪かったと謝るリヴァイさんに、大丈夫ですと、会えて良かったと伝えた。

「適当に座ってろ。今コーヒー淹れる」

「はい…ん?リヴァイさんこれ…」

「あ?あぁ、社員がな。俺はあまり好きじゃねぇから処理に困ってる。食っていいぞ」

そこにあったのは、チョコの山。
ブランドのものとか、手作りのものとか、明らかに『本命』と呼ばれるチョコが積んであった。
あぁ、おれもこの一部なのかな、と思うと胸が痛くなる。
そして、自分のチョコもきっと、あまり好きじゃないから…と処分されるのだろう。

「おい…エレン?」

「は、いえ!何でもないです!」

「そんなにチョコが好きなら食っていいと」

「違うんです」

「?」

「あ…いえ、好きだから見てたわけじゃなくて…羨ましいなって」

「何だ、お前は貰ってねぇのか?」

「え?!こんなには貰ってないです…じゃなくて、こうやってチョコを渡せる勇気が羨ましくて…すごいなって思うんです」

リヴァイさんは少しだけ驚いた顔をした。
おれは、自分よりももっと勇気を出してチョコを渡した彼女たちに嫉妬していた。
自分には出来ない。
やっぱりこの想いは、伝えられない。

「もう、帰ります」

「おいエレっ、!」

「大丈夫です。おやすみなさい」

涙が溢れそうで、リヴァイさんの顔も見れずに玄関のドアノブに手を伸ばした。


continue








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