<一方通行な>

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上司と部下

それが私たちの関係。



< ほろ苦い香りに包まれて >



今日はバレンタインだ。年に一度、女性から男性に告白することを許される日。

私は今日、ずっと前から抱いていた想いを大切な人に伝えようと思う。だけど、この想いが通じる可能性は低い。その理由は...まあ、いい。とりあえず頼まれた資料をスモーカー大佐に渡してしまおう。

その時、ちょうど目の前から大佐がこちらへ向かってくるのが見えた。

「大佐...!あ...。」

私は呼びかけるのを辞めた。大佐の後ろに人影が見えたからだ。思わず隠れるように、持っていた資料に目線をやった。

「ちょっと待って下さい!スモーカーさんっ!!」

「遅い、早くしろ。」

なぜこの恋が実る可能性が低いのか、私が身体を隠したのか。その理由はいたって明白だ。

「そんなこと言ったって...っ!きゃぁっ!!」

「っ!!」

(あ、また...。)

私が想いを寄せている大佐は、尊敬しているたしぎさんといつも一緒だ。たしぎさんは少しおっちょこちょいなところがあって、よくつまずく。そこがとても可愛いのだけど、その度に私の心は痛むんだ。

「危ねェ。いい加減、しっかりしろ。」

「っ、すみません...。」

「あー...大切な資料をぶちまけやがって。残さず拾っておけよ。」

「は、はい!」

たしぎさんがつまづいた瞬間、転倒しないようにと、大佐は彼女の腕をすぐさま掴んでいた。
その光景は珍しいものでは無く、3日に1回は見ることができる。結構な頻度で発生するものの、大佐は毎回「チッ!」と舌打ちを混じえつつ、たしぎさんを助けていた。

(羨ましい...。)

私にもう少し可愛げがあれば、興味を持ってもらうことができるのだろうか。

大佐とたしぎさんの距離はとても近い。
その二人の仲の良さに、海兵の中では二人がデキているという認識が普通だ。信じたくは無いものの、私自身そう思わざるを得なかった。

「トロさはなんとかならねェのか。ったく...ん?そこにいるのは、名前か。」

(どうしよう、気付かれちゃった。)

「あ、大佐。ちょうど資料を届けに行くところだったんです。これです。」

さっと資料を手渡す。今にも触れ合ってしまいそうな手に、ドキドキする。
ペラペラと紙をめくる手を、私はずっと見ていた。俯く視線に、チラリと覗く胸板、それに続く鍛え上げられた腹筋。同世代の男性とは違う大人の色気に、思わず酔ってしまいそうだ。
隣にいるこの時間が、とても長く感じられた。

「さすがだな、綺麗にまとまってる。お前に任せてよかった。...たしぎの奴もちょっとは名前を見習って欲しいもんだな。」

「そんなっ。たしぎさんの剣の腕前と比べたら、資料をまとめるくらい...。」

「比べるもんじゃねェ。俺はお前の...」

そっとこちらに伸びてくる手。あまりに突然のことだったから、身体が一瞬固まってしまった。
何かが髪に触れた感じがする。勘違いかもしれないが、それは今にも私の頭を撫でるかのように思えた。

「スモーカーさん、すみません。お待たせしてしまって。」

ちょうどその時、資料を拾い上げたたしぎさんが大佐を呼び止めた。

「...たしぎ。」

「そこにいるのは名前さんじゃないですか。スモーカーさん、一体何を?」

「ほこりが付いていたから取ろうとしただけだ。」

「え、そうなんですか?でも、ほこりなんてどこにも...。」

「行くぞ。」

助かった、とだけ私に残して大佐はたしぎさんの手を引くとどこかへ行ってしまった。
さっきのだけでも十分なのに、それ以上二人の仲を見せつけないで欲しい。

淡々と任された仕事をこなすだけの女と、仕事をこなす中にも女らしさが残るたしぎさん。
私にもう少し剣の腕前があれば、その隣に並べることができたのだろうか。女らしさがあれば、大佐にあんな風に触れてもらうことができるのだろうか。

「はぁ...。」

今のままじゃ苦しいだけだから、思いを伝えてこの恋を終わらせてしまおう。そして二人の幸せを祈ろう。
そうすればきっと、二人が幸せならきっと...この気持ちを消すことができるから。





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